第十二話 人の関係
そして時は、対三好戦終わりの宴の場へと戻る。
「で、それからは知っての通り。石山を中からぶっ壊したり、激アツなラブコメ展開を目撃したり……まぁ、いろいろあったってわけ」
猫影は見晴らしの良い丘で天宮の隣に座り、インタビューを受けていた。ここに来てから何をしていたのかについての取材らしい。随分と長々と話してしまった気がするが、起きたことは起きたこと。嘘をつく必要もなければ、わざわざ省く必要もない。
そんなことを考えていると、
「なるほど……亀倉さんが言っていた『彼』というのは、その原口さんのことなんですね……」
天宮さんが、何かを理解したように呟いた。
「どこまで聞いたかは知らないけど、多分そうっすね」
「あの……猫影さんは今、彼のことをどう思っているんですか?」
随分と踏み込んだ質問だった。
だが、答えは決まっている。
「……そりゃ、憎いっすよ」
「………」
猫影は夜空を見上げながら答えた。
憎い。
憎いに決まっている。
彼のせいで、全て壊された。
潰され、消えた。友人も、恩人も、尊敬していた人も。自分を慕ってくれていた人ですら、猫影から離れていった。
でも――
「……ただ、全部を憎んでいるわけじゃないっす…」
「それは、どういう意味ですか?」
「確かに裏切られたし、そうなる前に相談してほしかった。でも、彼が裏切った理由を考えると……結局、原因は自分にもあったんだろうなって思うんすよ」
一度、言葉を止める。
「要するに、彼のことを考えると、最後には『僕が悪かった』って後悔するんです」
「……そう、なんですね」
これが答えだ。
とても憎い。あの時のことだって、悔しくて仕方がない。
それでも、全ては自分がきっかけだったのだと思ってしまう。
あの時、ああしていれば。
こういう時、ああ言っていれば。
そんな『もしも』が、今でも頭の中に浮かんでくる。
「他に、何か聞きたいことは?」
「そうですね……前回の事件での体験についても、少し――」
「それは、話せない」
自分でも驚くほど、反射的に言葉が出ていた。
「できれば、もう思い出したくないんです」
過去の追体験は、あの夢だけで十分だった。
「……そうですよね。すみません。踏み込みすぎました」
本当にそう思っているのだろうか。
インタビューをする人は皆こうなのか。それとも、単に彼のデリカシーのなさが垣間見えているだけなのか。
どちらにせよ、その質問には少し怒りを覚えてしまった。
「あ! 本物のネコちゃん発見!」
かなり気まずい空気が流れた、その時。
後ろから璃奈が駆け寄ってきた。
「何してるの?」
「……いや、なんでもないよ。じゃ、俺は行きますね」
「あ、はい。ありがとうございました!」
「……それと、明日からもよろしくお願いしますね」
「……はい!」
少し暗い『よろしく』になってしまったが、返事は聞こえた。
ひとまず安心だ。
猫影は手を振り、その場を離れていった。
「それで、本当は何してたの?」
「……ちょっと、これからの話をしてたの」
「へぇ」
聞いておいて、あまり興味がなさそうな返事が返ってきた。
「それとさ」
「なに?」
「その……あんまり、手を繋いだりするのはやめたほうがいいんじゃない?」
「えぇー。こういうお祭りの時って、弟の手を握りたくなるものじゃない?」
「いや、知らないよ……それに弟じゃなくて、友達として見てほしいんだけど」
「ふーん。じゃあ友達として、またどこかへ行っちゃわないように手を握ってあげてるってことで!」
「は、はい……」
少し頬を膨らませて、彼女はそう言った。
これ以上触れると、面倒なことになりそうだ。
ここは手を引くとしよう。
「原口…」
できれば考えたくなくて、すっぽかしていた。
だが、さっきのインタビューで思い出したことがある。
原口との、いざこざだ。
あの口ぶりからして、また何か仕掛けてくるのは間違いない。
もう何も奪われてたまるか。
「失ってたまるか。」
原口との因縁は、この世界で決着をつける。
その決意を胸に、今はこの宴を楽しむことにした。
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天宮視点
「………」
またやってしまった。
きっと、触れてはいけない話題だった。
好奇心を抑えきれないのは、自分の良くないところだ。あの声のトーンは、完全に怒っていた。
「これも仕事のうちってことにしちゃ、ダメだよなぁ……」
反省しながら辺りを見渡す。
誰もいない。
森田さんも、愛菜も、猫影さんも宴の方へ戻っていってしまった。
「僕も戻ろう……ん?」
自分もあのどんちゃん騒ぎに混ざりに行こうとした時、森の奥から視線を感じた。
誰かに見られている。
そんな感覚だった。
「……気のせいか」
目を凝らしても、人影は見えない。
そういうことにして、天宮はそそくさとその場を離れた。
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二日後。
一門に関する諸々のことが決まったらしい。
天下騒乱、炎楽、そして北崖さんらの一門の藤ノ木は再編成を行い、二つにまとめられたそうだ。
一つは、新しくできた一門。
その名を――八岐大蛇というらしい。
ちなみに、もう一つは安定の炎楽である。
「一門名って、やっぱり何か意味があるのかな」
素朴な疑問だった。
やはり一門名には、その一門の活動方針や性格が現れるのだろうか。
だとすると、八岐大蛇ってかなりアグレッシブな方なのでは。
そんなことを思う今日この頃である。
ちなみに、どの一門も今後は織田家で活動していくらしい。今後の安定度や安全面など、諸々を考えてのことだそうだ。
「やっと落ち着けるのかなぁ」
何かと落ち着けない日々が続いていた。
やっと戦が終わったと思ったら、また次の戦。
かなり忙しい日々だった。
そんなことを考えていると――
「休みは……ないでしょうねぇ。今が一番騒がしい時期のはずですし」
猫影さんが、残念な報告をしながらこちらへ向かってきた。
「あ、猫影さん……その」
「いや、いいんです」
「へ?」
まだ何も言っていないのに、先回りで断られてしまった。
「前の取材のことで謝ろうとしてるんでしょ?」
「あ……」
図星である。
そこまで自分は顔に出やすいタイプなのだろうか。
「まぁ、俺の過去なんて気になるもんだと思うっすよ。だから、仕方ないことだと思ってます」
「……」
「あ、だからって話すつもりはないですけどね?」
「それは……わ、わかってます」
「本当に大丈夫です? なんか、ずいぶん自信なさそうですけど」
「はい……」
天宮は空を見上げながら答えた。
今後は自制心を鍛える特訓でも始めよう。
「……天宮さん?」
「え、あ! はい!」
「お、おぉ……」
会話中に少しぼんやりしてしまった。
ハッとして急に大きな声で返事をしたので、少し引かれてしまったようだ。
それはともかく。
「そ、それで、休めないというのは……?」
「ああ、次は京に行くんすよ」
「京……?」
「現代で言えば東京みたいな場所っす。この時代なら、京都ってところですかね」
「あぁ、そういうことですか」
京が何を指すのかはわかった。
だが、一体そんなところへ何をしに行くというのだろうか。
「将軍家に会いに行くんす。天下を取るための準備ですよ」
「はへぇ……」
その仕組みはよくわからなかったが、深く考えないことにした。
また余計な悩みを増やしていると、愛菜に今度は何と言われるかわかったものではない。
「まぁそれで、史実ではそこで戦沙汰になってるんすよ。俺の予想じゃ、八割くらいは今回もそうなると思ってます。前回もそうだったし」
「えぇ……」
一体、何をすればそんなことになるのだろうか。
よほどよろしくないことをしでかしたのではないか。
天宮の心は、疑惑の念で埋め尽くされていた。
「将軍家……まぁ、特に義昭って奴は、ちょっと性格がひん曲がってましてね。それで前回は大喧嘩になったんすよ」
「な、なるほど……」
どうやら想像以上のことが起きていたようだ。
「ちなみに、その……義昭さんの性格が曲がっているというのは?」
「そうだなぁ……『俺様が絶対!』って感じの奴っす」
「うわぁ……」
容易に想像できた。
人は欲に溺れる生き物だ。
それは今も昔も変わっていないのだろう。
「さて、俺も準備するとしますか」
「僕はどうすればいいですか?」
「ん? そうっすねぇ……まぁ、お金を用意しておいてもらえます?」
「お金ですか?」
「京は物価が高いんでね。お土産を買うにも一苦労するんすよ」
「なるほど……」
そもそも、この世界のお金を見た覚えのない天宮がお金を持っているわけもない。
一体どうすれば――。
「えーと、現代のお金って……」
「使えるわけないでしょ」
「あ」
猫影さんに金銭についても質問しようとすると、後ろから愛菜がやってきた。
「お、愛菜さん。こんちはっす」
「猫影さん、こんにちは。さっき璃奈さんが呼んでましたよ」
「マジっすか。じゃ、行ってきます」
頭をかきながら、猫影は部屋を出ていった。
「それで。はい、これ」
「うおっと」
紐で結ばれた銅銭らしきものを数枚、投げ渡された。
「これ、どこで?」
「ふん。それ、私の大切なへそくりなんだから、大事に使ってよね」
「いいのかよ?」
「はぁ……困ってる彼氏を助けない彼女が、どこにいるのよ」
愛菜のその言葉に、元気が出た。
今思えば、愛菜には助けてもらってばかりだ。
この世界に来てすぐの時も。
戦の時も。
現代でだって。
俺はいつも彼女に助けられていた。
情けない限りである。
「……ありがとう」
「……もう貸さないからね?」
「そ、そう言わずに」
「まぁ、どうしてもっていうなら、考えてあげる」
「ちょ、チョロい……」
「何か言った?」
「いえ、何も」
そんな会話の裏で。
いつか、彼女をいつでも助けられる人になれたらいいな。
そう、天宮は心の中で思うのであった。
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猫影視点
「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン。……なんつって」
愛菜さんに言われて、彼女――璃奈のところにやってきた。
開口一番、古めのネタを入れてみたが、伝わるだろうか。
「……」
無言の時間。
風が木々を揺らす音。
草のさざめく音。
どうやら伝わっていないらしい。
というより、こちらにまだ気づいていないようだ。
彼女は無言のまま、見晴らしの良い高台から、この世界を眺めていた。
「心配か?」
猫影は彼女の隣に立ち、改めて声をかける。
「うん」
そう言って、彼女は小さく頷いた。
「だよな」
気持ちはわかる。
今後起こり得ることについては、彼女にも話している。一見すると相手を不安にさせるだけの行為にも思えるが、何も知らずにいるよりは、知っていた方がいいと思ったからだ。
だから彼女は知っている。
今後の可能性も、その危険さも。
今回の京行きだって、ただの旅行じゃない。
れっきとした目的がある。
「ネコちゃんはさ、天下を取れるってなったら、どうするの?」
彼女がこちらを見ながら不意に問いかけてきた。
答えのない、難しい質問だ。
だが、猫影の答えはすでに決まっている。
「天下を取って、平和な世にする」
それが答えだ。
そして、旬との約束でもある。
誰も死ぬ必要のない。
そんな世の中にする。
それが、彼と交わした最後の約束なのだ。
「なんか、ベタだね」
「そうかもな。でも、俺はそれでいいんだ」
「ネコちゃんらしくて、良いと思よ」
彼女は遠くを見ながら猫影を肯定した。
「璃奈はどうする?」
「そうだなぁ……権力でネコちゃんを家族にする!」
「絶対王政かよ……」
彼女には、絶対に必要以上の権力を握らせるべきではない。
そう確信した。
「家族といえば、本当の弟君は見つかったのか?」
「うん」
「そりゃよかった。もう会ったのか?」
「まだ」
「早めに会っておけよ」
「わかってる」
彼女が答えるたび、その声の調子は下がっていった。
何があったというのだろうか。
「何があったかは知らないけど、現代とのいざこざは早めに片づけておけよ?」
「そんなんじゃない……」
「そうか。ちなみに、弟の名前は?」
相手の名前を知れば、何か解決の糸口が見つかるかもしれない。
そう思い、猫影は彼女に尋ねた。
すると――
「北崖って子」
「……は?」
思いもよらない答えが返ってきた。
「でも――」
「うん。名前が違うから、そうなるよね」
「……」
「私ね、嘘をついてたの」
彼女は、静かに続ける。
「本当は弟なんていないんだ。もっと言えば、家族も……」
かける言葉が出てこない。
猫影は一人の孤独を知っている。
無理して元気に見せる時の顔も、猫影にはよくわかっていた。
彼女は今その顔だ
「それでね。そんな時に、高校生だった私が出会ったのが北崖君。当時は、中学二年生だったかな。可愛かったよ。でも、抱えていた事情は可愛くなかった」
「……どういうことだ?」
「彼もね、私と同じで一人だったの。お母さんは顔を覚える前に亡くなって、お父さんもその後を追うように亡くなったんだって。それで、彼もずっと一人」
「……辛いな」
「それでね、私、こう言ったの。本当の家族じゃなくても、家族にならない? 姉弟にならない? って」
彼女は、当時のことを思い出すように言葉を続ける。
「そしたらね、彼は泣きながら頷いたんだ」
「そうか……」
「最初はね、気まずかったよ。私も勉強があったし、ずっと構ってあげることはできなかった。でも、ある時……たぶん、北崖君がこの世界に来た時。彼がいなくなって、私、怖くなってすごく焦っちゃったんだ」
璃奈は一度、言葉を止めた。
「嫌われた? また一人? もう帰ってこないの? って」
「………」
「でも、一週間で帰ってきた。安心したよ。でも、彼は怯えてた。何があったのか聞いても、『姉貴にはわからないよ』って突っぱねられた。ただ、すごく甘えてくるだけ」
彼女は少しだけ笑った。
「それでもいいなって思ったの……最初はね」
その笑顔が、すぐに曇った。
「でも、気づいた」
「……」
「こんな関係を自分から提案しておいて、弟が不安な時にちゃんと寄り添えてなかったんだって。どれだけ甘えられても、彼の本当の悩みには触れずに、一人にさせてしまったんだなって」
「……難しい話だな」
「ごめんね。こんな話をして……」
「メンバーの悩みを聞くのも、当主の役目だぜ?」
「……」
「璃奈は、どうしたい?」
「北崖君に謝りたい。もっと頼れる姉になりたい」
強く決意をした顔で 勇気をもらえたような顔で、まっすぐと猫影を見つめて答えてくれた。
なら、コチラとしても聞くべきことが、やるべきことが。それ相応のことをしなければならない。
「俺も関わった方がいいか?」
「ううん。一人でやる」
「……そうか」
半ば、予想していた答えだった。
彼女なら、そう言う。
一人になって、自分だけで解決しようとする。
それは、猫影とよく似た性格だからだ。
相手に迷惑をかけないように、自分の悩みは自分だけで抱え込もうとする。
その気持ちも猫影は知っている。
だから――
「じゃあ、せめて」
「なに?」
「君たちが仲直りするまで、俺が璃奈の弟……いや、兄貴として、悩みくらいは聞いてやるよ」
「……ふふ」
そう言うと、彼女は笑った。
涙を目に浮かべながら。
そして――
「生意気」
それだけ言って、また夕陽を見た。
「頑張れよ」
「うん!」
猫影は決めた。
あの指切りの約束を守るために。
自分も、影から彼女を支える。
そう心に決めたのだった。




