第81話 新しい部下?
「ん? そっちのは?」
先ほど教授へ鉈を振り下ろしていた女性が、今度は俺へ視線を向けた。
「君たちの新しい上司になる人間だよ」
「え?」
俺が聞き返すより早く、テントの中から声が上がった。
「それじゃあ、もっと安全な実験の候補地が見つかったんですか!?」
現れたのは、ひどく窶れた長身の男性だった。
でかい——190センチくらいあるんじゃないか?
「あの、教授。この人たちは……?」
「では、それぞれ自己紹介といこうか」
教授は、ぱん、と手を叩いて音頭を取る。
いや、その前に。
俺、いつこの人たちの上司になったんだ?
「まず、彼は網代駆君。あの重蔵さんのお孫さんで、現在は町の中にある、安全かつ人が居住しているダンジョンを管理している」
「重蔵さんの……」
翼の生えた女性が、わずかに目を細める。
対して、長身の男性は——。
「安全なダンジョン!? 本当ですか!? しかも、人が住んでいる!?」
そっちに食いついた。
「え、ええ……」
「おっと、申し遅れました」
男性が慌てて姿勢を正す。
「私は写見志紀。ここでは、とある研究——ダンジョン内部と外部との通信問題について研究しています」
写見志紀。
長身の男性。
髪はぼさぼさに伸び、髭もほとんど手入れされていない。
そして、顔は見るからに窶れている。
なんというか——マッドサイエンティストという言葉が、ものすごく似合う。
……大丈夫か、この人?
「私は凪原詩音」
続いて、先ほど教授へ鉈を振り下ろしていた女性が名乗った。
「写見の護衛をしてる探索者。それと、こいつほどじゃないけど、私も無線技術を齧ってる技術者だよ」
「無線?」
「昔はラジオの仕事なんかもやってたんだけど……知らないかな?」
凪原詩音。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
背中から生えた大きな翼が、何より目を引く。
服装もかなり特殊だった。
背中が大きく開いていて、普通ならまず見かけない形をしている。
まあ、あれだけ大きな翼があるのだから、普通の服なんて着られないのだろう。
「いやいやいや。あの、雇うってどういうことですか? そもそも、ここはなんなんですか?」
「あんた、また何も説明しないで連れてきたの?」
凪原が、呆れたように教授を見る。
「説明するより、実際に見せたほうが早い場合もある。それに、写見君もそろそろ限界だったようだしね」
「当たり前ですよ!」
写見が声を上げた。
「研究のためとはいえ、ここに二年も住んでるんですよ!?」
「二年!?」
マジか。
いや、待て。
人がダンジョンの中に住んでるって、それ自体かなりやばくないか?
「あ、このことは白根君には言ったら駄目だからね?」
教授が、さらっと付け加えた。
「私、逮捕されるかもしれないから」
「とんでもないことをさらっと言うな!」
「大丈夫。まだ逮捕されてはいない」
「そういう問題じゃないですよ!」
嫌な予感しかしない。
「……無許可ってことですか?」
「どうせ許可は下りないからね」
「無許可じゃないですか!」
「いやいや。申請はしたとも」
教授は心外そうに首を振る。
「未だに音沙汰はないがね」
「それはそうだろう」
思わず即答してしまった。
ダンジョンの中。
それも、さっきまで普通に魔物が出てきていたような場所に。
実験のため、人間を何年も住まわせる。
——狂気の沙汰である。
「…………」
いや。
ダンジョンの中に住宅を作って、人を住まわせようとしている俺が言えたことではないのだが……。
「待て。とりあえず、教授の紹介だってことは分かったんだが……もうちょっと話をさせてくれないか?」
さすがに、このまま連れて帰るわけにはいかない。
「ホイホイ人をダンジョンの中へ連れ込むのは危ないし、俺だって二人を信用できるか分からない。それに、俺一人で決められることでもない。ほかにもみんないるわけだし」
「私も同感だ」
凪原が腕を組む。
「ダンジョンを管理してるって話は分かった。でも、重蔵さんの孫ってのが、いまいち信用できない」
「そこ?」
「本当に孫だとしたら、こいつも相当イカれてるんじゃないか?」
「すげえ評価だな、うちの爺さん」
「ん?」
凪原が、俺の顔を見る。
「そういう反応ってことは、少なからずまとも側か?」
「そこの、油断すると全裸になりかねない半裸よりイカれてるって言われたら、さすがに泣くぞ俺は」
「あぁ……」
凪原の表情が、ふっと緩んだ。
「あんたも苦労してる側か」
「分かってくれるか」
「分かるよ」
「人を見ながら意気投合しないでもらえるかな?」
「そう言いながらベルトを緩めるのをやめろ」
教授が、不満そうに手を止めた。
なんで本当に緩めてるんだよ。
「で、ここで何をしていたんだ?」
「電波実験だよ」
写見が答える。
「ダンジョンの中で外部と連絡が取れないというのは、かなり厄介な問題だ。これが解消されるだけでも、ダンジョン内での生存率はぐんと上がるだろう?」
「なるほど」
立派な意見を写見が告げる。
確かにその通りだ。
救助要請。
仲間同士の連絡。
地上からの情報共有。
通信が使えるだけで、できることはいくらでも増える。
「……で、本音は?」
「ダンジョンで、カワイイ異形の女の子がダンジョン攻略する様子を配信できたら、最高だと思わないかい?」
「しっかりイカれていやがった」
酷い意見を写見が告げた。
ラノベじゃねーんだぞ。
「いいじゃないか!」
写見が、ぐっと身を乗り出してくる。
「それに、これは異形の地位向上にもつながるはずだ!」
「まあ、言いたいことは分かるよ? 分かるけど……なんかもう怖いわ」
すごい圧である。
目が完全に本気だ。
というか、こいつ——コアちゃんの中に連れていって、本当に大丈夫なのか?
間違いなく、何かやらかすだろ。
暦とか泣くぞ。
だが俺は、悲しいことに気づいてしまった。
こいつに、これだけ明確な欲望があるのなら——コアちゃんシステムとの相性は、抜群なのである。
ダンジョンの中で配信をしたい。
外と自由に通信したい。
そのための技術も知識も持っている。
コアちゃんと引き合わせれば、まず間違いなく——ダンジョンの中と外をつなぐ、架け橋になる。
間違いない。
間違いないのだが……。




