第73話 筍かなにかじゃないんですよ?
急いでダンジョンの中へ戻る。
青い空。
どこまでも広がる草原。
そして、その真ん中に堂々とそびえ立つ、関東と関西で略称が変わりそうな某チェーン店。
なんでだよ!?
どう見ても、郊外の幹線道路沿いに建っていそうな、某飲食チェーンの店舗じゃねえか!
湖から顔を出し、コアちゃんと何やら楽しげに話している七築へ詰め寄る。
「これは、いったいどういうことなんだ!?」
七築が、びくりと肩を震わせた。
「いや、できると思って……やってみたら、できてしもうたんやけど」
「できるかどうかじゃなくて、今は何も増やすなって言われたところなんだよ!」
「いや、何の話!?」
くっ。
確かに、白根と電話をしている間、俺はダンジョンの外にいた。
つまり、白根からの指示を知っているのは、今のところ俺だけである。
だが、それにしたって、どうしてわずかな時間もじっとしていられないんだ。
欲望を使いすぎると危険だということも、ちゃんと伝えておいたのに……。
「なんで飲食店なんだ?」
「うちの会社、チェーン店の建築にも携わっとってな……。で、街を作るんやし、できることの把握は必要やん?」
「発想は分かるけど、建物だけ作っても店にはならないからな」
料理人はいない。
店員もいない。
食材もなければ、仕入れ先もない。
そもそも、水道もガスも通っていない。
見事な店舗ではあるが、現状では巨大な飲食店風の置物にすぎなかった。
「コアちゃん。これ、しまえないか!?」
「いや、待て。これは大きすぎるぞ」
コアちゃんが、難しい顔で建物を見上げる。
「先ほど地底湖を動かしたばかりじゃし、これはそもそもの規模が大きすぎる。妾がすぐに動かせるのは、その建物が限度じゃな」
そう言うと、コアちゃんは新築戸建てを指さした。
なるほど。
ファストトラベルにも、移動させられる大きさの上限があるのか……。
どうする?
白根は、今からここへ来る。
しかも、電話を切る直前、絶対に何も増やすなと言われた。
その直後に、飲食店が一棟増えました。
そんな説明をして、納得してもらえるだろうか?
——無理だろうな。
そもそも白根には、コアちゃんが欲望を食べて建物を生み出す仕組みまで、詳しく説明していない。
大工や作業員が急ピッチで作業を進めたと言っても、信じてもらえないだろう。
いや、本当にどうしようか?
「お兄さん、移動させられないなら、湖の向こう側に隠す?」
「証拠隠滅みたいな提案をするな」
「建物へ草をかぶせて、丘に見せかけるのはどうじゃ?」
「お前も乗るな!」
そんなことを話しているうちに、入口のほうから足音が聞こえてきた。
「網代さん」
間に合わなかった。
いや、早すぎないか?
振り返る。
白根が、書類鞄を片手に草原へ入ってきたところだった。
俺を見る。
湖を見る。
水上住宅を見る。
新築戸建てを見る。
最後に、某飲食チェーンのような建物へ視線を止める。
長い沈黙が流れた。
「……こちらは?」
「飲食店です」
七築が、元気よく答えた。
正確には、飲食店のような建物である。
「網代さん」
「はい」
「何も増やさないでくださいと、先ほど申し上げましたよね?」
「はい」
「私が電話を切ってから、まだ十分も経過していません」
「はい……」
「この建物は、いつできましたか?」
「白根さんとの電話中です」
「電話中」
「俺が指示を伝える前でした」
嘘は言っていない。
だからといって、許されるとも思っていない。
白根は眉間を押さえ、深く息を吐いた。
「どうして、電話をしている間に勝手に建物が増えているんですか……?」
「し、自然に生えてきました」
「筍か何かじゃないんですよ?」
それはそう。
「それについては、私のほうから説明しよう」
いつの間にか、服を着た紳士――いや、教授が現れた。
どうやら、TPOを守る意思はあるらしい。
いや。
それなら、普段から服を着ていてほしいのだが。
◇
「人が住むことによる、ダンジョン内部の変化……ですか」
白根は、教授の説明へ真剣に耳を傾けていた。
傍から聞けば与太話にしか思えない内容だが、話しているのは永廊大学の教授にして、迷宮研究の専門家である。
白根が信じるのも無理はない。
なお、教授が話している内容は、以前俺に説明した猫の話と似たようなものだった。
人が住めば、人が考える。
人が考えれば、生活に必要な環境を求める。
そうした意識や欲求がダンジョンへ蓄積され、人間が生活しやすい環境として、内部へ少しずつ反映されていく。
おおむね、そんな内容だ。
完全な嘘ではない。
コアちゃんが欲望を食べ、意図的に建物を生み出しているという部分を伏せているだけだ。
「なるほど。では今後、滞在者が増えるたびに、何らかの変化が発生する可能性があると」
「そのとおりです」
「それなら、内部環境の変化についても継続的な記録が必要ですね」
「私のほうで、発生した時刻を含めてすべて記録してある。後ほど資料を提供しよう」
教授が、落ち着いた態度で答える。
「あの変態、何者なん?」
少し離れたところで、七築が小声で尋ねてきた。
「ダンジョンの専門家よ。ああ見えて」
鐘々が答える。
ダンジョンの専門家。
今は、その肩書きが非常にありがたかった。
専門家がダンジョン内部を継続的に観察し、その記録を役場へ提出する。
それだけで、今回の異常な変化にも相応の信頼性が生まれる。
なにより、その専門家がダンジョン本人と手を組み、役場を欺いているとは、普通は考えないだろう。
ダンジョンは生き物ではない。
それが、今の世の中の定説なのだから。
「では、ダンジョン内部の変化については分かりました。続いて、滞在者と施設の変化について確認します」
「こちらに資料をまとめてあります」
白根が質問を続けるより早く、教授が書類を差し出した。
変態に隙はなかった。
資料には、暦の生活状況。
猫の増加。
茂みの発生。
湖の生成。
七築の来訪。
そして、三棟の建物について、時系列に沿ってまとめられているらしい。
俺がしどろもどろに説明するより、はるかに正確で説得力がある。
白根は受け取った資料へ目を落とし、そのまま黙ってページをめくり始めた。
白根が資料を確認している間に、これからのことを考える。
このダンジョンで暮らすために、何が必要なのか。
どうやって生活の基盤を整え、住人を受け入れていくのか。
元々は、住む場所に困っている異形へ、賃貸住宅の代わりになる場所を提供できればいいと思っていた。
だが、湖ができた。
住宅が増えた。
これから新しい住人を迎えるとなれば、必要なのは家だけではない。
思っていたより、ずっと事が大きくなってきている気がする。
そして、七築についてもだ。
どうして、鱗ヶ池に一人でいたのか。
あの身体で、どうやってあそこまで移動したのか。
池へ来る前に、いったい何があったのか。
一つひとつは、確認すれば済む問題に思える。
だが、並べてみると、考えなければならないことは予想以上に多かった。
なんだか、頭が痛くなってきたな……。




