第78話 世界征服でも企んでたのか?
あれから、数日が経過した。
その間、何か大きな進展があったかと言えば――特にない。
七築は、異形向けの建築に関する資料や要項を読みふけっている。
桟橋の上や自宅のプールに陣取り、資料とノートを広げては、
「これはこっちに流用できるか……?」
「いや、でもこの規格やと……」
などと、ぶつぶつ言いながら何かを書き込んでいた。
どうやら、本格的に異形向け住宅について勉強を始めたらしい。
一方、調査のほうはというと――どこからも、今のところ進展はない。
いや。
正確には、それぞれ調査を進めてはいるのだろうが、こちらとしては連絡待ちの状態だ。
そんなこんなで、時間だけが過ぎていた。
だが、俺も暇というわけではない。
ダンジョン産の貴金属について、今より換金ルートを増やすため、外へ持ち出して売却するのに必要な資格の勉強を進めている。
やることは多い。
ものすごく多い。
だが、そのどれもこれもが、実際に動かすには準備や根回しが必要だった。
こう……。
ダンジョン運営系のライトノベルみたいに――。
『新しい住人が増えました!』
『家を百軒建てました!』
『商店街ができました!』
みたいな勢いで、ぱーっと進めたい。
だが、現実はそう簡単にはいかない。
にっちもさっちもいかないものである。
せめて、もっとマンパワーを増やすための話だけでも進めばいいんだが……。
新しい住人を入れるとなれば、白根に出す書類が増える。
人を増やせば、コアちゃんについて知られる危険も増える。
かといって、今いる人数だけで全部やろうとすれば、手が足りない。
「……人を増やすために、人を増やす準備をする人手が足りないって、どういうことだよ」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
少し、外でも歩くか……。
なんというか、こう。
能動的に処理できるタスクがないと、妙に手持ち無沙汰になってしまう。
人を増やせないなら、俺自身にできることを増やすしかない。
だが……区画整理についても勉強しないといけないのか?
このダンジョンで地震が起きるのかは分からない。
だが、火災はあるかもしれない。
そうなると、消防関係も調べる必要がある。
「……また図書館か?」
そんなことを考えながら門をくぐった、そのときだった。
目の前で、黒いセダンが静かに停車した。
運転席の窓が下がり、見知った顔が現れる。
「やあ。ちょっと時間はあるかな? ドライブに行かないか?」
そこにいたのは、完璧に外向けの顔を作った教授だった。
◇
「で、何の話なんですか? 俺だけってことは、頼んでいた七築の調査の件ですか?」
車は、いつの間にか高速道路を走っていた。
教授は自動運転を起動させ、ハンドルとアクセルを任せる。
自動運転へ切り替わったことを確認してから、こちらへ顔を向けた。
「君のお祖父さんの話をしようと思ってね」
「祖父のこと、ですか」
「以前、君たちの前で、私と先生――いや、網代重蔵氏との関係については話したが、彼の人となりについては、まだ話していなかったと思ってね」
教授が、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「興味がないなら、ほかの話題にしても構わないが……」
祖父、か。
その人となりについて、正直なところ、そこまで興味はない。
いや。
一切合切ない、というわけではないのだが。
今の俺には、やることが多すぎる。
七築のこと。
新しい住人のこと。
ダンジョンの居住化。
資格の勉強。
それらと比べれば、すでに亡くなった祖父がどんな人間だったのかなんて、優先順位はかなり低い。
というか。
そういう昔話なら、酒の席か何かでしてほしい。
わざわざ俺だけを車へ乗せて。
高速道路まで走って。
他人に聞かれる心配のない密室で話す。
そんな状況を用意した時点で――これから重要なことを話しますよ。
と、自分から白状しているようなものじゃないか。
「……聞きましょう」
覚悟を決める。
「まず、今回の話の結論から話そう」
教授が、いつもの穏やかな表情のまま告げる。
「舞倉君の件だが――少なからず、重蔵氏と関わりがあると私は考えている」
「……は?」
間の抜けた声が出た。
祖父の話をすると前置きされたところに、いきなり七築との関係を結論として持ってこられるとは、さすがに想像していなかった。
「どういうことですか?」
「順を追って話そう」
教授が、人差し指を一本立てる。
「まず、舞倉君の異形についてだ。人魚型。そのうえで、水棲生活へ極端に特化している。実はこれは、世界的に見てもほとんど症例がない」
「症例がない? でも、人魚型の異形自体はいますよね?」
「いるにはいる。だが、呼吸という点が違いすぎる」
教授は淡々と続ける。
「世界的に確認されている人魚型の異形は、基本的に肺呼吸だ。下半身が魚類に近い形へ変化しただけで、呼吸器官まで水中生活へ完全適応しているわけではない」
「じゃあ、七築みたいに水から出たら呼吸できない人魚は……」
「私の知る限り、ほぼいない」
かなりきな臭くなってきた。
そんなに珍しいのか。
「もっとも、彼女が本当に鰓呼吸をしているのかどうかも、厳密には分からないがね」
「え?」
「見た目や挙動から、我々が鰓呼吸だと思っているだけかもしれない。呼吸器としてどう機能しているのかは、私の専門外だ。そこは今のところ置いておこう」
「なるほど……」
「そして、もうひとつ」
教授が、今度は二本目の指を立てた。
「魔法適性だ」
「水魔法ですか?」
「そう。人魚型になったからといって、必ず水属性の魔法へ適性が偏るわけではない」
「そうなんですか?」
「この辺りは、ほかの異形と同じだと考えてもらえばいい」
なるほど。
たとえば鐘々の場合、異形化によって魔法そのものの能力は大きく向上している。
だが、何かひとつの属性だけが極端に強くなったわけではない。
それに対して七築は、身体だけではなく、魔法まで水へ極端に特化している。
「……ということは」
嫌な考えが浮かぶ。
「七築は、何か人為的な理由で、ああいう異形になった……?」
「そう考えるのが自然だろう」
「異形って、人為的に引き起こせるんですか?」
「普通なら無理だろう」
「なら、どうして」
「そこで、重蔵氏が絡んでくる」
何故、そこで祖父の名前が出てくるのか。
「重蔵氏は……異形化そのものを、掌握しようとしていたからね」
世界征服でも企んでいたのか?
そんな冗談を飛ばしたくなるような、冗談みたいな話だった。
だが、教授は笑っていない。
申し訳なさそうで、悲しそうで。
それでいて、どこか憧れすら滲ませた——そんな複雑な表情で、教授はそう告げた。




