二十一話 新天地
「ついたぁ! 春日城!」
織田領を出て、1ヶ月。
長い道のりを馬で進み、猫影たちはようやく新天地へと辿り着いた。
目の前にそびえる春日城を見上げる。
ようやく着いた。
そう実感した途端、馬に乗りっぱなしだったせいか、腰に重たい痛みが走った。
「いてて……」
「大丈夫ですかな?」
「まぁ、なんとか」
ここまで来るだけでも一苦労だった。
だが――本当に大変なのは、ここからだ。
「上杉になんと話すかは決まってるのですか?」
「それが全然」
隣に立つ鶴賀が、俺の考えていたことをそのまま口にした。
そう。そこが1番の問題だった。
ここまで来る間、時間ならたっぷりあった。馬に揺られながら、何度も考える時間はあった。
それなのに、具体的にどう説明するかなんて、ほとんど考えていなかった。
「はぁ……」
思わず、重たい溜め息が漏れる。
新天地。
そう言えば、聞こえはいい。
だが、ここも所詮は戦国の舞台だ。
東北だから安全。そんな保証はどこにもない。
それに、織田を抜けた俺たちが、ここで受け入れてもらえるのかすら怪しい。
「こんなところで夏休み課題か……」
ずっとサボってきた弊害が、こんなところで背中に重くのしかかっていた。
結局、今になってもどう話すかは決まっていない。
あぁ、もっと早く終わらせておけばよかった。
そんな今さら悔やんでも仕方のない後悔が、猫影を襲う。
「そう言う時こそ、アドリブですよ」
すると、いつの間にか隣にいる天宮拓人が、何でもないことのように言った。
「……」
お気楽なものである。
何もしていないくせに、妙に自信満々だ。
「……天宮さんって、ほんと気楽ですよね」
「え? 褒めてます?」
「褒めてないです」
「ですよねぇ」
反省する気配は微塵もなさそうである。
「あ、そういえば森田さんは?」
「さぁ……『まずは観光じゃぁ!』って、どっか行っちゃいましたよ」
「……」
どいつも本当にお気楽なものである。
「はぁあ……」
もう1度、溜め息が漏れた。
「まぁまぁ。私も行きます故」
そう言って、鶴賀が俺の背中を軽く押した。
こういう時の鶴賀は頼りになる。
今の俺の心の支えは、こいつと虎子のみと言ってもいい。
「さ、行きましょうぞ」
「……おう」
重たい足を引きずるように、俺たちは春日城へ向かった。
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春日城内
「断る」
開口一番。目の前に座る上杉景勝は、俺たちの頼みをあっさりと突っぱねた。
「で、ですが……」
「そもそも、身元もわからん者どもをどうしろと」
「っぅ……」
「もっと言えば、自身が仕えていた所を裏切ってるのだ。立場をわきまえんか」
「っぅ……」
何も言い返せない。
事実だからだ。
織田家を離れた。それは、どう言い繕ったところで変わらない。
「貴様らが現代人と言うのなら、今より先のことも知っとるのだろう」
景勝の視線が鋭くなる。
「そこまで武田が怖いなら、もとより武田と敵対せぬところに居れば良かったものを」
「っぅぐ……」
言葉の1つ1つが、胸に突き刺さる。
正論だった。
反論できる余地がない。
これも自業自得というものなのだろう。
「用は済んだか」
「……はい」
もう、ここにいる意味はない。
俺が立ち上がろうとした、その時だった。
「最後によろしいでしょうか」
鶴賀が立ち上がった。
「本当に良いのですな」
「何度も言わせるな」
「左様ですか」
鶴賀は1度だけ頷いた。
そして――
「では、ここに宣言いたしまする」
「……?」
一体、何をするつもりだ。
少し嫌な予感がする。
「我々は必ずや、東北大名の牙となりましょうぞ」
「はぃ?」
思わず変な声が出た。
トチ狂ったか。
訳のわからないことを言い始めた。
あぁ。こんなことなら、課題をもっと念入りにやってくるべきだった。
どうしようもない後悔が、またしても頭をよぎる。
「面白いことを」
景勝は、ほんの少しだけ目を細めた。
「冗談では、ござりませぬぞ?」
鶴賀の目は、冗談を言っている人間のものではなかった。
真っ直ぐに景勝を見据えている。
その姿だけを見れば、まるで本当にこの男を見返すつもりのようだった。
「行きましょうぞ、猫影殿」
「お、おぅ」
鶴賀に促されるまま、俺はその場を後にした。
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春日城前
「猫影さん、どうでした?」
春日城を出ると、餅蔵が声をかけてきた。
どうやら外で待っていてくれたらしい。
「無理だったよ……」
「……そうですか……」
2人揃って肩を落とす。
せっかくここまで来たというのに、あっさり門前払いだった。
だが、それよりも気になることがある。
「というか鶴賀、あれなんだよ!」
「あぁなれば、どのみち敵になるでしょう。その時、あやつを後悔させるためですよ」
「といっても、言い過ぎだぞ? ありゃ」
「……あれくらいが良いのですよ」
鶴賀は胸を張った。
一体、どこからそんな自信が湧いてくるのか。
「まだ東北には多く武将がいまする。総当たりですぞ」
「だなぁ……」
東北が全部上杉家というわけではない。
伊達や最上など、まだ頼れそうな大名は残っている。
そのどこかに所属できれば、とりあえずは居場所を確保できる。
まだチャンスはある。
そう思うしか、今はない。
「それに、断られたからって終わりじゃないですしね」
餅蔵がそう言った。
「……そうだな」
僅かな希望を胸に、俺たちは春日の街を歩いた。
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天宮視点
「猫さんら、いっちゃった」
遠ざかっていく猫影さんたちの背中を見送る。
さっきは随分と図々しいことを言った自覚がある。
励ましたつもりだった。
けれど――こういう時につくづく頼りにならない男代表だと、自分で自分の存在を再確認してしまう。
もっと気の利いたことが言えればよかった。
何か、力になれる言葉があったんじゃないか。
そんなことを考えていると、
「おーい。あっ君!」
「んぉ」
振り返った瞬間、愛菜が後ろから飛びついてきた。
「お前、ずいぶん甘くなったよな」
「うっさい。いいでしょ、別に」
愛菜とのこの関係が始まって、もう数ヶ月。
最初の頃とは見違えるほど、態度が柔らかくなった気がする。
「ツンデレはやめたの?」
「なんそれ。そんなのした覚えないわよ」
「多分、そういうところ……」
「そんなことより、観光。するんでしょ?」
「……そうだな」
情けない。
普通に最低だとも思う。
だが、今は猫影さんたちに任せるしかない。
でも、それが適材適所とも思う。
俺たちは俺たちで、春日の街を見て回ることにした。
京を歩いた後だからか、少し見劣りするような気もする。
それでも春日の街並みは整っていて、歩いているだけでも十分に楽しめそうだった。
「これが……へぎそば」
店員さんの説明によれば、海藻の「ふのり」をつなぎに使った、緑がかった色とコシのあるそばらしい。
「んー。うまい!」
普段ならまず見ない色のそば。
最初は少し戸惑ったものの、食べてみれば喉越しがよく、箸が止まらない。
「愛菜、これ結構うまいぞ」
「私にも1口ちょうだい?」
その後も俺たちは、春日の名物らしい料理をいくつか頼んだ。
普段なら、仕事のついでに食事をするくらいだ。
こうして目的もなく、ただ街を歩いて食べ歩くのは、妙に新鮮だった。
そして最後には――。
「天宮、これ飲んでみなさいよ」
「俺、酒のことよく分からないんだけど」
「いいからいいから」
愛菜に勧められるまま、1口だけ飲んでみる。
「……あ、普通にうまい」
酒のことはよく分からない。
それでも思っていたより飲みやすく、少しだけ得をしたような気分になった。
「でしょ?」
愛菜は満足そうに笑った。
腹ごしらえを終えた俺たちは、次なる場所を探して街を歩き回った。
おすすめの店なんて知るはずもなく、良さそうな場所を見つけては入る。
そんなことを繰り返していた。
しばらくすると、愛菜が財布の中身を確認した。
「……」
「おい……金、大丈夫かよ」
「まだ余裕はあるわ」
そう言いながらも、財布を閉じる動きが妙に早い。
やはり問題になるのは、金銭だった。
未所属の武士というのは、現代でいう自宅警備員のようなものだ。
収入がない。
今ある金がなくなれば、働くしかない。
「でも、この時代のバイトって……」
「ほぼ肉体労働でしょうね」
「うぐぅ……」
代表的なのは建設業らしい。
森田さん曰く、年中人手不足で報酬もそれなりにもらえる。
単発でサッと稼ぎたい人にはおすすめの職業だそうだ。
「俺、肉体労働やらないために頑張ったんだけどなぁ……」
「大学でずっと言ってたものねぇ。肉体労働だけは嫌だって」
「とほほ……」
「ほら、落ち込んでないで行きましょ。集合時間までまだあるんだから」
「はぁ……わかったよ」
お金のことは、また今度考えることにした。
今はせっかくの春日観光だ。
少しくらい、何も考えずに楽しんでもいいだろう。
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猫影視点
時刻は、昨日決めた集合時間をとうに回っていた。
夕焼けが街を赤く染め、昼間とは違う表情を見せている。
俺は鶴賀や餅蔵と多少の観光を終え、集合場所で皆を待っていた。
だが――。
「誰もいない……」
誰1人として来ない。
この時代には正確な地図も時計もない。
多少の遅れは仕方がないと思っていた。
それでも、体感では小一時間ほど待たされている。
「はぁ、全員迷子か?」
「かもですな」
鶴賀も周囲を見回す。
誰もいない。
本当に、誰もいない。
「まぁまぁ、気長に待ちましょうよ!」
香ばしい匂いを漂わせるみたらし団子を食べながら、餅蔵が俺の背中をさすってくれた。
「すんませーん! これ追加で!」
「まだ食うのかよ」
「うまいんですよ」
確かに美味そうだ。
だが、値段もそこそこする。
今の俺には、そう簡単に手を伸ばせるものではない。
「金銭……どうしたもんやら」
「これから別の大名の場所行くんですよね?」
「まぁな」
「なら道中の村で依頼を引き受けて、対価にお金をもらえばいいんっすよ!」
「あぁ……ドラ◯エ的なやつか」
「そっす!」
名案である。こんな時代だ。
困りごとなんて、いくらでもあるだろう。
畑仕事に護衛。害獣退治。荷物運び。探し物。
探せば、仕事なんていくらでも出てきそうだ。
あとは、自分たちがこなせる難度なのか。
そして、報酬がそれに見合っているのか。
そこを見極めればいい。
そんな簡単にいくとは思えないが、その場しのぎにはなるだろう。
「なぁ鶴賀。ここから順に東北巡りしたら何ヶ月ぐらいかかるかな」
「まぁ、長くて3ヶ月と言ったところでしょうな」
「長いなぁ……」
思わず空を仰ぐ。
3ヶ月。
そんな長期間、住む場所もないままほっつき歩くのは限界がある。
この時代の兵は連れてきていないとはいえ、現代人だけでも100人はいる。
宿にも限界がある。
食費もかかる。
馬の餌だって必要だ。
今の資金で賄いきれるとは思えない。
「すげぇ心配だけど、分けるしかないか……」
この街ですら、まだ全員が集合できていない。
それなのに、東北全域を回るとなれば、なおさらだ。
それでも、やるしかない。
「まぁ、最悪なんとかなるか」
そう言ってみたものの、自分自身に言い聞かせているだけなのは分かっていた。
「あ! やっと来た!」
餅蔵が声を上げ、指を差す。
その先には、こちらへ歩いてくる10人ほどの人影があった。
「遅いですよ、森田さん」
「いやぁ……ついでにみんな連れてこようとしたら迷子になっちまってな」
「はぁ……まぁいいですよ」
「んで、どうだったんだ?」
きっと、上杉に受け入れてもらえたかを聞いているのだろう。
ならば、その答えは決まっている。
俺は何も言わず、首を横に振った。
「……そうか」
森田さんの表情から、少しだけ笑みが消えた。
「まぁ東北は広いし、なんとかなるさ」
森田さんなりに励ましているのだろう。
余計なお世話だと思いながらも、今はその言葉が少しだけありがたかった。
「他の人にも来てからじゃないと話せないか……」
全員が揃うまで、もう少し待つことにした。
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それから全員が集まったのは、多分3時間後のことだった。
「えぇと。やっと全員集まったようなので、結果報告と行きますが」
集まった面々を見渡す。
そして、
「結論から言うと、断られました」
当然のように、ざわめきが広がった。
不満や不安。
それぞれの声が入り混じる。
「んで、他の大名をあたるつもりなんですが、何せ資源がない。ちまちま一家ずつは無理だと思います」
1度、言葉を切る。
「なので、俺と鶴賀は南部に、森田さんは伊達、亀倉さんは最上と、3つの部隊に分けて同時に頼み込むことにします」
もちろん、懸念点もある。
2つの家から了承を得られた場合、どちらかには断りを入れなければならない。
逆に、どこにも受け入れてもらえない可能性だってある。
けれど―。
「まぁ、それはその時考えるとしよう」
今考えたところで、答えが出るわけでもない。
不安を並べたところで、状況が良くなるわけでもない。
だったら、今できることをやるしかない。
「まぁ、みんなは好きな人のところへついて行ってくれ」
少し無責任かもしれない。
だが、時間もたっぷりあるわけではない。
何より、俺たちにはもう戻る場所がない。
だからこそ、自分たちで次の場所を探すしかなかった。
「あれ。津軽は?」
森田さんが首を傾げた。
「津軽はまだ独立してないそうです。なので、行く必要はないかと」
「……なるほど」
とりあえず納得してもらえたらしい。
他に伝えそびれたことがないかを考えていると――
「はい。集合地点はどこです?」
天宮が手を挙げた。
「あぁ」
集合場所を伝えるのを、すっかり忘れていた。
ナイス天宮。
略して――ナイ宮。
「集合場所は南部領で。僕らは明日か、明後日には出て、先に待ってます。目安は1ヶ月後ですかね」
「了解です」
天宮が頷く。
「では、そういうことで」
最後に集合時間と場所を伝える。
それぞれが、自分の行き先を確認し始めた。
伊達。最上。南部。
これから俺たちは、3つに分かれる。
どこへ行っても、受け入れてもらえる保証なんてない。
なので、これからに不安しかない。
それでも、立ち止まっている意味なんてなかった。




