第88話 小さな違和感
「確かに、これだけ広ければ機材を置くのにいいかもしれませんね。入口にも近いですし、周囲に障害物もない。ここ、屋上は使えますか?」
「多分ですけど、使えるかと」
なにやら機材を取り出し、テキパキと寸法を測っていく写見さん。
コアちゃんはというと、什器のない店内をうろうろと歩き回り、何やら観察している。
ほかのメンバーは、それぞれ別行動だ。
凪原さんと鐘々は、積もる話もあるのか二人で話し込んでいる。
七築は「ちょっと考えたいことがある」と言って、タブレット片手に何やら悩んでいた。
……そのタブレット、どこから持ってきた?
鐘々経由?
お前、なんか商売始めてないか?
……始めてる?
肯定されるとは思わなかったな。
あとで詳しく話を聞こう。
暦は夕飯の準備だ。
最近は俺の家ではなく、自分の家で料理をすることが増えている。
そっちのほうが、いろいろ便利なのだそうだ。
それはそう。
システムキッチンだし、コンロは三口あるし、広いし。
うん……まあ、そんなわけで。
通信設備について実際に手を動かしているのは、俺と写見さんの男二人である。
「写見さんは、ダンジョン暮らしが長いんですよね? ご家族とかは?」
「実家が農家でして……兄が実家を継いでいるので、ぼ——いや、私は自由なんですよ」
「あ、いいですよ。敬語とか無理しなくても」
「はは。ありがとうございます」
写見さんは少しだけ照れたように笑うと、手元の機材へ視線を戻した。
「そういえば、コアちゃんの欲望システムで通信機器を作ろうとは思わないんですか?」
「んー。話を聞いたときはすごいと思いましたし、実際、それでダンジョンの入口の仕組みまで変わったと聞いたときは驚きましたが——使おうとは思わないですね」
「それはなんで?」
「こういうのって、結果だけじゃないんですよ。求められるものは」
「結果だけじゃない?」
「どうしてそういうものができたのか。どうやって作ったのか。どうやって問題を解決したのか」
写見さんが、抱えている機材を軽く叩く。
「私がやっているのは、過程まで含めて完成する技術です。ここでしか作れないものでは意味がない。手順と設備さえ揃えれば、私以外の誰にでも作れる。再現性が必要なんです」
「なるほどな……」
確かに、その通りだ。
今この場で、コアちゃんが完璧な通信機器をぽんと作ったとする。
それで通信できた。
めでたしめでたし——ではない。
壊れたら?
別の場所にも設置したくなったら?
そもそも、どうして通信できている?
それを理解しているのが写見さん一人だけでも駄目だ。
どうしてできたのか。
どうすれば、もう一度同じものを作れるのか。
そこまで含めて、技術ということか。
「あ、ちょっと外に機材を取りに行きたいので、手伝ってもらえますか?」
「ええ、構いませんよ」
「妾もついていくか?」
コアちゃんが、ひょこっと顔を出す。
「コアちゃんは自由にしてくれて構わないよ」
「ふむ。ここにいても暇じゃし、暦の手伝いでもするとしようかのう」
「おう。そうしてくれ」
コアちゃんも、だいぶしっかりしてきたな。
自分から誰かを手伝おうとするようになるとは。
いかん。
なんか親の気持ちになっている。
俺はまだ独身だぞ。
◇
ダンジョンの扉を開ける。
後ろで扉が閉まる音がした——と思った次の瞬間。
俺たちは、いつの間にか家の庭に立っていた。
「…………」
やっぱりか。
どうやら、あの新しい移動方法は一時的なものではなく、今後も固定のようだ。
何か不具合でも起きたらどうしようかと思っていたが、今のところは問題なさそうである。
詳しい条件については、またあとでコアちゃんと検証しよう。
ひとまず、写見さんのあとをついていく。
「この家、駐車場があればいいんですけどね」
「相続したとき、そこまで気が回らなかったんですよね。こういうのって、工事すると結構かかりますよね?」
「それなら、安い業者を紹介しますよ」
「伝手があるんですか?」
「ダンジョンの調査をするとき、近くの山を買って駐車場を作ることがあるので」
「山!?」
駐車場の話をしていたはずなのに、急に土地の購入まで話が飛んだ。
「最近はキャンプ用や個人所有向けの山林売買も増えてますからね。場所を選ばなければ、意外と安いですよ」
「へぇ……なるほど」
探索者の言う『安い』を、どこまで信用していいのかは分からないが。
そんな話をしながら、駐車場へ向かって歩く。
目的地は、ここから徒歩二分ほどのコインパーキングだ。
正直……こんなところに作って、採算が取れているのだろうか?
絶対に儲からない気がする。
まあ。
俺としては便利なので、ありがたく利用させてもらっている。
駐車場に停めてある軽トラから、機材を運び出す。
うん?
運び出す……?
「…………」
どう見ても、こう……あれだ。
俺は中肉中背。
それはいい。
対して写見さんは——細い。
ものすごく細い。
モンスターを捕まえるゲームに出てくる、理科系の男。
だいたい、あれなのである。
で。
そんな俺たち男二人で——。
この機材を?
運ぶ?
「…………」
ちなみに、先に断っておこう。
今ダンジョンの中に置かれている機材を運び込んだのは、凪原さんだ。
俺を含めた男二人は、一切関わっていない。
つまり。
普通に考えれば、俺たち二人でこれを運ぶのはかなり厳しい。
とりあえず、筋力強化を使って——。
「……ん?」
手をかける。
「…………」
「どうかしましたか?」
「いや、その……なんでもないです」
そのまま俺は、一人で機材を抱え上げた。
そして、コアちゃんダンジョンへ向けて歩き出す。
その後も機材の運搬を続け、この日はそれでお開きとなった。




