第86話 うーん、怒髪天
「…………」
とりあえず、呆けている場合ではない。
音頭を取って、空気の主導権を握る。
「さて。それじゃあ皆さん。ここが、うちのダンジョンの中になります」
「ちょっと待って」
凪原さんが即座に手を上げた。
「さっき、私が入口を通れないっていう話だったよね? これはなに?」
「そこも含めてお話ししたいので、まずは場所を移しましょう」
俺は、湖のほとりに建つ建物を指さした。
「あちらの建物に、残りのメンバーが待っているので」
そう言って、移動を始める。
入口に何が起きたのか。
コアちゃんに詳しく聞きたいところではあるが――今ではない。
あとでじっくり検証しながら聞くとしよう。
◇
湖畔へ着くと、七築が迎えてくれた。
「に、人魚!?」
凪原さんが目を丸くする。
「私も珍しいタイプの異形だけど……これはまた……」
二人が驚くのも仕方がないだろう。
七築ほど水棲生活へ特化した人魚型は、教授いわく世界的に見てもほとんど例がないらしい。
「舞倉七築や。よろしく」
七築が自己紹介をし、それに続いて凪原さんと写見さんも名乗る。
「七築。建物のリビングを使わせてもらうけど、いいよな?」
「構わんよ。それを見越しての建築やからな」
承諾をもらい、湖のほとりに建つ七築邸へ案内する。
「へえ……」
中へ入った凪原さんが、周囲を見回した。
「まるで海外のスイートルームみたいね……」
「確かに。これは素晴らしいですね」
「お、分かるんか」
七築が、リビングにつながるプールから顔を出す。
「ああいうの、憧れるやろ? でも日本やと、いろいろ面倒があるしなぁ」
そういえば、玄関——というかエントランスも、かなり大きく作られていた。
凪原さんも、翼を気にすることなく普通に入ってきている。
それが偶然なのか、七築が最初からそこまで考えていたのかは分からないが……。
まあ、それはあとで聞けばいい。
さて、切り替えよう。
「まず、この子について説明します」
「ぬふ」
コアちゃんを前へ出す。
さて……どこまで話すか。
正直、凪原さんについては問題ないと思っている。
鐘々が昔から知っている相手だ。
だが、もう一人。
写見さんについては、少し事情が違う。
この人については、まだ背景が完全には見えていない。
教授と共同研究をしていた。
凪原さんと二年間、同じダンジョンで研究を続けていた。
実際に、通信技術の成果も見せてもらった。
少なくとも、素性の分からない人間というわけではない。
だが——。
「…………」
ええい、腹を括れ。
これから人を増やすなら、いつまでも全員に何もかも隠したままでは進めない。
そもそも教授という、限りなくグレーな人間にさえ、コアちゃんについてある程度の情報は開示しているのだ。
ちまちま隠しながら進める段階は、そろそろ終わりだ。
ここからは、人を増やす。
設備を増やす。
ダンジョンそのものを発展させる。
そのためには、秘密を共有する人間も増えていく。
「よし」
やるぞ。
俺は二人へ説明した。
ダンジョンが、ただの空間ではないこと。
人間の言葉や欲望へ反応すること。
そのダンジョンが、人間とやり取りするための端末として生み出した存在がコアちゃんであること。
そして——人間の欲望を糧にして、その願いに沿った物や環境を生み出すことがあること。
もちろん、全部を話したわけではない。
コアちゃんの本体がどこにあるのか。
コアそのものの状態。
俺自身の身体について。
その辺りは流石に伏せた。
要するに——教授の仮説、だいたい合ってました。
くらいの説明である。
「…………」
結構役に立つな、教授の論文。
「つまり、このダンジョンの入口の話は……」
「お主たちの欲望を元に、入口の機能を変えたのじゃよ」
コアちゃんが答えてくれた。
そういうことらしい。
凪原さんが、ゆっくりとコアちゃんを見る。
写見さんも見る。
そして——。
「素晴らしい!」
「うわっ!」
写見さんが、突然立ち上がった。
「つまり、ダンジョン側が来訪者の身体条件に合わせて、入口そのものの定義を変更したということですか!?」
「うわ、びっくりした」
「これはすごい! 入口の物理的な寸法を変更したのではなく、『通過する』という工程そのものを省略した! いや、空間転移なのか? 認識の書き換え? それとも――」
「写見さん」
「はい!」
「一回座って」
「はい……」
すとん、と座る。
うん。
やはり研究者か。
「それじゃあ、私たちはここに住んでいいの? 私としては当面は外に宿を取ってもいいんだけど」
「あ、僕は中に住みたいです」
「…………」
頭の中に、白根の顔が浮かんだ。
うーん、怒髪天。ほら、もっと笑って笑って……無理だな。
いや。
でも、人手はいる。
とくに、通信技術者は必要だ。
それに凪原さんなら、七築の建築にも協力してもらえそうだ。
そして何より。
ここから先、いちいち人を増やすたびに怖がっていたら、町なんて作れない。
「ちょっと、少しだけ、いや、後日でいいですか?」
「おお」
「そんなに急がなくていいからね、私たちは結構お金は余裕あるし」
まぁ、そこは疑わない。
あきらかに俺より稼いでそうだし。




