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第79話 巨大すぎる容疑者

「そうだね……。まず、『異形を掌握する』と言われても、ピンと来ないだろう」


「そりゃそうだ」


 人間を異形にする。

 それだけでも、とんでもない話だ。

 ましてや、それを掌握するなどと言われても、具体的に何をするのか想像すらできない。


「先生――重蔵氏は、ダンジョンによって世界を変えようとしていた。以前、そう話したね」


「教授に論文を叩きつけたときに聞いた気がするな」


「その方法のひとつとして、彼はこう言っていました」


 教授が、わずかに目を細める。


「全人類が、異形になればいいのではないか、と」


「……冗談みたいな話だな」


「私も、当時は冗談だと思っていました」


 そう言うと、教授は鞄へ手を伸ばした。

 中から取り出したのは、一冊の薄い冊子だった。


「これは?」


「見れば分かりますよ」


 受け取る。

 表紙へ目を落とした。


「……ダンジョン教?」


 見覚えはある。

 以前、図書館でダンジョンについて調べていたときにも、似たような冊子を見たことがあった。


 だが――。


「なんか、違いますね」


「分かりますか」


 ダンジョン教の冊子。

 ただし、その辺で配られているものとは、明らかに毛色が違っていた。


「最近、教団内部で配られている、信者向けの冊子です。ええと……こちらですね」


 教授が、あるページを指し示す。

 

 そこには、こう書かれていた。


 ――異形とは呪いではなく、ダンジョンから授けられる祝福である。


「これがなんだ? 信者向けの与太か何かじゃないのか?」


「網代重蔵氏が、かつて口にしていた言葉です」


「……え?」


「異形化は呪いではない。ダンジョンから与えられる祝福である、と」


 もう一度、冊子へ目を落とす。


 祖父が口にしていたという言葉が、今ではダンジョン教の教義として載っている。


「偶然……じゃないんですよね?」


「私は、そう考えていません」


 教授は、さらに続けた。


「そして、舞倉君の実家がある地域についても調べました」


「七築の?」


「ええ。その近隣にも、ダンジョン教の拠点があります」


「……おい」


「もっとも、表向きにはダンジョン教を名乗ってはいません。町内会などを通じて地域住民と交流し、公園の清掃活動やボランティアにも参加しているようですね」


 おいおいおい……。


「ダンジョン教を信奉している議員もいます」


 教授は、淡々と話を続ける。


「おそらくですが、彼らは何かをしている。そして、その何かに先生――いや、重蔵氏も関わっていた。そう考えるほうが自然でしょう」


「話が巨大すぎるんだが」


 思わず、そう口にしていた。


 祖父の過去を聞くはずだった。

 それがいつの間にか、七築の異形化からダンジョン教へつながり、今度は議員まで出てきた。


 規模が大きくなりすぎて、いまいち現実感がない。


「そう感じるのも無理はありません」


 教授は、こちらの反応を予想していたようだった。


「ですが、ダンジョン教は、あなたが思っている以上に社会のあちこちへ入り込んでいる。誰であっても、知らないうちに関わっている可能性はあります」


「そんなに?」


「ましてや、探索者ならなおさらです」


 教授が、窓の外へ視線を向ける。


「探索者は、ダンジョン教からアプローチを受けやすい」


 そこで一度、言葉を切った。


「……私も含めて、ね」


「教授も?」


 そうだ。

 探索者は、ダンジョンで活動する。

 有象無象の底辺探索者ならともかく、ある程度名を上げれば、企業や団体から支援を受ける者も珍しくない。


 装備。

 遠征費。

 治療費。

 調査費用。

 探索には、とにかく金がかかる。


 そして、そうした探索者への支援で名を知られている団体のひとつが――ダンジョン教だった。


「加えて、重蔵氏は、ダンジョンのコアへ話しかけることで、任意の現象を引き起こせるのではないかと考えていました」


 その言葉を聞いて、思い出す。


 鐘々が見せてくれた封筒。

 その中に入っていた、大学ノートのページ片。


『コアの付近で、コアに向けて話しかける』

『コアはこちらの言葉に反応し、明滅』

『コアに手を触れながら願いを口にした場合、それが実際に物品として出現』

『ダンジョンは人間を理解し、願いを叶える性質がある』

『これが、ダンジョン教のいう“願いを叶えるダンジョンの神”の正体ではないか?』


「……コアちゃん」


「そう」


 教授が静かに頷いた。


「彼女のような存在が重蔵氏の家に眠っていた。それを偶然と考えないのであれば、ひとつの仮説が浮かびます」


「仮説……?」


「もしかすると、ダンジョン教も――コアちゃんと同じような存在を保有しているのかもしれません」


 背筋に、嫌なものが走った。


「そして、その存在にも同じように、願いを叶える力があるのだとすれば……」


「……まさか」


 七築の姿が頭に浮かぶ。


 水中でしか呼吸できない身体。

 異常なほど水へ特化した魔法。

 本来なら、ほとんど存在しないはずの異形。


「その力で、()()()()()()()()()()……?」


「その可能性を、私は疑っています」


「だけど、あまりにも突拍子がなさすぎないか?」


「ええ。ですので、あくまで仮説です」


 教授は否定しなかった。


「ですが、ひとつの可能性として、頭の隅にでも置いておいていただきたいのです」


「でも、爺さんは死んだって……」


「遺体は見つかっていません」


「……生きてたとしても、隠れる場所がないだろ」


「もし、ダンジョン教と内通していたのであれば、どうとでもなるでしょう」


「いや、でも……」


 反論しようとして、言葉が止まる。


 脳裏に、あの写真がちらついた。


 せめて、父か母。

 どちらか一人でも健在だったなら、祖父について話を聞くことができたのだが……。


「それに、『迷宮内居住施設運用認可通知書』についても、ダンジョン教が絡んでいると考えれば、腑に落ちる部分があります」


「なんで、わざわざ俺たちに絡んでくるんだ?」


「網代重蔵が住んでいた家で、ダンジョンが発見された」


 教授が、静かに告げる。


「彼らにとっては、それだけで十分なのでしょう」


「…………」


 残された家。

 コアちゃん。

 祖父。

 ダンジョン教。

 七築。


 別々の問題だと思っていたものが、少しずつ絡み合い、一本の糸になっていく。

 その先に何があるのかは、まだ分からない。


 だが――。

 確かに、こんな話。

 

 ほかのみんながいるところでは、気軽にできるものじゃないな……。


「研究所についても……いや。やつらが七築に気づいた理由にも、ダンジョン教が関わっているとすれば分かりやすいな」


 考えれば考えるほど、嫌な方向へ話がつながっていく。


「七築を拉致しようとした理由も、それなら納得がいく」


「ええ。今回の件はすべて、容疑者をあの団体にすると道理が通ってしまう」


 厄介だな。

 よりにもよって、金も権力もある宗教団体が、そんなことをしている可能性があるなんて。


「……どうすればいい?」


「あくまで可能性の話ではありますが、対策として、いくつか考えておいたほうがよいことがあります」


 教授が指を一本立てる。


「特に急務なのは、ダンジョン内部と外部との連絡手段でしょう」


「確かに……。だけど、ダンジョンの中には電波が届かないぞ」


「ええ。ですので――」


 教授が、少しだけ笑った。


「そういうことが得意な人を連れてきて、作ればよいのでしょう」


「作る?」


「通信設備を、です」


 当たり前のことを言うように、教授は続ける。


「コアちゃんのシステムを利用して、ダンジョン内部のインフラを発達させる。これは急務です」


「…………」


 確かに、そうだ。


 外との通信手段が確保できる。

 それだけで、取れる対策はぐんと増える。

 仮にコアちゃんの中で鬼ごっこが始まったとしても、内部の状況を把握しながらファストトラベルを自在に使えるようになれば、まず捕まらない。

 豆腐へ緊急避難することだってできる。


 そのうえ、いざとなれば――。


 入口そのものを移すことも、できないわけではない。


 侵入されてからどうするか。

 

 ではなく。

 

 侵入されても逃げられる。


 外部へ助けを求められる。


 そもそも侵入者から入口を遠ざけられる。


 そこまでできれば、かなり違う。


「そして、そのための人材に心当たりがあります」


「えっ」


「そろそろ高速を降りますよ」


 教授が前方へ視線を戻す。


「あとは下道を三十分といったところです」


「…………」


 なるほど。


 そこに誘導したかったわけか。

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