第四話 辛い再会
暖かな光と感触の上で、意識が覚醒する。
まるで、ふかふかの枕の上で、薄いカーテン越しに朝の光を浴びながら目が覚める時と同じ感覚だ。
しかし、そこで天宮は思い出したら。
それほど余裕のあった状況だっかと
それほど穏やかに暮らせる場所だったかと
そう考えると
「…この感覚は場違いな気が……」
そう呟くと
「おはよう。ほぼ死体くん。朝……と言うより昼だけど。あなた、寝起きから独り言するタイプだったのね」
聞き馴染んだ声が上からする。一体どういう状況なのか、まだ目を開けていないので分からない。ただ、少しだけ嫌な予感がする。
まぁ、そんなことを考えても仕方がない。
そう思いながら、天宮は眠気まなこの目を開ける。
するとショートヘアに見慣れた顔の女性が目の前に現れた。
「……おはようございます。愛菜さん……えぇと、一体どういう状況ですか」
目を開け、眼前に顔の見える相手へ説明を求める。
「どういう状況なんて、見りゃわかるでしょ」
「膝枕されてますね。なんで?」
「さ、さぁ?」
愛菜は少し頬を赤らめながら答える。
本当になんでだ?
「ま、そんなのはどうでもいいの。あなた何“日”寝てたと思う?」
「え? 今、日って言った?」
何時間は聞いたことがある。だが、何日寝ていたという話は聞いたことがない。自分の聞き間違いじゃないか確かめ直す。
「えぇ、言ったわ。そして答えは2日。本陣で生きた死人がいるって初日は大笑い、次の日になって流石に心配されてたわ」
「あ、あはは……」
ありえないと思いたい。
ただの仮眠で2日。いくらなんでも、そんなに寝ていたなんて信じられない。あと、普通に恥ずかしい。
「で…そのぉ…この膝枕は……?」
「白雪姫とかの、キスで目を覚ます……的な?」
「な、なるほど?」
いかんせん膝枕の理由が分からないが、まぁいいとしよう。いつもの色仕掛けだろ
それより、
「俺が寝てた間に何かあった……?」
「そうね。逆になかったら怖いわ。端的に話すと、ちょっと戦に勝って、ちょっとあの川の向こうにある砦に陣を移したことぐらいかしら?」
「ちょっとって……」
「まぁでも本当にそれぐらいよ? あ、でも今作戦会議してるんだっけ」
「誰と?」
「織田家の筆頭さんとらしいわ。詳しいことは知らない。でも名前は確か……」
「天下騒乱。当主、槍真倉 双一。幹部が2人、花皆さくと古見根 関」
「亀倉さん」
「おはようございます。ほぼ死体さん」
「あはは……おはようございます……」
できれば、ほぼ死体呼ばわりは今日で終わって欲しいと心から願った。
それはさておき、
「作戦会議って、ちなみに何の?」
「何も知らないのね。まぁ、寝てたから仕方ないのか……石山御坊……わかりやすい名で行くなら、大阪城攻略の作戦会議よ」
大阪城。
確か、炎楽が目指していたゴール地点だ。
でも、なぜ織田と協力を……?
織田は下の方で奮起しているはずじゃ――
「その顔、なんでって顔ね」
「んぇ?」
「織田家が想像より早く敵の本拠を落としたんです。代わりに三好には逃げられ、石山に籠城されて、どうしたものか悩まされてる現状で」
「なるほど……」
あまり良くない頭を働かせたところで、打開策は見当たらない。しばらくは大人しく待つことしかできなさそうである。
「そう。あなたの考えてる通り、作戦が決まるまでお手上げ状態なのよ。だから」
そう言い、愛菜はさっき座っていたところに戻り、正座をする。
そして、
「もっかい寝たら?」
なぜか膝枕を勧めてくる。
「なんで俺を誘惑するのかが一点。なんで俺の表情だけで考え事を見抜けるのかが二点。俺の脳内で会議しなきゃならなくなりそうだ」
「はは。君たちは本当に仲がいいですな。羨ましい限りですよ」
「羨ましい?」
「信じられる人……友がいる。それだけで心の持ちようが変わる」
そう言いながら、亀倉の顔が少し暗くなる。
きっと過去に何かあったタイプだ。雰囲気を暗くするのはごめんなので、ここは何も聞かずに流すことにした。
しばらくして、森田さんが会議室から出てきた。会議は終わったのかと聞くと、一旦休憩を挟んだだけらしい。
あと一歩で勝利を掴めるのに、動けないのはこうもどかしいものなのかと、胸の中の肺がムズムズする1日だった。
――――――――――――――
次の日の朝。
謎の人物がこの砦に飛び込んで来た。
体を大にして勢い良く扉を開くなり、
「たぁのもーう!!」
そう、声も大にして砦の玄関に立ち尽くす、青年の姿があった。
「そう生き生きと物を言える立場じゃないですぞ……」
「それは、まぁそうかも」
「あ、あなた……は、それに……」
飛び込んで来た青年に、とびきり驚いていた人物。
亀倉さんだ。
2人はどういう関係なのか。謎の青年のことより、どちらかといえばそっちの方が気になっている。
「あぁと……亀倉さん……奇遇ですね。一応聞くけど……味方?」
「とりあえず……」
「すごく含みのある言い方……」
「いえ! あ、えぇと……」
「亀倉さんはあっち側じゃない、と私は信じてますぞ」
「はい! あれは、全て彼のせいですから……あなたのせいじゃないと思ってます」
「お、おぉ……ありがとうございます……」
頑張って青年は空気を変えようとしているが、1人で変えられる雰囲気ではない。
なんだかんだで、ぎこちない再会が起こっている。
「だから、ここは僕の出番ですかね。えぇと、お名前を聞いても?」
「そうっすね。申し遅れました。織田家中――」
「猫影照春さんです……」
数秒、とても気まずく無音の時間が流れてしまう。
「えぇと、亀倉さん……ありがとうございます。ごほん……改めて、僕は織田家中老一門、愉遊開会。当主、猫影照春です」
「私はその参謀を務めてまする。鶴賀 吉木でする」
まず、こんな青年が中老なことに驚きを隠せていない。
――ここで脳内解説。by高田愛菜
『ここでまだ説明できてなかった大名内の役職を、私がざっと説明するわ。
まず度々出てきた筆頭。筆頭は大名とほぼ同等の権力を持っていて、大名の左腕か右腕に当たる役職ね。
次に中老。中老は筆頭の2番手ね。一番わかりやすい例えは、自民と公明党で言う公明党的立場ね。
次に忠犬。政党繋がりの例えで行くなら、野党に近いと思うわ。
その下にもまだ3個ぐらいあるのだけど、どれも忠犬とほぼ同じ説明になっちゃうから割愛するわね。
それじゃまた会いましょう。さよーならぁ』
脳内再生の解説を聞き終わったところで、会議室から槍真倉さんと森田さんが出てくる。
「遅刻です」
厳しい口調で槍真倉は青年にそう告げた
「申し訳ないです。ちょっと後処理に手間取りまして……」
青年は頭を掻きながら軽く頭を下げて、本当に反省しているのか怪しい程度の謝罪をした。
「はぁ…まぁいい」
「ごほん」
また気まずくなりかけた空気を、森田さんが咳で流す。
「えぇと。猫影さん、初めまして。炎楽当主の森田です。早速ですが、会議の続きをしても……?」
「あ、はい。すみません、お邪魔して」
「いえいえ、とんでもない。さ、会議室はこちらです」
猫影さんと鶴賀さんは森田さんに案内され、会議室へ向かって行った。
「さて、次は……」
未だ開いた口が閉じていない様子の亀倉さんに話を聞くことにする。ついでに『面白そう』と言って、愛菜もついて来た。
「えぇと、亀倉さん。2人の関係を聞いてもよろしいでしょうか。無理ない範囲で……」
「……」
「その、今抱えてる悩みもなくなるかも知れませんし……勝手かもですけど……」
聞くとは言ったものの、申し訳なさがどうしてもある。
このインタビューをしながら、どうしてこんなことに足を突っ込んでしまったのか後悔している身勝手な自分がいる。
「すみません……心配をかけてしまって」
「いえ、どちらかといえば知りたいの方がメインですので」
「はは、少し長くなりますよ」
「ドンと来いです」
「彼と初めて会ったのは、前の転移事件の時のことです。こんな世界に来て途方に暮れていた時、声をかけてくれたのが彼、いいえ、彼らでした」
「彼らというと、鶴賀さんも?」
「あぁ……いえ、鶴賀さんは当時別一門で、途中合流した感じですので、その時はまだ」
「そうなんですね」
「猫影さん、当時は中学1年でしたっけ……」
「うぇ!?」
「小学生もたまに居ました。そんな酷い事件なんです」
言葉が出ない。
記事で見たものよりも過酷で残酷な事件だ。
「そんな彼は、若さ故なのか、こんな世界に来てもいつだって前向きで、明るくみんなをサポートして取り仕切ってくれたんです」
「立派ですね」
本当に立派だと思う。
自分が同じ立場だったら、多分そんな気分にはなれないのだろう。
たとえ嘘だったとしても明るくはなれない。
その自信があった。
「はい、ですが……」
その言葉を引き金に、亀倉さんの顔が暗くなり、下を向いてしまった。
「ですが、ある事件が起きたんです」
「事件?」
「えぇ。裏切りです」
その言葉で、少し前に森田さんの言っていた言葉が過った。
本当にあるものなのか。
「名前は、伏せておきます……あなたを巻き込みたくないですので。あれは……そう、当時織田で雑賀衆や本願寺と戦いをしてる時でした。
攻め途中の岸和田で、僕らを裏切った彼はまるで狂ったかのように、急に怒りだし敵へ、雑賀や本願寺の残党に寝返った……いえ、本当はあの戦が始まった時から寝返っていたのかもです」
「なぜ……そんな……」
天宮には不思議で仕方がなかった。
聞く限りは、不満の出なさそうなところっぽいのに。
「はい。不思議ですよね。でも事実なんです。
彼は当時幹部級。作戦は相手にただ漏れしていて、逆に包囲されてしまうことになり、助かりたくば、猿山さんか猫影さんを差し出せと脅されたんです」
「その猿山さんとは?」
「すみません、説明してませんでしたね。猿山東土。猫影さんの一門の最古参で、優秀な参謀だったと思います。私も彼とは仲良くさせてもらってました」
「なるほど、それで彼らでしたか……」
「はい。それで結局、猿山さんが身を差し出すことに……。
それから一門内はだんだんとピリピリし始めて、結局、猫影さん派と、当時、猿山さんを慕っていた人たちで2分してしまって……私はどちらかと言えば猫影さん派でしたが、見てることしかできませんでした……。
それから数ヶ月後、猫影さんが亡くなったと知らせを受けて、それからは猿山さん派の所でお世話になってました。
……そのことで、今でも罪悪感と後悔が消えてないんです。どうしてあの時、自分はもっと意見を出さなかったのか……毎晩考えてました」
「………それは、お辛いですね……」
「でも、また再会するなんて思いませんでした。
もちろん、生きてたからと言ってこの罪悪感は消えてないです。どこかで謝らないとと、話しながらもずっと考えてました」
天宮は考えていた。
別に亀倉さんは悪くないのだ。
どちらかと言えば、恩人を2人失った。正確には、失っていた被害者なのだ。
だから謝る必要は――
「……そうね。謝るなら今、だわね」
そんなことを考えていると、珍しくずっと黙っていた愛菜が口を開く。
「でも――」
反論しようとすると、
「あっ君は一回お口チャックね。こういう時の君は当てにならないから」
「……」
確かに。
自分の中で納得してしまった。
「今謝って、もう一度やり直せばいいの。今度は、同じ過ちをしないようにね。
もし、謝って許してもらえなかったら、その時はまぁ考えましょ?」
最後がなんとも無責任な感じだったが、言ってることはごもっともだ。
「そうですね。そうします。すみません、こんな話に付き合ってもらって。おかげで勇気が出ました」
「いえいえ、聞いたのはこちらからですし、こちらこそ申し訳ないです。辛い記憶を……」
「いえ、大丈夫です。またやり直せばいいと、今教わりましたので」
笑みを浮かべながらそう言う亀倉さんの目は、さっきの辛そうな顔を忘れさせるような凛々しさでこちらを見ていたのだった。




