第83話 共通の敵
まあ、お祈りメールは冗談だとしても、だ。
いきなりすべてを受け入れるのは、まだ危ない。
ということで。
一旦、二人には俺の家まで来てもらい、ダンジョンを下見してもらうことになった。
もちろん、その場で採用決定というわけではない。
鐘々や暦たちとも話をして。
コアちゃんにも確認して。
それから判断する。
まあ、それはそれとして、別の問題が発生したわけだが……。
「あのさ。ここから撤退するのはいいんだけど、せめてもうちょっと早く言うとかさ」
凪原さんが、呆れた顔で教授を見る。
「ここは連絡が通じないじゃないか。どちらにしろ、一度こうして顔を合わせる必要はあったということさ」
「それはそうだけど……どうせ、荷物を運ぶための車なんて用意してないんだろ?」
「当たり前じゃないか」
「威張るな」
それは本当にそう。
「こっちは二年もここにいるんだよ。買い出し用の車は外に置いてあるけど、それしかないし。私が乗れる車を手配してもらわないと困るよ」
「あ、やっぱり普通の車は厳しいんですね」
「羽が邪魔だからね」
凪原さんが、自分の背中を親指で指す。
「本当に不便な身体だよ。普通の家なんて、玄関を通るだけでも一苦労だからね」
「マジか……」
と思ったが。
改めて見れば、その羽だもんな……。
左右へ畳んではいるものの、それでもかなりの大きさだ。
普通の人間を基準にした家や車が使いにくいのも当然か。
「とりあえず、あとでバイクを手配してもらえる? それならいけるから」
「トラックは……」
考えてから、やめた。
「荷台に乗せて公道を走ったら、いろいろアウトか」
「私も荷台で移動とかしたくないね」
「ですよね」
しかし、そうなると……。
凪原さん。
七築に会わせてみると、面白いかもしれない。
いや。
面白いというか。
わりと今の七築にとって、必要な人材なのでは?
人魚型の七築とはまったく違うが、凪原さんもまた、普通の住宅や設備では生活しにくい異形だ。
異形向け住宅について勉強している七築にとって、これ以上なく分かりやすい実例になる。
そんなことを考えていて、ふと別の疑問が浮かんだ。
「そういえば……そんなポンポンといろいろ用意して、お金は大丈夫なんですか?」
正直なところ。
大学教授や探索者が、そこまで自由に使える金を持っているとは思えない。
「まあ、アレを持って帰ればなんとかなるかな?」
凪原さんが、写見さんを見る。
「写見。アレ、どのくらい持っていけそう?」
「アレってどれですか? アダマンタイトは嫌ですよ。重いですし」
「アダマンタイトじゃなくて、ヒヒイロカネとかミスリルとかあるだろ」
「ミスリルは今年、もう出しすぎてるから駄目じゃないですかね」
「…………」
ん?
んんんんん?
なんか、すごい単語が飛び交ってるぞ?
アダマンタイト?
ミスリル?
ヒヒイロカネ?
聞き間違いじゃないよな?
どれも、ダンジョン内部でしか採取できない希少金属の名前だったはずだ。
「待って待って待って」
「ん?」
「それ、持ち出していいやつなんですか?」
思わず聞いてしまった。
「問題ないよ」
凪原さんは、何でもないことのように答える。
「ミスリルは売りすぎたから、今年は制限かけられちゃったけど。他のやつならまだ捌けるし」
「なんだかんだで、結構採りましたからねぇ」
写見さんまで平然としている。
「…………」
ミスリル。
アダマンタイト。
ヒヒイロカネ。
ダンジョンの中でしか採れない希少金属を、外へ持ち出して売却できる。
ということは——まさか。
「し……資格は?」
「あるに決まってるだろ?」
凪原さんが首を傾げる。
「これないと食っていけないよ」
「研究にはお金がかかりますからね」
「…………」
資格持ちだとぉ!?
そう。
よく考えれば、当たり前なのである。
ダンジョンへ潜り、年単位で生活できるほど成功している側の探索者。
それはつまり、ダンジョンで得られる収入源を、安定して外へ持ち出し、売り捌くための資格を持っていて当然なのだ。
「私も持っているよ」
「教授も!?」
教授が、どこからかライセンスを取り出した。
見せてもらう。
資格の有無を示す欄に、いくつもの『1』が並んでいた。
「これがなければ、研究以前の問題だからね」
「…………」
俺が今から手に入れようとしている資格を。
この人たちは、当たり前のように持っている。
通信技術。
探索経験。
希少金属を換金するための資格。
それだけでも、この二人を取り込む価値はかなり高い。
だが。
うん。
だが……。
半裸でライセンスを見せてくる教授。
「…………」
これに負けているというのは、とにかくしゃくだった。
ふと、凪原さんと目が合う。
「…………」
「…………」
何も言っていない。
だが、その目がすべてを語っていた。
——うん、分かるよ。
——すごく分かる。
——私もそれが嫌で、全力で勉強した。
たぶん、そんな感じだった。
「…………」
教授という共通の敵を介して——なんだか俺たちの間に、妙な絆が芽生えた気がした。




