第八話 流れ
時の流れは激しい。
この時代は特にだ。
勘違いしないでほしい。多くの人が血を流し、死にゆくこの乱世。それはおおかた合っている。ただ、それだけではない。
死の恐怖と共に、時間にも迫られる。三秒もあれば戦況が変わる。そんな恐ろしく、目まぐるしく時が進む世の中で――猫影は今、最も長い時間を過ごしていた。
「え、えぇと………おい鶴賀、お前どこまで話したんだよ!」
猫影は鶴賀に囁くように問うた。どこまで話したかわからないので、何を話せばいいのかも定まらない。故に、めちゃくちゃ気まずい空気になってしまっている。
「え、いやぁ……特になにも……」
「特に何も!? ……あ、いや、ごめ」
つい声が大きく出てしまった。
「マジですか? 鶴賀さん……」
「えぇ。本当でございまする」
「そ、そうなの? まぁいいや」
トラブルはあったが、とりあえず何を話せばいいのかはわかった。
「とりあえず、この世界について説明しようか」
一、この世界では現代人は異質な存在である
「この世界で俺たちは歳を取らない。故に寿命がない。ただ、体毛は伸びるし、ニキビもできる。それと致命傷を負うと普通に死ぬ。ただ歳を取らないだけだ」
「すみません!」
一つ目の説明でもう質問だろうか。
中年の男性が手を挙げた。もちろん名前はわからない。
「なんだね。えぇと……」
「八雲です。質問なのですが、病気にはなるのですか?」
「病気……あぁ、基本的にはならないものと考えていいと思う。前回もそういった例は少なかったし」
「なるほど……」
「続き、よろし?」
「あ、はい!」
二、現代への帰還条件について
「俺たちが帰れる条件は、天下を取ってもらう。もしくは取ること。一応、風の噂では関ヶ原が終われば強制送還されるらしいが……よくわからん!」
三、死について
「一応話すのだが、死んだ者の行方は俺は知らない」
その言葉で、部屋の雰囲気は一気に悪くなった。
それでも知らせなければならない。猫影は話を続けた。
「前回の一件で俺も少なからず知人に死者を出したのだが、その後どうなったかは現代でも彼らに会えてないからわからない。だから、くれぐれも死なないように立ち回ってほしい」
四、この世界における現代人の立場について
「どこの大名も現代人は賢いと考えてる節がある。正直、どこの大名だろうと優遇扱いは変わらない。途中で鞍替えしても恨みを買うだけで、結構自由な感じだ」
少しごちゃごちゃとした話に区切りをつけ、わかりやすく説明することにする。
「要するに、やろうと思えば傭兵団やギルド的なことも可能だ。対価をもらって、代わりになんでもやる的な」
とりあえずは、こんなものだろう。
今ここにいるメンバーを全員生かして、向こうに帰る。
それが猫影の一つの目標だ。
誰一人、死なせるつもりはない。
「改めて質問は?」
念のため聞いてみたが、室内は静まり返っていた。
絶望している人もいれば、まぁワクワクしている人も中にはいるのかもしれない。全員の顔は見えないので、よく知らない。
何はともあれ、今回は前回のような失敗はしない。
「仲間に頼ってばっかじゃ、いられない……」
前回の岸和田で、猫影は思い知らされた。
信じ、頼りまくっていた。
だからこそ、裏切られた時、何もできなかった。
そんな経験。
あの時からだ。
誰かを信じることが、少しだけ怖くなった。
口ではどれだけ綺麗なことを言っていても、本当にその人が最後まで味方でいてくれる保証なんてない。昨日まで笑っていた相手が、明日には敵になっているなんてこともある。
この乱世なら、なおさらだ。
「……だからって、誰も信用しないってのも違うけど……」
猫影は小さく呟いた。
あの件で、人を疑うことを覚えた。
いや――覚えてしまった。
けれど、人を信じることまで捨てたくはなかった。ただ、もう一度同じことが起きた時、今度は誰かに頼りきるだけの自分ではいたくない。
猫影はその決意を胸に、拳を強く握りしめ、一門の面々に集会の終わりを告げた。
――――――――――――
その数時間後、猫影は鶴賀を連れて先行一門に挨拶をしに行くことにした。
「初めまして。天下騒乱、当主、槍真倉双一です」
「初めまして……愉遊開会、当主、猫影です」
槍真倉双一。
温厚そうな見た目ではあるが、何かを隠していそうな、そんな不思議なオーラを放っている人物である。
なぜだか、どこかで会った気がしてならない。
「すみません、どこかで会ったりしましたっけ?」
「そうでしょうか? 私の記憶にはございませんが……」
「僕の気のせいですかね。すみません」
気のせいだろう。
きっと。
挨拶も終わったことなので、また自室に戻ることにした猫影は、これから起こることを考えていた。
彼はあの事件以来、多少この時代に興味を持つようになった。
あの頃、現代に帰って最初に歴史の教科書を広げた理由は――。
「歴史の改変……は、あり得るのだろうか」
我々が辿った道は現代に繋がるのか。
死んだ仲間は、教科書に掲載されることはあるのだろうか。
そんな、くだらない理由だった。
ちなみに、歴史の改変はなかった。
無論、死んだ仲間は教科書に載っているわけもなかった。
「それはそれで悔しかったなぁ……」
当たり前だ。
誰かのために死んだ人は語り継がれず、決死の覚悟で開いた道すら、有耶無耶になる。
まるで努力は全て無駄だったのだと、なんの意味もなかったのだと、知らしめてきているかのようだった。
だから、それを知った日はかなり落ち込んだ。
それから悔しくて、日本史を――あの時代について、ある程度知ろうと思った。
それが功を奏したのか、次の展開はある程度予想できるようになっていた。
「一夜城……」
織田が斎藤との戦いの時に築き上げた砦。
今は多分、その辺りだと思っていた時期もあった。
「浅井と、同盟?」
「はい。浅井と我らで美濃を挟むのです」
大胆なその策。
どのみち、ここは同盟になるので、そこまで変わらないのだろうけど。
「で、斎藤を潰すんです?」
「無論。後々めんどくさくなる三好と共に葬ります」
――何を言っている。
三好は勝手に死ぬのに。
「松永との同盟の際、こちらの手を煩わせぬためです」
「なる、ほど……」
よくわからない。
教科書しか読み込んでいないので、そこまで知らない。
とりあえず筆頭さんの言うことを聞いておけば間違いないだろうと。
また、よくないクセが発揮された軍議だった。
目標が決まった。
まず浅井との同盟。
次に斎藤潰し。
その後、三好。
とりあえず三好の対処は、浅井・松永に任せるらしい。
猫影は、例の見晴らしの良い場所で、今回決まったことの整理をする。
そして気がかりだった事も考えていた。
「朝倉はどうすんのかねぇ……」
軍議で言いそびれた存在。
朝倉家。
浅井と仲が良く、今後織田と不仲になる家。
織田が朝倉を攻めるなら、浅井が同盟を破る。
この時代の定め。
それには、どう対処するのだろうか。
結局、目標は天下なのだから史実通り敵対するのだろうか。
「なら、先に手を打っとく必要あり、か」
そこで猫影は鶴賀を呼び出して、彼へお使いを頼むことにした。
「朝倉にいる現代人、こっちに引き込んでこれない? そしたらうちらもやりやすいだろうし」
「かしこまでする」
鶴賀に任せればなんとかなるだろう。
そんなことを考えている。
考えてしまっている。
結局、またよくないクセに頼っている自分がいた。
「はぁ…決めたってのに……」
弱い自分が嫌いだ。
この世界で弱者は淘汰される。
方法は違えど、必ずだ。
だから、弱さが嫌いだ。
「はぁ……」
「ため息なんて珍しいね? ネコちゃん」
大きなため息をついていると、璃奈さんが歩み寄ってきた。
「珍しいなんて言われるほど関わってましたっけ?」
「あらひどい。ナンパして来たクセに」
「まだ引きずってるんすか!?」
「冗談。ため息をつくような性格じゃなさそうだからよ」
そうだろうか。
毎日五回はついている気がする。
「私ね。弟がいるの。血のつながりはないのだけどね。私、自分で言うのも何だけど、ブラコンだから。弟のこと考えると、不安で仕方がないの」
「ブラコン……」
兄弟がいない猫影には、あまりわからないし、実感も湧かない。
故に、何も口出せない。
その権利があるとは思わないから。
「でも、何だかネコちゃんを見てると弟みたいで心が落ち着くのよね」
「それはそれで良いのです?」
「よくないと思うわよ」
びっくりするほど即答だった。
「でも、今は君を頼りにしてるの。だからこれからも私の弟役、よろしくね?」
なんだか強引に、よろしくない役を任されている気がする。
これは、よくない流れだ。
このままこの流れに乗ると、また何かに後悔する気がする。
だから――。
「断ります」
「え?」
「今たっぷり不安になってもらって、家に帰ってちゃんとした弟さんにその不安をぶつけてやってください。僕なんかじゃなくて」
そう言って、璃奈さんの目をまっすぐ見ながら言った。
「でも、弟役になるくらい……」
断られるのは想定外だったのか、彼女は困惑していた。
だが、俺にはそれを引き受ける権利がないと思っている。
何せ、俺はそこまで可愛がられるほどの人間じゃない。
そして彼女の弟もどきになったところで、彼女のためでもなければ、本物の弟さんのためにもならないと思う。
たとえ彼女の心が救われたとしてもだ。
愛情を向ける相手が違う。
仮初の存在で受けるような、そんな愛情は猫影はいらない。
だから――。
「弟もどき役は勘弁しときますよ」
「そう……わかったよ」
「んで、本当の要件は?」
「ん? これを伝えに来ただけ」
「それ、マジです?」
「うん」
「あ、はは……」
やっぱり、やりづらいな。
そう、心の中で嘆く猫影であった。




