第九話 ギャップ=恐怖
この世界に転移してから、二ヶ月目の朝。
猫影は一門のメンバーを集合部屋に集め、織田のこれからの動きを伝えることにした。
ちなみに、朝倉に出張中だった鶴賀達五人は、先週10名ほど現代人をこちらへ連れて帰ってきた。
上々すぎる出来といえよう
「えー、では。我々のこれからの動きを発表します」
せっかく集まってもらったのだ。ついでに、これまでの流れも簡単におさらいしておこう。
「まず一つ目。浅井との同盟」
この件はすでに話が進んでおり、ちょうど今日から同盟が始まる予定だ。
「二つ目。斎藤との戦。これは今から五日後の朝に行われることになった」
その言葉を口にした瞬間、集合部屋にざわめきが生まれた。
当然だ。
今までの小競り合いとは違う。今回は、死ぬかもしれない本格的な戦になる。
「えーと……まだ戦闘に不慣れな人も多いだろうから、自主参加で大丈夫だ。無理に参加する必要はない」
一度言葉を切る。
「まぁ……二十人程度は欲しいけど」
つい本音が漏れてしまった。
要するに――集え、勇者達。
「とりあえず、各自早めの決断と準備を頼んだ」
そして三つ目。
「三好に関して。まだ直接睨み合ってるわけじゃないんだけど、浅井が明後日ぐらいから仕掛けるらしい。もしかすると、援護に向かわなきゃならないかもしれない。そこら辺はまだ不明だ」
以上。
これが、これからのざっとした動きである。
早めに鶴賀には帰ってきてもらいたいが、あまり無理も言えない。最悪、斎藤戦は誰も来なくてもなんとかできる策を、猫影はすでにいくつか考えている。それに頼るしかないだろう。
「質問はなさそうか?」
部屋を見渡す。
……誰も手を挙げない。
これも日本人特有の性質なのだろうか。
「まぁ、こんなものなのか。よし、今日は解散!」
集会の解散を告げた猫影は、そのまま集合部屋を出て会議室へ向かった。
これから、斎藤戦の作戦会議が始まる。
「嫌いなんだよねぇ……あの雰囲気」
猫影は作戦会議というものが嫌いだった。何というか、空気がピリついている。戦前なのだから仕方がないし、これから多くの人間の命がかかっている以上、有効な策なのかどうかを見極めなければならない。それを考えれば、会議が重苦しくなるのも当然だ。
それでも、嫌いなものは嫌いだ。
会議室に到着し、扉を開ける。
「……やっぱりか」
予想通り、張り詰めた空気が部屋を満たしていた。
ひとえに会議室と言っても大きな机があったり、大量の椅子があったりするわけではない。
この部屋には何もない。
ただ畳が敷かれているだけ。そこに多くの人が輪のようになって話し合うだけ
「これより会議を始める」
そんな何もない、殺風景な部屋の中で、槍真倉が淡々と口を開く。
そして猫影がこの会議を嫌う理由はまだあった
それは、なんというか生真面目すぎること
戦の前ぶれなのだから当たり前だ。自分の考えが暴論なのも承知している。だが、この空気はどうにも息苦しい。
「さっそく、発言よろしいです?」
「はい」
だから流れは、自分で変えるしかない。
どうせ、この場にいる自分と槍真倉以外は、頭を抱えるだけだろう。
「史実通り、墨俣に砦を築けば良いのでは? さすれば、勝ったも同然……」
「……」
槍真倉が黙り込んだ。
「ですよ……?」
なぜか俯いている。
何がいけないのだろう。
史実通りにやれば、何の問題も――。
「面白みがない」
「へ?」
「却下」
生真面目そうな顔。
生真面目そうな声。
なのに、口から出てきたのは、とんでもない言葉だった。
猫影の脳内には、大量の「?」が浮かんでいる。
「ですが……」
他の家臣たちも完全に引いている。
そりゃそうだ。
遊びじゃない。人命がかかっている。
なのに――面白みを求めるというのか?
「戦場が停滞するのも好みじゃない。織田の家臣共は砦を築けばいい。我々は正面から突撃する」
自信があるのはいい。
だが、何を言っているのかさっぱりわからない。
織田の兵には限りがある。
到底、相手に敵うような数では――。
「一人、百人殺させればいいだけだ」
「…………」
怖い。
まるで心の中を読まれたかのような、とんでもない発言が返ってきた。
「さ、流石にそれは……そりゃ槍真倉さんはできても、他の人が……」
「舐めているのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「やらせるだけだ。できないなら死んでもらう。そして俺が敵を千人殺すだけだ」
「え、えぇ……」
理論上は、何人でも倒せる。
ただし、理論上は所詮、絵空事と同じだ。それに、別に舐めているわけじゃない。ただ心配しているだけで――。
「まぁいい。そう言うなら、やってみろ」
「……はい?」
すると織田家の当主 織田信長が口を開く
信長さん!?
いいのぉ? 認めちゃって。
「ですが、殿!」
「できないなら、死ぬだけ。面白いではないか」
殿ぉ?
頭がおかしくなったのでは!?
猫影は開いた口が閉じず、目は瞬きをすることすら忘れていた。
「ふっ。決まりだな。お前らはどうするんだ?」
さっきの発言がよほど癪に障ったのか、槍真倉から睨まれている。声まで高圧的になっていた。
「え、えぇと……では、騒乱さんが引きつけている間に、僕らは後ろから回りますかね……」
今日のところは、これで許してほしい。
「そうか」
返ってきた言葉は、それだけだった。
こうして、会議は終わった。
――――――――――――――
「夕陽、綺麗だなぁ……」
会議を終えた猫影は、璃奈と出会った場所で夕陽を眺めていた。最近、何かとここに通っている気がする。今日は珍しく、彼女はいない。
「にしても、疲れたぁ……」
槍真倉のとんでも発言のオンパレードで、かなりの疲労感を覚えていた。あんな顔と声をしているのに、それとは裏腹すぎる性格。このギャップは、未だに猫影の脳内で処理しきれていない。
正直なところ、今日は彼女がいなくてラッキーだと思っていた。
「やぁ! 少年! そこで何をしているのかな!?」
噂をすれば、彼女が来た。
「はぁ……」
「またため息? そろそろお姉さん、傷つきますよ?」
いつもなら、この夕焼けと彼女が妙にマッチしていて、目の保養になる。ただ、彼女と話すのはまた別問題だ。特に今は疲れている。今の猫影にとって、彼女が天使なのか悪魔なのかすら、よくわからない。
「おーい、聞いてますぅ?」
「へ? あ、その……」
「私に気づかないなんて、ネコちゃんらしくもない」
そう言って、なぜか頬を膨らませる璃奈。
気づいてなかったというわけではないのだがな…
「そ、そうですかねぇ……。声をかけられても気づかないなんて、ザラにありますけどね」
「そんなことないよ? いつもならため息つきながら、『またあなたですか』みたいなこと言ってるじゃないの」
そう言いながら、まだ頬を膨らませている。
「えぇと……怒ってるんです?」
「そりゃ、とても」
「じゃあ……今後はため息をつかないように努力しますよ」
「私はそんなことに怒ってません」
「えぇ……」
では、どこだというのだ。
「私が怒ってるのは、今日無視されたことです」
「多分……怒るところ、違いますよ?」
よく見るラブコメとかでは、ここで『なぜこうしてため息をついているのか』など聞いてくる場面だが、彼女はそうではなかった。
「弟に無視されるのは、とても悲しいことなのよ?」
「いや、別にあなたの弟じゃないですけども」
ちょっと前に断ったはずなのに。
いつの間にか、彼女の中ではまた弟認定されていた。変な誤解を生みかねないので、早々にやめてもらいたい。
「とにかく、無視はやめてよね?」
「頑張ります……」
この人も、この人でベクトルの違う怖さがある。
「……にしても、こうもほぼ毎日会ってますけど、悩み事があるとか、そういうの聞いてこないんですね」
ふと思った疑問だった。
ここ最近、鶴賀よりも話しているだろう彼女。そんな彼女は、今の今まで猫影のため息の理由を尋ねてこなかった。
「そうね……。だって、どうせ私にはわからないし、余計に疲れさせるだけだと思ったから」
「なるほど。一理あるかもですね」
「そこ、納得するところじゃないよ?」
「おっと失礼」
そんな軽口を交わす。
それもそうだ。この世界に来て、まだ二ヶ月ばかりの彼女に相談したところで、意味がないだろう。
なのでこれは、彼女なりの優しさだったのかもしれない。
「なに? 一人じゃ寂しいから、私に相談に乗ってほしいの?」
「いえ、遠慮しときます」
「むー。つまらないの」
また頬を膨らませながら、彼女は夕陽を眺めた。
しばらくの沈黙。
そして――。
「ねぇ……」
「はい」
「私も……次の戦い、行くべきなのかな」
答えづらい問いだった。
強制はできない。
というより、したくない。
それが猫影の本音だった。
ただ、人手不足なのは明白だ。
猫影は何も答えず、ただ夕陽を眺めた。
その日の会話は、それで終わった。
―――――――――――――
対斎藤戦、当日。
猫影は開いた口の閉じ方を忘れ、あの夕陽を眺める時のような遠い目をしていた。
なぜなら――。
天下騒乱が、本当に最前線で一人百殺を始めていたからだ。
「なぁ、あれ。俺らいるかな」
「多分、要らないですな…」
「だよねぇ……。とりあえず、無駄な犠牲者出す前に、とっとと城落とすか」
「ですな」
槍真倉たちが平野で大乱闘を繰り広げている間に、愉遊開会は敵軍の側面を回り込み、稲葉山を目指し始めた。
今回の戦の参加者は、たった八名。結局、璃奈も来てない。
そして何より兵力は八百程度である。
「まぁ……好都合には好都合か」
少数の方が奇襲作戦はやりやすい。単純に、敵に見つかりにくいからだ。
一向は目的地に向かい進軍し始める
ただ、猫影は稲葉山へ近づくにつれて、妙な違和感を覚えつつもあった。
―――――――――――
「着きましたぞ」
一向は目的地に到着する
「さぁ、登るか」
目の前にそびえる稲葉山城。
その名の通り、山に築かれた城だ。坂は急で、まともに登るだけでも一苦労する。
「敵兵に関しては、全部槍真倉さんが散らしてるだろうし、心配はないのだが……」
問題は体力。
他の連中は持つだろう。
だが、猫影は自信がなかった。
中高と部活は文芸部。外に出ることはほとんどなく、日々ブルーライトを浴びる生活。
「マジ終わってる……」
過去の自分を呪う猫影だった。
――――――――――――――
「はぁ……ついたぁ……」
すでに戦闘は始まっている。
しかし、猫影は参加できそうにもない。最後尾につき、ゆっくり登って――このザマである。
「猫影殿、やっとですか……」
息を整えていると、鶴賀がやって来た。
「鶴賀、お前そんな体力あったっけ?」
「仕事が仕事なもので」
「なるほど……」
詳しくは追求しない。
ただ、肉体労働ではあるのだろう。
城内へ入る。
そこで、猫影はまた妙なものを見つけた。
「……薪?」
城の隅に、妙に多くの薪が積まれていた。
「火を焚くためのものでしょうな」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
なんだか多すぎる。
そう思ったものの、今は戦の最中だ。
いちいち気にしている暇もない。
猫影はその違和感を頭の片隅へ追いやり、先へ進んだ。
しかし――
「はなてぇ!!」
「んぁ?」
突然、懐かしい声と共に火矢が飛んできた。
「火を放つなんて聞いてないけど、お前の?」
「いえぇ。知りませんが。」
「?」
2人で、飛んでくる火矢をボーと眺める。
鶴賀のではない。
とすると、必然的に答えは1つになる
敵の火矢だ。
しかしながら、なぜ自分たちのいる城に火を放つのか理解できなかった。
だが、次々と火の手が上がっていく。
1つ考えた可能性としては、
「俺らを焼き殺すためか……?」
最初はそう思った。
だが、それにしてはおかしい。
あまりに爪が甘いのだ。
焼き殺すつもりなら、もっと多くの兵力を使い、燃える中に突っ込んで我々を殺しにくるはず。
だが、敵は撤退し、城の出口の方へ固まって行くばかり。それに、その固まる兵もそこまで多くない。これなら、今から急げばさっき登ったところから降りれるし、強行突破も出来る。
「んだよ。気持ち悪りぃな…」
ここまでくる間に違和感があった。
それは、猫影達が城へ入るまで、要するに稲葉山に辿り着くまで、ほとんど抵抗らしい抵抗もなかったことだった。
最初は単なる偶然かはたまた、この作戦の大成功を意味していたのかと思ったが、今は違う。
あれは、無駄な戦闘を避けるためであると。
猫影は、城内に残る、敵兵力を見るとそうではないかと思ったのだ。
そしてなにより、さっき見た大量の薪。
「ほんと、気持ち悪りぃな」
確信した。
相手はわかっていたのだ。
どこから城内に侵入してくるか。
どこを通ってここまで来るか。
それは味方の情報漏れのせいでもない。そしてスパイの仕業でもない。
「……さっきの声」
敵が火を放つ合図を送った声。
それは、とても懐かしい声だった。
それは
「半兵衛さんか」
「お初にお目にかかります。愉遊開会さん」
前回の事件で世話になった。
言わば、策士のプロ。
そして――猫影の師でもある。
そんな彼が、こんな単純であるのに、中途半端な火攻めをするはずがない。
この行動の最も重要なポイントは
「……足止め?」
我々の足止めである。
「バレましたか」
半兵衛の声が返ってくる。
その瞬間、猫影はようやく気づいた。
こうするつもりで動かされていたのではないか。
「……おぉい。まさか」
「そのまさかです。斎藤様は墨俣へ向かわれました」
やられた。
墨俣城。
それは完成間近の砦。
守備兵は少なく、このままでは、守り切れるか怪しい。
「流石だな……」
思わず、そう呟いていた。
やはり師匠だ。
自分が稲葉山を落とすことに夢中になっている間に、半兵衛はその先を見ていた。
「総員! 来たところから戻るぞ!」
「無理です! 後ろから火の手が!」
「ちっ……なら、やるしかないか!」
追い込まれたわけでもないのに、構図は背水の陣
後ろは火の海だが。
「勝てるとは思ってませんのでね。私はこれにて」
「クソッ……進めぇ!!」
燃え上がる稲葉山。
その中で、小さな戦が始まった。
―――――――――――――
一方その頃。
槍真倉たちはというと――。
「ちっ、こんなもんか」
ほぼ一方的な戦いを繰り広げ、敵軍は壊滅寸前まで追い込まれていた。
槍真倉は周囲を見渡すと、一人の女へ声をかける。
「おい、さく」
「はい」
名は花皆さく
鬼の面をつけ、常日頃からある事へ怒りを抱えている。そんな女性
だが、槍真倉は知っている。
彼女が何怒り。なぜ仮面をつけているかを。
「適当な奴、10人連れて墨俣に戻れ」
「御意に」
たったそれだけ。
女にそれだけを伝えるだけで、この戦は勝利する
あぁ。なんと恐ろしい鬼なのだ。
実に面白い。
―――――――――――
次の日。
「うーん……やっぱ、俺ら必要だった?」
猫影が墨俣に着いたのは、全てが終わった後だった。
稲葉山で戦った敵兵は百人程度。
脅威度で言えば、敵兵よりも火の方が遥かに高かった。それでも、現代人の参加者は全員無事に生還している。
一方、墨俣へやって来た本隊二千人は、天下騒乱の「さく」という人物が指揮を執り、たった10人であっさり片づけたらしい。
それを槍真倉から聞いた猫影は、しばらく黙り込んだ。
「……いくらなんでも、化け物なのでは」
「やり手というレベルを超しておりまする……」
猫影と鶴賀は、揃って天下騒乱の面々にドン引きしていた。
ちなみに、竹中半兵衛は稲葉山から逃走することに失敗したらしい。その後、捕らえられた半兵衛は、そのまま織田家に仕えることになったそうだ。
「師匠が味方なのは心強い……けど」
猫影は遠い目をした。
多分――。
天下騒乱のゴリ押し先鋒の前では、どんな策略も意味を成さない気がする。
……それでも師匠の策略と騒乱のゴリ押し。
この二つが同じ陣営にいるなら、織田家はしばらく安泰なのかもしれない。
そんなことを思う、今日この頃であった。




