↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
93/102

第92話 解離性ペルソナ症候群

 草原を、爽やかな風が撫でていく。

 教授が最後の良心とばかりにつけているネクタイが、風に揺れた。


「「「…………」」」


 全員が硬直していた。

 不意に、脳の処理能力を超える量の情報を叩きつけられた気分だった。


「教授」


「なにかな?」


「どうやってここに?」


「いつも通り、普通に入口から入ってきたよ。入り方が変わっていて驚いたね」


「……普通に?」


「普通に」


「…………」


 あとでコアちゃんに確認しよう。


 ……うん。

 今はそれどころじゃない。


「そうじゃなくて……なんで気づかなかったんだ?」


「ああ、そっちか」


 教授が納得したように頷く。


「いくら会議室がないからといって、こういう開けた場所で重要な話をするのはよくない。私のように慣れた探索者なら、魔物避けに使う魔法を応用して、気配を消しながら近づくくらいできるからね」


 魔物避け……気配遮断とか、そういう魔法だろうか?


「白根君にまた何か言われるかもしれないが、そういう建物くらいは用意しておいたほうがいいだろうね」


「あとで七築に伝えておきます」


 また建物が増える。

 いや必要な施設なら、今度こそちゃんと白根に相談してから建てよう。


「ちなみに、どこから聞いてました?」


「重蔵さんのイメージが、みんな違うというあたりからだね」


「…………」


 だいぶ最初から聞かれていたようだ。

 なんで気づかないんだよ。

 こえーよ、探索者。


「じゃあ、『深山を巻き込むな』って話も?」


「もちろん」


「……どう思いました?」


「そうだねぇ」


 教授は少し悩んだような顔をしてから、一言。


「どちらの意味でも、言うかもしれないね」


「……? どういうことですか?」


「これは、言っていいものかどうか悩むところでね」


 教授にしては珍しく、歯切れが悪い。


「というのも、私の勝手な思い込みかもしれない部分があってね……」


「いや、どういうことなのよ」


 鐘々が急かす。


「いやね。彼——重蔵さんは、異形になったあとからだったかな。どうにもチグハグなところがあってね」


「チグハグ?」


「ああ。まるで、解離性同一性障害のように、人格そのものが切り替わっているように見えることがあったんだ」


「解離性……?」


「俗な言い方をすれば、二重人格だね」


「…………」


 教授は、すぐに言葉を付け足した。


「もちろん、私は精神科医ではないし、彼が実際にそうだったと言っているわけではないよ。診断を受けていたという話でもない」


「じゃあ、どういう……」


「同じ網代重蔵という人間なのに、時折、考え方も、話し方も、判断の仕方まで、まるで別人のように感じることがあった——という話さ」


「…………」


 おいおい。

 なんか、とんでもない話が出てきたぞ。


「もっとも、私は当時、それを精神疾患だとは考えていなかった」


「じゃあ、何だと思ってたんです?」


「異形化による、精神への影響だよ」


 鐘々と凪原さん。

 二人の表情が、わずかに強張った。


「ただ、これもだいぶ怪しくてね。異形化をきっかけに、強い解離症状を示すようになった事例そのものは報告されている」


「解離症状……」


「単眼だったり、全身に鱗が生えたり。蜥蜴のような姿になったりね。元の自分から、あまりにも大きく姿が変わった異形ほど、そうした症状は起こりやすいとされている」


 教授が、自分の顔を指で軽くなぞる。


「昨日まで鏡に映っていた自分と、今日の自分がまるで違う。身体の感覚まで変わる。それを精神が受け入れきれないのさ」


「…………」


 確かに……自分の姿が突然、人間とはまるで違うものへ変わる。

 それを受け入れられず、変わってしまった自分を、どこか自分とは別のものとして切り離す。

 そういうことなら、俺にもなんとなく想像はできた。


「だからこそ、分からなかった」


 教授が続ける。


「重蔵さんは、エルフ型だったからね」


「……それが?」


「耳が伸びる。多少、身体的な特徴が変わる。もちろん本人にとっては大きな変化だろう。ただ、単眼種や完全な水棲型のように、人間としての生活そのものが成立しなくなるほどではない」


「…………」


「少なくとも、あれほど人格にまで影響が出る理由としては、弱いように思えたんだ」


 なるほど。

 祖父の変化が、異形化そのものによるものなら——その異形化は、あまりにも普通すぎる。

 だから教授も、ずっと答えを出せずにいたわけか。


「ただ、事実として——異形化したあと、彼の話し方や行動に違和感を覚えることがあった」


 教授が、そこで言葉を切る。


「私から言えるのは、それだけだよ」


「なんというか……結局のところ、分からないってことですよね?」


「ああ。その通りだ」


 あっさりと認めた。


「だから、別の解法を取るとしよう」


「別の解法?」


「そもそも、君たちが私を信用できない。それが問題なのだろう?」


「…………」


 否定できない。


「ならば、そこを解決しよう」


 教授が、いつものように笑う。


「私が知っていることを、すべて教えよう」


「……全部?」


「ああ」


 教授は、軽く両手を広げた。


「なんでも聞いてくれたまえ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。