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第97話 妾の知らない妾

 目を開く。

 青い光を放つ、岩の天井。


 そして——俺の顔を覗き込んでいる、コアちゃん。


「…………」


 なんというか——出会ったときのことを思い出す。


「目が覚めたか」


「あぁ……」


「大丈夫じゃ。二、三分しか寝ておらんよ」


「そうなのか?」


「うむ。それで、聞かせてほしいのじゃが——」


 コアちゃんが、俺の右腕へ手を添える。

 そして、ものすごく怖い笑顔を浮かべた。


「どこのどいつと浮気をしてきたのじゃ? あるじさま?」


「……えっ!?」


「右腕に、妾のものではない因子が入っておった! あれはなんじゃ!? どこのダンジョンに行ってきた!? ダンジョン教の建物に行くんじゃなかったのか!?」


「待って待って待って!」


 ものすごい形相で怒り狂っている。

 こんなコアちゃん、初めて見た。


「そもそも因子ってなんだ!?」


「ふむ……主の右腕が、どこぞのダンジョンを喰ったわけではない、と……?」


「そもそも喰うってなんだよ!?」


「前に言ったじゃろ。妾たちダンジョンは、株分けして増えたり、融合したりすると」


「なんか聞いたな」


「融合するとき、まあ、強いものが弱いダンジョンを喰って大きくなるというのは、ままある話でのう」


 怖い話が出てきた。


「それで、主の右腕にあるダンジョンの中へ、別のダンジョンのものが何か残っておった」


 コアちゃんが、俺の右腕を睨む。


「甘ったるくて、気に食わん。そんな匂いがするのう」


「…………」


 そこで、ふと思い当たる節に気づいた。


 右腕。

 他のダンジョン。

 そして——カミサマ。


「そうだ。聞いてほしい……コアちゃん」


「なんじゃ? 改まって」


 コアちゃんが、じとっとこちらを見る。


「浮気なら、ちゃんと言えば許すぞ。正妻の余裕というやつじゃ」


「いや……コアちゃんと同じやつがいた」


「……同じ?」


「いや、見た目だけがそっくりで、中身は別物だ。似ても似つかない。なんていうか……そうだな……」


 少し考える。


「人っぽくないコアちゃん、かな?」


「…………」


「髪だけはコアちゃんと違った。赤かったんだ。でも、それ以外は、顔も背格好も、髪の跳ね方までほとんど同じだった」


「…………」


「人間で言えば、双子って感じだ」


「……妾に姉妹はおらぬはずじゃ」


「だよな」


「そもそも、この姿は主が望んで作ったもの……のはずじゃ」


「そこは断言できないのか」


「妾が、この姿を望んだわけではないからのう」


 コアちゃんが、自分の身体を見る。


「欲望を与えてくれたのは主じゃ。じゃから、妾は主が望んだ姿になったのだと思っておった」


「だけど、コアちゃんと同じ見た目のナニカがいた」


「…………」


 コアちゃんの表情から、さっきまでのふざけた空気が消える。


「他に、何かわかることは?」


「俺の祖父を知っていた」


「……網代重蔵を?」


「ああ」


「ふむ……」


「何かわかるか?」


「わからぬ」


「お前でも?」


「当たり前じゃ。妾は、自分が生まれる前のことなど知らぬ」


「でも、爺ちゃんはコアちゃんのことを知っていたし、向こうも爺ちゃんを知っていた。何か繋がりがあるんじゃないか?」


「憶測の域を出ぬが……可能性はあるのう」


「…………」


 シン、と——洞窟の中が静まり返る。


「で」


 コアちゃんが、俺の右腕を指差した。


「それが、なんで主の右腕に別の因子が入ることに繋がるんじゃ?」


「それはだな……」


 とりあえず……向こうで起きたことを、包み隠さず話すことにした。

 

 施設を案内されている途中、いつの間にか教授とマリアさんとはぐれたこと。

 存在しないはずの廊下を進み、紅いカミサマと出会ったこと。

 そいつが祖父の名前を知っていたこと。

 いつの間にか隣へ移動させられていたこと。


 そして、右手を触られた瞬間、何かが弾けたこと。


 一通り聞き終えたコアちゃんは、顎へ手をやった。


「なるほど……」


「何かわかったか?」


「主、株分けされそうになったんじゃな」


「株分けって……コアちゃんが俺にやってくれた、あれか?」


「うむ」


 コアちゃんが俺の右腕を見る。


「正直、右腕で助かったのう」


「……右腕で?」


「左腕じゃったら……」


「左腕だったら?」


「死ぬか、精神が壊れていたかもしれぬ」


「…………」


 さらりと、とんでもないことを言ったな?


「死ぬって、そんな……」


「人間の身体へ、直接ダンジョンを埋め込むんじゃぞ?」


 コアちゃんは、さも当然のように続ける。


「それも、相手の欲望やらそういうものを関係なしにな。人間だって、他人の内臓をその辺から取ってきて勝手に入れたら、とんでもないことになるんじゃろ?」


「そのレベルかよ……」


 マジでギリギリだったらしい。


「で、吹き飛んだのは、右腕に残る妾のせいじゃな」


「コアちゃんの?」


「正確には、株分けした妾の一部じゃ」


「意識もあるのか?」


「いや、妾とは繋がっておらんからのう」


 コアちゃんが、少し考えるように顎へ手をやる。


「いうてみれば、妾の記憶を若干引き継いだ妾二号じゃ」


「二号」


「娘でもよいかもしれぬ」


「急に家族が増えたな」


「まあ、普段は眠っておるようなものじゃがのう」


「じゃあ、それが別のダンジョンが入ってきて起きた?」


「おそらくのう」


 コアちゃんが、俺の右腕を軽く撫でる。


「自分でもないものが、主の中へ無理やり入ろうとしてきた。じゃから、主を守るために暴れたのじゃろう」


「……それで吹き飛んだのか」


「うむ。慣れぬ力を無理やり使ったのかもしれぬ。その負荷が、主の身体や脳にもかかっておったようじゃな」


「…………」


 それで、視界がおかしくなったのか——右腕が逃げろと叫んだのか。

 そして、ここへ戻ってきたあと……意識を失った。


 でも、助かった。


「…………」


 株分け。

 姉妹。

 娘。

 何か。

 何か、引っかかる。


 だが——今は、それどころではない。


「とにかく、外に出て教授と連絡を取らないとな」


「そうじゃな。では、出口まで送るぞ」


 次の瞬間。

 視界が暗転した。


「…………」


 気づけば、出口の前に立っていた。

 ……ここのセキュリティも、何か考えたほうがいいかもしれないな。


 ともあれ外へ出て、まず教授へ連絡を入れる。

 数度のコール音のあと。


『はい。深山だよ』


「教授!」


 声を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。

 無事らしい。


 とりあえず、俺の身に起きたことだけ簡単に伝える。


 詳しい話はあとだ。


「そっちは、うまいこと言って帰ってきてください」


『わかった。そうしよう』


 通話を切る。


「…………」


 本当に。

 本当に、厄介なことになってきた。


 緊急事態だったとはいえ、ポータルを使ったのもまずかった。


 いや。

 使わなければ、死んでいたかもしれないのだが。


 これで、ダンジョン教が俺を狙い始める可能性がある。


 "カミサマを拒絶できた人間"。


 あいつが俺に何をしようとしていたのかは、まだわからない。


 だが——何もしてこない、と考えるほうが楽観的すぎる。

 

 まずは、コアちゃんのダンジョンのセキュリティを上げる。


 そのうえで——しばらく、ダンジョンの中に缶詰になるか……。


「…………」


 七築の家族も、結局見つけることができなかった。

 いや、もしあのダンジョンの中にいるのだとしたら——救助は、想像していたよりずっと難しい。

 このことは、まだ七築には言わないほうがいいのかもしれない。


 少なくとも。

 もう少し状況を整理してからだ。


「そうだ」


 ダンジョンの中での生活になるなら、当面、スマホでまともに連絡を取れなくなる可能性もある。


 白根とも、先に打ち合わせをしておこう。

 電話をかける。


「…………」


 出ない。

 

 もう一度。


「…………」


 やっぱり出ない。


 おかしいな。


 仕方なく、役場へ連絡を入れる。

 しばらくして、電話が繋がった。


「すみません、白根さんをお願いできますか?」


『白根は先日付で退職しております』


「…………」


『何か御用でしょうか? 引き継ぎ先の担当者へお繋ぎしますが』


「…………は?」

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