第94話 ダンジョン教潜入作戦
コンクリート打ちっぱなしの外壁。
二階部分には、大きなガラス窓。
目の前に建っているのは、宗教施設というより、デザイン事務所か研究施設にでも見える、だいぶスタイリッシュな建物だった。
「なんというか……宗教団体の建物には見えないですね」
「何を想像していたんだい?」
「もっとこう……でかい像とか」
「偏見がすごいね。キリスト教の教会とか、見たことないのかな?」
「……そういえば、ないかもしれないですね」
「実は結構そこら辺にあるんだけどね。住宅街の中に建てる場合、周囲に溶け込むような外観にしているところも多い。気づかないのも当然だろう」
「そうなんですね」
教授が、玄関脇の呼び鈴を鳴らす。
「すみません。先日連絡した深山です」
インターホン越しに、一言、二言やり取りする。
ほどなくして玄関の扉が開き、一人の女性が出てきた。
「…………」
こう、びっくりするくらい、普通の格好である。
主婦、と言ったほうが伝わりやすいだろうか。
女性もにこやかだった。
施設内部も掃除が行き届いており清潔感がある。
壁には、地域清掃や炊き出しといった活動の写真。
棚には、探索者支援のパンフレット。
すべてが普通。
いや——それが、異端に見えてきた。
そう、普通すぎる。
案内されるまま、客間へ通される。
促されて、安めのホームセンターあたりで売っていそうな、そこそこ座り心地のよさそうなソファーへ腰を下ろした。
背の低いテーブルに、アイスコーヒーと個包装のちょっとした茶菓子を出される。
「…………」
普通すぎる。
なんなら、町内会の集会所より居心地がいいまである。
ここが本当に、七築の家族を囲っているかもしれない場所なのか?
そう思うと、逆に落ち着かなかった。
「本日は、ようこそいらっしゃいました」
声をかけてきたのは、清潔感のある白い服に身を包んだ女性だった。
白髪——だが、若い。銀髪といったほうがいいのだろうか?
いや。というか若すぎないか?
十代前半?いや、立ち振る舞いは三十台のそれだ。
逆にそれが妙な神秘性を生んでいる。
「私は、白神辰弥と申します。本日はよろしくお願いいたします」
「はぁ。私は網代駆と申しま——ん?」
いま、なんつった?
もう一度、相手を見る………………女性だ。
渡された名刺を見る。
…………白神辰弥。辰弥?
……男性名、だよな?
俺の視線に気づいたらしい。
白神さんが、少し困ったように笑った。
「お恥ずかしながら……異形化の影響で、性別が変わってしまいまして」
「…………」
えぇ……。
そんなのあるの?
「慣れた相手には、マリアと呼んでいただくようにしています」
「え、それじゃあ、なんで名刺は……」
「こうしたほうが、打ち解けるのが早いですからね」
「…………」
参った——完全に術中にはまっている。
白神さんが女性だろうが男性だろうが、そんなことは関係ない。
名前を見て戸惑う。
理由を聞く。
少し踏み込んだ身の上話をされる。
そして、「マリアと呼んでください」と言われる。
たったそれだけで、初対面の相手から一歩近づいたような気分になる。
これは——相手との心理的な距離を縮めるためのやり方だ。
「相変わらず上手いねぇ、辰弥君」
「マリアで結構ですよ、先生」
「ほら。こういうところだよ」
二人のやり取りを見ながら、改めて気を引き締める。
表面上は柔和に。
内心では警戒を解かず。
決して、雰囲気に取り込まれないように。
そう……この場所は、油断を誘う。
普通の建物。
普通の職員。
普通の客間。
普通のアイスコーヒー。
そこへ、白神さんとの少し踏み込んだ会話。
意図してやっているのか。
それとも、俺が警戒しすぎているだけなのか。
まだ分からない。
ただ、気づけば最初に玄関へ立っていたときより、ずっと相手を身近に感じている。
それだけは事実だった。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「彼——網代君が、先日探索者になりましてね」
教授が、何でもないことのように俺を示す。
「私の仕事を見て学びたいというので、今回はその見学です。探索者として活動するなら、こういった外部組織とのやり取りも覚えておいたほうがいいでしょうから」
「なるほど」
白神さん——マリアさんが、こちらを見る。
「では今日は、社会見学ということですね」
「まあ、そんなところだね」
そのあと、教授はマリアさんと仕事の話を進めていった。
俺の知らないダンジョンの調査依頼について。
内部構造や地図。
生息する魔物。
採取できる鉱物や植物。
さらには魔力濃度まで。
何を、どこまで調べるのか。
調査内容をひとつずつ詰めていく。
「…………」
これ……普通に仕事として参考になるな。
ちょっと面白い。
探索者というと、どうしてもダンジョンに潜って魔物と戦う仕事という印象が強かった。
だが、こうやって調査そのものを仕事にしている人間もいるらしい。
こういう生き方もあるんだな。
普通に勉強になった。
そうして、一通り話が落ち着いたころ。
「せっかくですし、施設の中をご案内しましょうか?」
マリアさんのほうから、そんな提案が出た。
「…………」
完璧である。
完璧すぎて、こわい。




