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第96話 カミサマ

 じっとりと、背中が汗ばむ。

 見慣れた相手の2Pキャラが出てきた。


 いや。

 ふざけている場合ではないのだが。


「たぶん、マリアが通してくれたんだろうけど……」


 少女が、不思議そうに首を傾げる。


「そのリアクション、教団の人じゃない? 教団の人なら、ボクを見たら泣いて喜ぶんだけどな」


「マリアが通してくれたって、なんだ?」


 いや、待て。


「待ってくれ。その前に、名前を聞かせてほしい」


 一度、息を整える。


「俺は網代駆。君の名前は?」


「アジロ?」


 少女が目を瞬いた。


「アジロって、あの?」


「…………?」


「あー! だからかぁ」


 何か一人で納得したらしい。


「あ、ボクに名前はないよ。とりあえず、カミサマとか呼ばれてるから、それでいいかな?」


「カミサマ?」


 ダンジョン教の教義を思い出す。


《異形とは呪いではなく、ダンジョンから授けられる祝福である》


 いや。

 そっちではなくて……。


 祖父のメモ。


 確か——。


《ダンジョン教のいう“願いを叶えるダンジョンの神”》


「ダンジョンの神……?」


「あぁ。カミサマだよ」


「…………」


 待て。


「俺を知ってるのか?」


 そうだ。

 さっき、このカミサマは俺の名字に反応した。


 《網代》という名前を知っていた。

 しかも、それを聞いて何かに納得したようだった。


「うん。知ってるよ」


「…………」


 なんということのない返事だった。

 

 なのに……さっきから、鳥肌が止まらない。

 

 なんというか——。

 化け物の舌の上で、転がされているような感覚。


「正確には、君じゃない」


「…………」


「えーっと、なんていったっけかな。なんか、あと半分くらい名前があった気がする」


「網代重蔵」


「あ、それ。それそれ」


 少女が、ぱっと笑った。


「覚えにくいよね、じゅーぞー」


「…………」


 あっさりと肯定された。

 だが、それ以上に気になることがある。


 なんというか……。

 人に対して、興味がない。


 コアちゃんと同じ顔をしているのに、考え方がまるで違う。


 むしろ——コアちゃんの逆。


「祖父を知ってるのか?」


「知ってる知ってる。それはもう、余すところなく」


 名前を忘れていたくせに、何を言っているんだろうか。この生き物は。


 いや。

 おそらく、こいつは……。


 だとすると——ここは。


「ここ、ダンジョンで合ってるよな?」


「そりゃもちろん、ボクの中だよ」

 

 少女は、なんでもないことのように笑った。


「…………」


 やはり、そうか。


 それなら情報収集——といきたいところだが。


 こいつの喋り方。

 まだ大して話していないが、それでもなんとなく分かる。


 すべてが薄っぺらい。

 言葉そのものに、大した意味を持たせていない。

 ただ、本当に話せるから話している。


 そんな感じがする。


 さっきの祖父についての受け答えもそうだ。

 知っていること自体は聞き出せるかもしれない。

 だが、それが俺たちにも扱える形の情報なのかは怪しい。


 いや。

 個人への興味が薄いだけなら、他のことは——。


「で、とりあえずここに来たってことは、あれだよね」


「あれ?」


「おいでおいで」


 少女が、ちょいちょいと手招きする。


 いや。誰が行くか。


「はい。よくできました」


「…………?」


 いつの間にか——俺は、少女の隣に座っていた。


 誰が?——俺が。


 なんで?——分からない。


 何をされた?——分からない。


「ちょっと見せてね」


 少女の手が、俺の右手に触れる。


 次の瞬間——バチンッ!


「——ッ!?」


 何かが弾けた。

 気づいたときには、俺の身体はドアをぶち破り、廊下まで転がっていた。


「……あれ?」


 息ができない。

 

 背中を強く打ったらしい。


 肺から空気が全部押し出されている。


 視界から、色が消えていた。


 白。


 黒。


 それだけ。


「おかしいな」


 白黒になった世界の中で。


 真っ黒になったカミサマが、ゆっくりと立ち上がる。


「…………」


 警鐘が鳴っている。


 頭の中じゃない。


 右腕だ。


 俺の右腕そのものが、ありったけの勢いで警鐘を鳴らしている。


 逃げろ。


 俺は、何も考えずに右腕の命令へ従った。


 痛みが走る。


 いや。


 それでいい。


 痛みで意識を繋ぎ止める。


 次の瞬間。


 ドサリ、と。


 身体が、固く冷えた地面へ叩きつけられた。


「……ッ」


 すでに入口は閉まっている。


 戻ってきた……そのはずなのに。

 どこからか、さっきの紅いカミサマが現れるのではないか。


 そんな恐怖が消えない。

 身体が、勝手に震えていた。


 ——ざりっ。


 音がした。


「っ!」


 反射的に、そちらを振り向く。


 カミサマ——いや。


 青い。

 慣れ親しんだ姿。

 さっきのカミサマと瓜二つの少女が、顔をくしゃくしゃにしながら、こちらへ駆けてくる。


「どうした!? 主よ!」


「…………」


 コアちゃんだ。


 その姿を見た瞬間。


 身体から、力が抜けた。


 そして俺は、そのまま意識を手放した。

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