第82話 お祈りメール
情報インフラは、これから必ず必要になる。
それは間違いない。
だが、この二人を受け入れるのは、正直なところリスクが高い。
というのも、さっきから鐘々の言葉が頭の中で響いているのだ。
——教授は、信用しすぎないほうがいい。
もし。
もしも、だ。
教授が俺たちと敵対する側の人間だったと仮定する。
その場合、この二人をコアちゃんの中へ連れていくことは、間違いなくマイナスになる。
ダンジョンの内部構造。
住人。
コアちゃんの存在。
そして、願いを叶える力。
知られて困るものが、あまりにも多すぎる。
加えて——車の中で見せてもらった、ダンジョン教の信者向けに配られているという冊子。
あれを教授が、どうやって手に入れたのか。
その入手経路についても、俺は聞いていない。
教授は、ダンジョン教から探索者がアプローチを受けることがあると言った。
自分も含めて、と。
だが、それ以上のことは話していない。
疑おうと思えば、いくらでも疑える。
とはいえ。
この二人を連れていかない、という選択肢も、実のところリスクがある。
俺は教授の車で、ここまで連れてこられた。
山の中まで車で運ばれ。
そこから一時間ほど歩いて。
さらに、ダンジョンの奥深くまで来ている。
「…………」
つまり。
少なくとも普通に帰ろうとするなら、教授の手を借りなくてはならない。
今になって気づいた。
俺、めちゃくちゃ不用心じゃないか?
一応、緊急離脱する方法はある。
だが、あの力はできるだけ使いたくない。
本当に最後の最後。
どうしようもなくなったときの最終手段だ。
ふむ。
そうだな。
「なあ。とりあえず、さっきも言ったんだけどさ」
俺は写見さんたちを見る。
「俺一人じゃ決められる問題じゃないんだ。確かに、ダンジョンの中に情報インフラは欲しい。でも、研究自体はまだ完成してないんだろ?」
「ええ。その通りです」
写見さんは素直に頷いた。
「ですが、こちらを」
「ん?」
テントの中から、なにやらごてごてした鞄を持ち出してきた。
なんだ、これ?
普通の鞄より明らかに分厚い。
側面には端子やらスイッチやらが大量についていて、そこから一本のコードが伸びている。
そして、その先に——。
「……スマホ?」
「それは電話です」
「は?」
いや。
電話なのは見れば分かる。
俺が聞きたいのは、そこじゃない。
電話にしては、でかすぎないか?
なんで鞄とスマホが合体したようなデザインなんだ?
「こちらの機器で電波を増幅し、接続したスマートフォンの送受信を補助します」
「補助?」
「これを使えば、この場所からでもダンジョンの入口付近まで通信を通せます」
「…………」
なんか、とんでもないものが出てきた。
「え。できてるの?」
「限定的には」
「マジで?」
「試してみますか?」
「あ、はい」
写見さんが、装置につながっていたスマホを外す。
「網代さんのスマートフォンを貸してください」
「俺の?」
「ええ」
「はい……」
渡す。
コードを差す。
「では、誰かに電話を」
「電話?」
「どうぞ」
「…………」
なんかもう、完全に流されてるな、俺。
言われるがまま電話をかける。
とりあえず、この時間にダンジョンの外で活動していて自由に連絡が取れるのは……あいつしかいないな。
数コールして、通話が繋がった。
『もしもし、おにーさん。どしたの? いま、どこにいるの?』
「…………」
つながった。
すげえ。
本当に鐘々へつながった。
「あ、ああ。鐘々か? ちょっと今、ダンジョンにいる」
『は?』
即座に、ものすごく低い声が返ってきた。
『どうやって電話してるの?』
「それは、その――」
「あの、ちょっといい?」
横から凪原が声を上げた。
「ん?」
「鐘々って、真白鐘々? あのダークエルフの」
「え、はい……。知ってるんですか? 凪原さん」
『凪原?』
電話の向こうで、鐘々の声色が変わった。
『あれ? ちょっと、おにーさん』
「な、なんだ?」
『そこ、もしかしてシオン姉さんいるの?』
「…………」
待て。
「待て待て待て待て。ちょっと待て」
情報が増えた。
なんで鐘々が、この人を姉さん呼びしてるんだよ。
慌ててスマホをスピーカーへ切り替える。
「スピーカーに切り替えたぞ」
「鐘々ちゃん?」
『あれ? 本当にシオン姉さん? なんで網代さんと一緒にいるの?』
いつもと違う呼び方に、一瞬だけ違和感を覚える。
まあ、普段みたいに『お兄さん』と呼んでも、凪原さんには誰のことか分からないもんな。
「ダンジョンで、ちょっとね」
『ちょっとって……シオン姉さん、今どこのダンジョンにいるのよ』
「まあまあ。その辺はあとで」
そこからしばらく、二人は互いの近況報告に花を咲かせていた。
話を聞いているうちに、二人の関係もなんとなく分かってくる。
どうやら二人とも、うちの爺さんが世話をしていた異形らしい。
凪原さんは、異形になったあと探索者として活動していくことを決め、その際に祖父から教授を紹介されたのだという。
なるほど。
そういうつながりもあるのか。
俺の知らないところで、思った以上に人間関係がつながっているらしい。
ともあれ。
これで少なくとも、凪原さんのバックボーンはかなり明らかになった。
鐘々が昔から知っている相手だというのなら、教授の紹介だけを信用するよりは、ずっと安心できる。
警戒しなくていい――とまでは言わないが。
少なくとも、得体の知れない人間ではなくなった。
「…………」
いや。
別の意味では警戒したほうがいいのかもしれないが。
「いやぁ、これはいいデータが取れましたね」
「気配を消して、急に後ろから来られると怖いんだが」
「気配を消すのは、我々にとって必須スキルなので……」
ダンジョンの中で、魔物から身を守るための技術——だと思いたい。
なのに何故だろう。
教室の片隅で、じっとうつ伏せになって寝たふりをしながら、休み時間をやり過ごす男の姿を幻視した気がする。
いや。
きっと自衛のためのスキルに違いない。
「そういえば、鐘々」
『なに?』
「写見さんのことは知ってるか?」
『え、誰それ』
「知らないならいいや」
「え、な、なんですか?」
写見さんが、あからさまに挙動不審になる。
「…………」
うーん。
どうしたもんかな……。
「大変心苦しいのですが、今回は採用を見送らせていただくこととなりました……」
「なんでお祈りメール構文なんですか!?」
いや、だってさぁ?




