第十八話 信じれる答え
――天宮視点
「まだ居たんだな」
笑みを浮かべながらそう言う彼は、部屋の扉を開けたところで立ち尽くしていた。
皆、説得しようと意気込んだ。
皆、彼の心の傷を治そうと思った。
だが、いざ彼を目の前にすると、誰も言葉が出てこなかった。
何を言えばいいのか。
どうすれば彼を救えるのか。
考えているうちに、時間だけが過ぎていく。
「……すまん、そこ、のいてくれるか」
かける言葉があったはずなのに。
伝えなければならない言葉があったはずなのに。
結局、誰も何一つ話せない。
「ちょっとごめんよー」
そう言い、立ち尽くす我々の間を通り抜け、離れていく彼。
これで良いのか、天宮。
ここで彼を離してしまって良いのか。
答えは――
「ちょっと、待ってくだされ。猫影殿」
すると、ついに鶴賀が彼を呼び止めた。
「あ?」
そう返事をして振り返る彼。
良かった。
彼は止まってくれた。
そう安堵したのも束の間。
天宮は彼の顔を見て、驚愕した。
その目からは、生を感じられない。
ただ、憎しみだけが残ったかのような顔だった。
まるで、目の前にいる我々を見ているようで、見ていない。
そんな目だった。
だが、そんな彼に対しても、鶴賀は言葉を続ける。
「やはり、私には無理です」
言葉を区切り、そして続ける。
「私は、あなたを一人にはできませぬ」
「……あそ」
鶴賀の思いに対し、猫影は冷徹に。
まるで心がないかのように返事をした。
それだけ言うと、彼はまた後ろを振り返る。
すると――
「ふざけんじゃねぇぞ!」
森田が声を荒げ、怒りを露わにした。
その声に猫影の足が止まる。
が、振り返りはしなかった。
「チッ。どうせ聞きゃしねぇんだろ? それでも目ぇぐらい合わせろよ!」
「うるさいなぁ。なんですか、森田さん」
冷淡にそう言い、彼は振り返る。
「お前、さっきのは何なんだよ」
「何の話?」
「とぼけてんじゃねぇぞ! さっき部屋の中で何話してたか知らんがよ。どうせ心にもねぇこと言ってんだろ?」
「……」
「それなのに、鶴賀はまだテメェを救おうとしてんだよ。まだ手を差し伸べてくれてんのに……それを無碍にしてんじゃねぇよ!」
「何が言いたいんですか」
「感謝の一つぐらいしてやれよ……そんな軽い返事だけして、後ろ振り返ってんじゃねぇよ!」
確かにそうだ。
鶴賀は彼を救おうとした。
手を差し伸べた。
だが、それで返ってきたのは、とても冷たく、呆れたような一言の返事のみ。
手を払いのけるわけでも。
手を掴むわけでもない。
ただ、何もなかったかのように去ろうとしている。
そして――
「……」
「なんか言えよ」
「……」
森田の言葉に、無言を返す猫影。
「なんか言えよ!!」
「……」
どれだけ森田が声を荒げても、返ってくるのは無言だけだった。
だが――
「じゃあ。あんたらに何がわかんだよ」
「ぁ?」
「どーせ。断っても怒鳴ってくんだろ?」
「……」
「ほらな。否定できないだろ? じゃ、何して欲しいわけ。約束一つ守れない俺に、何して欲しいわけさw」
「私たちを信じて欲しい」
問いかけてくる彼に対し、愛菜は答えた。
「私たちを信じて、これからも一緒に行動を」
「断る」
「猫影殿……」
「断るってんだろ! どいつもこいつも、おこがましいんだよ。
俺は決めたんだよ。俺をこんな目に合わせたやつを殺すってな。
たとえどんな犠牲が出ようとも、たとえどれほど醜くなろうとも。
そうするって決めたんだよ」
その言葉を放つ彼は、涙を浮かべていた。
その言葉を放つ彼は、覚悟を決めていた。
だが――
その決意は、少しずつ揺らぎ始めていた。
「今更なんだってんだよ……こんな俺をまだ信じれんのかよ! こんな俺に信じて欲しいのかよ!」
声を荒げ、そう言い放つと、篠原が立ち上がった。
「私はね、春くん。春くんがどんな人でも、どんなに私たちが嫌いでも。私は春くんを信じてるよ」
「なんでだよ。なんでまだ……」
「だって私は、春くんが好きだから」
「は?」
一瞬だけ、猫影の表情が揺れた。
「だから私は春くんを信じ続ける。だから春くんも――」
「やめろ」
「……春くんも私たちを」
「やめろって言ってんだろが!」
篠原の声の勢いは、猫影に押し潰され、やがて消えてしまう。
そして――
「お前と鶴賀がよく知ってんだろうが。俺が何されて、何を味わったか!」
「それは……」
「それ知ってて、人に信じろとかよく言えたなぁ。テメェらよ」
「おい、猫影」
「森田さんは黙ってろよ! なんも知らねぇくせに、愚痴愚痴やかましいんだよ」
「……」
その悲惨な光景を、天宮は見ることしかできなかった。
悔しい。
とても悔しかった。
自分も何か言わなければならない。
そう思っているのに、言葉が出てこない。
「んで、どーすんだよ。こっから黙って、九州か東北かどっか行くか。それともここに残って俺の邪魔すんのか」
究極と言っていいほどの選択肢。
だからこそ、誰も答えられない。
東北へ行けば、猫影を一人にする。
ここに残れば、猫影の目的を止めることでさらなる亀裂が生まれてしまう
どちらを選んでも、何かを失う。
「へへ……」
全員が思考を回していると、不意に猫影は笑い出した。
全員が困惑した。
だが、天宮だけは気がついた。
その笑みの意味に。
我々の間違いに。
「お前ら、やっぱ信用できんよ」
「何言って――」
「そんな俺のこと止めたいなら。俺と信じ合いたいならさ。即決ぐらいしろよ」
その言葉で、全員がハッとした。
そして、悔やんだ。
彼の言う通り。皆、即座に答えるべきだったのだ。
「こんだけ俺に、やれ信じろ、やれ信じてくれって言うなら、最初から答えは後者一択にしとくもんだろうが」
「……」
誰も何も言えなかった。
「もう行って良いか?」
「……」
「チッ。さよならぐらい言えよ」
小声でそう吐き捨てる猫影。
そして、後ろを振り返り、歩き去っていく。
今度は誰もそれを止めない。
止められない。
止める権利がない。
「春くん……ごめん……」
その悲痛な声が、篠原さんが膝から崩れ落ち、地面に座り込む音だけが、廊下に響き渡った。
数秒の時間が流れる。
そして――
「……行こう……東北に」
森田はそう決断した。
「森田殿……」
鶴賀の言いたいことは分かる。
分かってしまう。
それは――
「本当にいいんですか」
鶴賀が続けたい言葉を、思わず口に出してしまった。
「本当に行ってしまっていいんですか」
あぁ。
愚かだ。
「今ならまだ間に合います」
あぁ。
最悪だ。
「本当に彼を置いて行ってしまっていいんですか」
言葉の勢いは止められない。
止めたかった。
だが、天宮にはそれができなかった。
せっかく決まりかけたことだった。
それなのに、自分はまた口を出してしまった。
後悔しかない。
だが、口に出さない方がもっと後悔してしまう。
そんな気がしてならなかった。
天宮のその言葉に、また全員が静まり返る。
すると――
「いいわけないだろ」
森田が呟く。
「でも仕方ねぇじゃねぇかよ」
悔しげに、涙を浮かべながら。
「あいつの言った通りだよ」
我々の過ちを振り返る。
「揺れ動いちまったんだから、仕方ねぇだろ……」
「僕、行って来ます」
「やめなさい」
天宮が立ち上がり、消えた彼の元へ向かおうとする。
しかし、愛菜に止められてしまう。
「でも、それでも行かなきゃならないと思う」
「わかってるわよ」
「なら――」
「はぁ……わかったわよ」
それだけ言い、愛菜は天宮を抱きしめる。
「危なくなったりしたら、帰ってくるのよ」
「うん」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言い合い、天宮は走り出した。
彼の元へ。
何もかも遠のいてしまった彼の元へ。
走りに走った。
だが、どれだけ走っても彼の姿は見えなかった。
ここで諦めたら、本当に猫影を失ってしまう。
そんな気がした。
が――
「そこの人」
ある女性に声をかけられた。
一体何だというのだろうか。
今は急いでいるというのに。
「猫影を探しておるのじゃろう? なら、私に心当たりがある」
その言葉に、天宮は足を止めた。
「……猫影を?」
ひとまずは、彼女の話を聞くしかなさそうだ。
彼女の名前は帰蝶と言うらしい。
猫影とは、聞くところによると前の事件からの付き合いだそうだ。
「それで、帰蝶さん。猫影さんの行く場所に心当たりがあるんですよね」
「あぁ。まぁな……」
「お願いします! その場所、教えてもらえないでしょうか」
天宮は深々と頭を下げてお願いする。
すると――
「そんなお願いせんでも、教えるさ。だから頭を上げておくれ」
「ありがとうございます」
「……きっと、あやつの墓があった場所じゃ」
「あやつ……とは」
「猫影がこの世界に来て初めて出来た親友、三神旬の墓があった場所」
「あったと言うのは?」
「あぁ……作ったのは、主らの言う前の事件の時じゃった故。今はもう影もないのよ」
「なるほど……それで、その場所は?」
「ここから数十里離れた、見晴らしの良い丘。
多分、清洲の南東に位置する場所じゃ」
「それだけでも知れれば十分です! ありがとうございます!」
そう言い、天宮は勢いよく立ち上がり、部屋を出ようとすると――
「待て」
「?」
「少し、昔の話をさせてくれ。きっと役に立つ」
少し悩んだが、これから役に立つというなら聞かないわけにもいかない。なので
「……わかりました」
――――――――――――
一方、猫影視点。
「俺はなーにやってんだろうなぁ。な、璃奈」
猫影は懐にしまってあった形見の髪の毛と共に、海を眺めながら黄昏ていた。
「懐かしいよなぁ。お前、救えてたら、今も後ろから陽気に話しかけて来たんだろ?」
そう呟く。
もちろん、返事は返ってこない。
理由は、彼女を救えなかったからだ。
「……寂しいよ」
せめてと思い、切り取った彼女の髪の毛に、未だに縋り付く自分が惨めで仕方がなかった。
「にしても、言い過ぎたかなぁ」
猫影は、あの廊下での出来事を思い出し、多少の後悔を抱いていた。
だが、それ以上は何も思えなかった。
「はぁ……なぁ、旬。多分俺、間違えてるんだよな」
その自覚はあった。
この世界は、裏切りなんて日常茶飯事と言ってもいい。
だからこそ、信頼が、信用が大切なのだ。
それを猫影は、自分から切り捨てた。
「まぁ、変えるつもりなんてさらさら無いけど」
そう呟いていると、違和感を感じた。
自然の風や海の音ではない、異質な音を感じた。
「パカラッ、パカラッ」と鳴る、馬の駆ける音。
「はぁ……」
その音は次第に近づき、自分の背後で止まった。
そして――
「猫影さん」
馬の駆ける音に続き、天宮拓人が自分を呼ぶ声が聞こえた。
「今更なんすか」
もう、いい加減一人にしてほしい。
もう、いい加減諦めてほしい。
もう、いい加減言い放ってほしい。
諦めると。
猫影は、救えない奴だと。
猫影も、あの時は期待した。
期待してしまった。
それほどまでに自分を慕うなら。
それほどまでに自分が好きなら。
それほどまでに自分を信じたいなら。
それほどまでに自分に信じてほしいなら。
自分の過ちを。
これからすることも。
きっと寄り添って、否定してくれると。
きっと優しく、共に答えを出してくれると。
だが、現実は違った。
即答、否。
返答すらなかった。
やはり、信じるだけ無駄だ。信じるだけ、辛いだけだ。
目の前にいるこの男は、一体何をしに来たのだ。
まだ猫影は、信じると、救えると思っているのだろうか。
なら、答えはNOだ。
「今すぐ帰れ」
「猫影さん。さっきはすみませんでした」
そう言い、目の前の男はいきなり土下座をし始めた。
だからなんだ。
「謝るから信じろとでも?」
「……」
「それ、本気かよ」
「……はい……」
「フッ」
笑いと共に、反吐が出る。
「大抵、もっと考えとくもんすよ? 人を説得する時って」
「すみません……思わず飛び出して来てしまったもので……」
「セリフの用意はないわけか」
「まぁ……はい……」
「じゃ、俺から一つアドバイス」
猫影のその言葉に、首を傾げる天宮。
完全にふざけている。
「死にたくないなら、その癖は治しときな」
「あはは……そうですよねぇ」
「じゃ、何もないなら俺、行っていい?」
もう顔を合わせたくない。
もう早くここから出たい。
「それは断ります」
だが、それは断られた。
「いや、意味わかんないんだけど」
「僕は、猫影さんをもう一度説得しに来たんです」
「うーん。意気込みはいいよね。でもさ、セリフ用意してないわけじゃん。どうするの?」
「全部アドリブで行くのみですよ」
猫影は彼のそのセリフに呆れて、返事すらする気がなくなった。




