第77話 人とダンジョン
激痛で目が覚める。
身体のあちこちが軋むように痛い。
だが、目に入った景色を確認して、ひとまず納得した。
なるほど。
どうやっても、ここに出るらしい。
身体を起こし、手足を動かす。
動作に支障がないことを確認してから、今度はコアちゃんの中で、もう一度入口を開いた。
◇
怒涛の人魚事変の次の日。
いや。
正確には、その日の夜だ。
妙に眠気が訪れず、一人でダンジョンの入口について検証していた。
結論から言えば、入口を開くのは一瞬だった。
入口が俺自身を中心に展開し、移動が完了した頃には、もう閉じている。
そして、もうひとつ分かったことがある。
コアちゃんの中で入口を開くと――必ず、あの場所へ戻される。
コアちゃんの内部からでも入口を開けたこと自体は意外だった。
だが、どうやら移動先を自由に変えることはできないらしい。
コアちゃんへ頼らず、自力でファストトラベルできるようになった。
そう考えればいいのだろうか。
……行き先は、かなり限定されているが。
洞窟の中を歩き、コアちゃんの核の前までやってくる。
相変わらず、表面に走ったヒビは消えていない。
痛々しい状態のままだ。
だが、以前見たときよりも輝きは強くなっている。
光の色も、いつの間にか七色へ変わっていた。
「主よ」
「あ、すまない。起こしたか」
振り返る。
いつの間にか、コアちゃんが後ろに立っていた。
「妾は、そもそも睡眠を取る必要がない。端末には睡眠を取る真似をさせておるがのう」
そう言いながら、俺の隣までとことこと歩いてくる。
そして、俺の右腕を撫でた。
「入口は開きたくないんじゃなかったのか?」
「いざというときに使えないほうが困る」
「じゃからといって、無茶をする必要はないじゃろう」
「そう考えてると、いざというときに後悔するもんだ」
「面倒くさい性格をしておるのう」
「自覚はある」
コアちゃんは、俺の右腕から手を離さなかった。
「……おそらくじゃが、今日の出来事をきっかけに、主のダンジョンとしての機能が強くなっておる」
「……だろうな」
「睡眠欲が減っておるのじゃろ?」
「なんでもお見通しだな」
「欲のことなら分かる」
コアちゃんが、こちらを見上げる。
「主よ。あまり、その力を使わんでくれ」
「……理由は?」
「主は、自身の欲望を糧として活動しておるダンジョンじゃ」
「地産地消ダンジョンだな」
「茶化すでない」
「はい」
「じゃが、ダンジョンとしての能力が上がるということは、主自身が必要とする欲望の量も増えるということじゃ」
「……つまり?」
「今までは、主自身が生み出す欲望だけで足りておった」
コアちゃんが、俺の右腕をぎゅっと握る。
「じゃが、これ以上ダンジョンとしての機能が強くなれば、主自身の欲望だけでは足りなくなるかもしれん」
「他人から食えばいいんじゃないのか?」
「主には、それができぬ」
「……そういえば、そうだったな」
「妾とは違う。主は他者の欲望を摂取できん」
それは、以前から分かっている。
俺の身体は、俺自身の欲望だけを糧にしている。
「最悪の場合、必要な量を賄えなくなって――餓死する可能性もある」
「…………」
「妾も、ここまで変化が起こるとは思っておらんかった」
コアちゃんが、視線を落とす。
「次からは、頼まれても、これ以上妾たちのような存在へ近づけることはせぬ」
「どうしてもか?」
「どうしてもじゃ」
「願いを叶えるのは、ダンジョンの本能じゃないのか?」
「本能に理性で抗うのが、人間じゃろ?」
「コアちゃんは人間じゃないだろ」
「じゃとしても、じゃ」
コアちゃんは、少しだけ頬を膨らませた。
「心の在り方の問題よ」
「心の在り方、か」
「それに、願いを叶えるのが本能というなら、主のほうがよっぽどダンジョンらしいじゃろ」
「俺は欲望を糧に、何かを作った覚えはないが?」
「居場所を求める者や、助けを求める者を助けておる」
「……ただのおせっかいだよ」
「そういうことにしておこう」
「…………」
言い返そうとして、やめた。
そうしているうちに、少しずつ瞼が重くなってくる。
「話してたら、眠くなってきたな」
「それはよいことじゃ」
「コアちゃん。入口まで送ってくれ」
「心得た」




