9-7
「ほう……神魔の封印を解いたか」
春間の静観する中、グレイバーの装甲が白と黒の入り混じった色へと変わる。そして頭部にユニコーン とバイコーン、円錐状の一本角と刃のような二本角が現れた。
「グ……グァァァ……」
トライコーンへと変わったグレイバーが頭を抱える。身悶える度に、全身の白色が黒く塗りつぶされていく。
「ガッ! ガァッ!」
残された白は頭部にわずかしかない。グレイバーは獣のような声を上げながら、ひたすら床に頭を叩きつける。
その姿を冷たい視線で見下ろしながら、空中の春間が頷いた。
「……やはりな。所詮ただの人間、封印を解いてしまえば最後、神魔を抑えきれるはずもなかったか。良いだろう、グレイバーの中の神魔よ。私の権限で、ここまでの事は水に流す。さっさとその身体を乗っ取るといい」
━━ガンッ━━
「だ……誰が……」
震える拳を無理矢理振り上げ、グレイバーが自らの顔面を殴る。それは一度で終わらず、何度も何度も繰り返され、装甲がひしゃげ、破片がいくつも溢れ落ちる。
「何?」
「誰が、ただの人間だっ!」
一際強くグレイバーが自身の顔面を殴る。しかし、壊れかけたスリットの奥に見える目には、かつてない程の意思が輝きを放っていた。
「アキトッ、僕は決してお前に全てを委ねたりはしないぞ……だから、お前は黙って僕の言う事を聞くんだっっ!! アァァァァァァァァァッッッ!!!」
グレイバーが、智秋が力の限り叫ぶ。
身体の奥底から全てを吐き出すような叫びは、どこか赤ん坊の産声に似ていた。
その時、グレイバーを包んでいた光が、細かな粒子へと変わり、目の前へと集まったかと思うと、一つの形へと組み合わさっていく。
それは光で出来た、空中に浮かぶ一本の手綱だった。
グレイバーが、その手綱に手を伸ばし、しっかりと握る……その瞬間、手綱は再び形を失い、光の粒子となってグレイバーへと降り注いだ。
光がグレイバーの黒く染まりかけた装甲へと触れ弾ける。まるでその光に洗い流されるかのように、グレイバーの黒い装甲は徐々に白く変わり、遂にはシミ一つ無い純白の鎧へと変化した。
「……ありがとう、アキト」
トライコーンの力を完全に自身の物としたグレイバーが立ち上がる。破損した頭部もみるみる修復された。
「まさかな……本当に神魔を乗りこなしたと言うのか。私達のように喰らうのではなく、その身に宿したままっ!」
春間が再びグレイバーへと、ローブから四本の大鎌を振り下ろした。
空間湾曲によって現れた四枚の刃を前に、しかしグレイバーは動かない。
否、既に動いていた。春間にすら追いきれないスピードで、グレイバーの拳が大鎌の刃をまとめて砕いていたのだ。
キラキラと光を反射しながら破片が散る中、グレイバーが春間を見上げる。
「別に僕一人の力じゃないさ。僕は弱い……それを知った日から、ブランクの足手まといにならないよう、一人でも誰かを救えるよう、必死に頑張ってきたけれど……それでも、彼には到底及ばない。そんな僕が今こうして立っていられるのは、僕を、こんなに弱い僕を、信じて送り出してくれた仲間が居るからだ! 覚悟しろよ、春間。ここが君の墓場、そして墓標はこの僕、グレイバーだっ!!」
グレイバーが両腕を広げる。その手には、バイコーンの時に使用した物と同じ金属筒が握られていた。
「チャージッ!」
金属筒から刃が伸びる。バイコーンの時とは違い、白い輝きを放つ細く長い刀身だ。
その二振りの刀の柄頭同士を合わせる。すると金属筒同士が接合し、両端に刃のある薙刀のような形状へと変わる。
「チャージッ!」
右手に新たな金属筒を持ったグレイバーが再び叫ぶ。光が集まり、伸びた金属筒がユニコーンの角を模したランスへと変形した。
左手に持った薙刀の中央へランスをクロスさせる。両端の刃から光の糸が伸び、ランスの柄頭へと結びついた。
「エクセス・チャージッ!!」
ランスが眩い光に覆われた。グレイバーが、ランスの柄頭を掴むと後方へと引く。つられて光の糸も伸び、上下の刃を大きくしならせる。
「ほう……なるほど、弓か」
一連の動作を黙って見ていた春間が呟く。
巨大な光の矢を真白の弓に番えたグレイバーは、ただ黙って狙いを定めた。
「無駄な事だ。私にはどの様な攻撃も効きはしない」
「……そう思うなら、受けてみろ。これが僕の、僕とアキトの全力で最高の技だ! 神馬破魔滅弓っっ!!」
光の矢が放たれる。光の粒子を吹き出しながら加速する矢を弾こうと、春間がローブから出した大鎌を振るう……が、光に触れた部分から刃は灰へと変わり崩れ落ちた。
勢いを失わず飛翔する光の矢は、遂には春間のローブを貫いた。
「くっ……だが、この程度で…………何だとっ!?」
春間が始めて驚きの声をあげる。胸に刺さった光の矢は、突き抜ける事なくピタリと静止していたのだ。
ローブから骨しかない両腕を出し、光の矢を引き抜こうとする春間。しかし大鎌同様、光に触れた両腕が灰に変わり消える。
「グゥッ!? この攻撃はっ!」
「抜けないよ、その矢は君の存在そのものに刺さっているんだ。……ところで春間、君の不死性は確かに凄いね。多少斬ったり突いたりじゃあ、きっと君は倒せないだろう。でもさ、例えば君の存在全てが灰に変わったとしても、君は果たして復活できるものなのかな?」
「馬鹿なっ! 私を完全に消し切る力だと!? そんな物がお前にあると言うのか! ただの人間にっ、ただの神魔にっ!!」
認めないと首を振りもがく春間。しかし、光は少しづつ身体に広がり、そこに触れた部分から灰へと変わっていく。
「言ったろう、全力だって。完全に力を合わせた僕とアキト……二つの存在の殆どを込めた力だ。ただのつまらない存在だと、僕達を見下した時点で君はもう負けていたんだ」
「み、認めない。私はこんな結末を認めないぞっ! ああ、偉大なる主様! アガルテ様! どうか、私を……」
祈りを捧げる様に、頭上へと両腕を伸ばす春間。その全身を光が包み込み、春間の全身を灰へと変えた。
カツンと落下した黒い結晶が床に転がる。その上を、まるで雪の様に灰が降り積もっていった。
「復活、出来ないみたいだね……なら、僕達の勝ちだ」
そう言うと、ガシャリと音を立て、仰向けにグレイバーが倒れた。グレイバーの変身が解け、智秋が天井を見つめる。
「……はは、参ったな……もう動けないや…………でも、生きてる」
あの時、支配下のアキトの分も含め、出せる全ての力を光の矢へと注ぎこんだ。おそらく必要最低限の力すら残らず、最終的にはグレイバーの変身を解いた瞬間、自分も死ぬだろう……そう智秋は覚悟を決めていた。
後悔や躊躇はなかった……と言えば嘘になる。だが、そうしなければ、おそらく春間は倒せず、もっともっと後悔していただろう事は智秋にもわかった。
しかし、全てが終わった今、智秋は生きていた。例え全身を、今まで感じた事のない倦怠感が包み、起き上がる事も出来ないとしても、智秋は死んではいなかった。
━━バキッ━━
疲労でぼんやりした頭の中、智秋がその事実を疑問に思った瞬間、近くで何かが砕ける音が聞こえた。
重い腕を上げて見れば、そこに装着していたグレイブギアが粉々にひび割れ、中の結晶が灰へと変わっている。
智秋はそのヒビだらけのギアをそっと撫でた。
「そうか……アキトが守ってくれたんだね…………ありがとう、ゆっくりお休み、アキト」
小さな金属音を発し、割れたギアが腕から外れ落ちる。
智秋は両腕をバタンと降ろし、天井を再び見上げ、そしてゆっくりと目を閉じた。
「……すみません、新さん、八葉さん。後はよろしく……お願いします」




