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第85話 コアちゃんのなかにいた

 鐘々に凪原さんを任せて、俺はダンジョンの中へ入った。


 写見さんは、まだグロッキーのようなので放置でいいだろう。


 暦になんとかしてもらおう。


 ダンジョンへ入ると、すぐにコアちゃんを呼ぶ。


「コアちゃん!」


「どうした、主よ?」


 ほどなくして、コアちゃんが姿を現した。


「今日は人が来るのではなかったか? ひとりか?」


「コアちゃん。このままだと、その人、このダンジョンに入れない」


「む?」


 コアちゃんが首を傾げる。


「どういうことじゃ?」


「このダンジョンの入口が狭すぎるんだ。どうにかならないか?」


 そういえば。


 草原にぽつんと立っている、あの扉。


 あれもコアちゃんの一部、ということでいいんだよな?


「つまり、入口を拡張したいということじゃな?」


「ああ」


 俺は頷く。


「以前見た、大型の異形を覚えてるか?」


「白根に初めて会ったときのじゃな? 覚えておるぞ」


「あのくらいのサイズでも入れるように、とかできないかな?」


「そうじゃな……」


 コアちゃんが、しばらく考え込む。


「今後、妾の中に人が増えるのであれば、今のままの入口では都合が悪そうじゃな」


「だよな」


 足元へじゃれついてきた猫を抱き上げる。


 そのまま、自分の指を甘噛みさせながら、コアちゃんは何やら考えていた。


「ふむ……」


 しばらくして。


「ここでは難しいのう」


「ここでは?」


 そう言うと、コアちゃんは猫を抱いたまま、ダンジョンの外へ向かって歩き始めた。


「ちょっと、やってみたいことがあるんじゃが……」


「あー……うん」


 なんだか分からないが。

 やらないことには、先へ進めそうにない。


「分かった。やってみよう」


 外へ出ると、コアちゃんは家の周囲をうろうろと歩き回っていた。

 

 何歩か進んでは立ち止まり。

 目を閉じて、何かを確かめる。

 そしてまた別の場所へ移動して、同じことを繰り返している。


「何してるんだ……?」


 当然、そんなことをしていれば目立つ。


 様子に気づいた暦と鐘々がやってきた。


 そして——まあ、気づくよな。

 凪原さんまで、何事かとこちらへやってきてしまった。


「なにかあったの?」


 鐘々が尋ねる。


「いや。このままだと、凪原さんがダンジョンに入れないことに気づいた」


「私が?」


 凪原さんを見る。

 それから、倉の扉を見る。

 凪原さんも同じように視線を向け——少し顔をしかめた。


「ああ……確かに。あれは入るのに苦労しそうだ」

 

「ですよね」

 

「家の玄関よりはマシそうだけど、毎回あれを通るのは嫌だね」

 

「で?」


 凪原さんが、今度はコアちゃんへ視線を向ける。


「あの青い髪の子が、さっきからうろうろしてるのは何か関係があるのかい?」


「…………」


 うーん。

 どうしたもんかな。


 コアちゃんが普通の人間ではないこと。

 それどころか、ダンジョンそのものであること。


 ここまで教えるつもりはなかった。


 だが、入口をどうにかしようとしている本人が、目の前で家の周りをうろうろしている。


 この状況で誤魔化すのも難しい。


「おにーさん」


 鐘々が俺を見る。


「大丈夫だよ」


「……いいのか?」


「うん」


 短い返事だった。


 だが、鐘々がそう判断したのなら、少なくとも凪原さんについては大丈夫なのだろう。


 鐘々は金の匂いに敏感だ。


 だが、それ以上に。

 金を動かす相手が信用できる人間なのか。


 そこを見る目は、かなり厳しい。


 昔よくしてくれた相手だから。

 知り合いだから。

 そんな理由だけで、その辺の判断を甘くする女ではない。


 それは俺も、よく知っていた。


「とりあえず、詳しい話はあとで。ダンジョンの中でお話しします」


「それはいいけど、ダンジョンの中に——」


「主よ。ちょっと来てもらいたい」


 いつの間にか、コアちゃんがすぐそばまで来ていた。


「あ、ああ。構わないけど……何をすればいい?」


「欲を食べたい」


「欲?」


「うむ。それも、なるべく指向性の強いものがよい」


 コアちゃんが、倉の扉へ目を向ける。


「——このダンジョンに入りたい。そういう欲じゃ」


「…………」


 難しい注文をされた。


 いや、待てよ? いるじゃないか。

 今まさに、このダンジョンへ入りたいのに、入口が狭くて入れない人が。


「分かった。ただ——」


「分かっておる」


 俺が最後まで言う前に、コアちゃんが頷いた。


「うまく隠す」


「……分かった」


 なら、やってみるか。


「凪原さん。写見さん。ちょっといいですか?」


 今まさに、このダンジョンへ入りたい二人に声をかける。


 コアちゃんは二人を見上げた。

 二人は、小さなコアちゃんを見下ろしながら、揃って不思議そうな顔をしている。


「教授の論文は読んだことがありますか?」


「まあ、最低限は。というか、あの人、聞いてもないのに勝手に話すしね。それに曲がりなりにも護衛の立場だ。検証にも何度か付き合ってるよ」


「私も検証には付き合っていますよ」


「なら、話は早い。ちょっと検証に付き合っていただけませんか?」


「それは構わないけど……」


「では、二人とも。妾に手を」


 そう言って、コアちゃんは両手を差し出した。


「手?」


 そういえば。


 いつもなら、手なんて触れなくても、いつの間にかもぐもぐと欲を食べていたはずだ。


 今回は何か違うのだろうか?


 凪原さんと写見さんが、それぞれコアちゃんの手を取る。


 コアちゃんは目を閉じた。

 

 …………十秒ほど経っただろうか。

 やがて、ゆっくりと目を開く。


「ふむ。よい欲じゃった」


「…………」


 だが、何も起こらない。


 コアちゃんも、二人も、倉の扉も——見たところ、何一つ変化していなかった。


「それじゃあ、ダンジョンへ招待するとしよう。みなもついてまいれ」


 そう言うと、コアちゃんは倉へ向かって歩き出した。

 俺たちも、そのあとを追う。


 全員が倉の扉の前へ集まったところで——。

 コアちゃんが扉を開けた。


「…………?」


 その向こうには……いつもと何も変わらない、見慣れた草原が広がっていた。


 草原を渡る爽やかな風が、肌を撫でる。

 頭上には、太陽のない青空。


 そして。

 背後には——ダンジョンの扉。


「…………」


 コアちゃんが扉を開けた。

 それだけだった。

 

 俺は、一歩も踏み出していない。

 扉をくぐった覚えもない。


 なのに——。


 俺は、いや、俺たちは全員——すでに、コアちゃんの中にいた。

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