第72話 あの人たち、なんでじっとしてないんですか?
その後、俺たちは七築が作った新築戸建ての中を見て回った。七築が試しに建てた一棟は、想像以上にまともな住宅だった。
外観だけではない。
玄関。
廊下。
リビング。
キッチン。
浴室やトイレに至るまで、普通に不動産サイトへ掲載されていてもおかしくない、立派な新築住宅だった。
「どや? 大丈夫やったか?」
「ああ。見事なものだな」
「すごいですね……。あれだけの建物を、一瞬で作ってしまうなんて」
「まあ、うちが働いとった会社の新築なら、だいたい頭に入っとるからな。それを思い浮かべれば、一発や」
なるほど。
仕事で何度も関わってきた住宅だからこそ、構造から細部まで、鮮明に思い描けるらしい。
建築に関する七築の解像度が、そのまま建物の完成度へ反映されているわけだ。
だが、彼女の作った家にも問題はあった。
「問題があるとすれば、ライフラインが機能していなかったことだな」
「え? ちゃんと作ったはずやけど……」
「忘れがちだけど、ここはダンジョンの中だ。家の中に配管や配線があっても、その先につながる水道も、ガスも、電気もない」
「あ。そか……」
七築が、今さら気づいたように目を丸くする。
「幸い、太陽光パネルは動いてるみたいだけどね」
鐘々が、屋根を見上げながら言った。
「オール電化にして、蓄電設備も組み込めば、水道以外はなんとかなるんじゃない?」
「なるほど。参考にするわ」
七築は素直に頷いた。
「それと、あまりぽんぽん建てられても、あとが大変になる」
「建てすぎたらあかんの?」
「コアちゃんが建物を移動させられるとはいえ、大掛かりな配置変更はなるべく避けたい。コアちゃんだって消耗するからな」
「ほんなら、まずは区画整理から始める?」
「区画整理までできるのか?」
「うーん。うちも、さすがに実際の区画整理へ関わった経験はないなあ……。ゲームで得た知識でええなら、それっぽくは作れるけど」
「とりあえず、そこはおいおい考えよう」
ゲームの知識だけで街の配置を決めるのは、さすがに不安がある。
まずは、どこへ何を作る必要があるのか整理するところからだ。
「コアちゃん。消耗はどんな感じだ?」
「今の状態なら、あと一軒じゃな」
コアちゃんが、自分の腹を確かめるように撫でる。
「じゃが、大事を取るなら、一日に三軒程度へ留めるべきじゃろう」
「分かった。それを一日の上限にしよう」
コアちゃんが頼りになる。
賢さが上がったおかげだろうか?
「それに、建てたところで住む人がいないからね」
教授が意見を挟む。
そのとおりだ。
百棟建てられるとしても、住む人がいなければ、ただの住宅展示場になってしまう。
だが、問題はほかにもある。
「住人がいないこともそうだけど……このダンジョンで暮らすのは、基本的に異形の人たちになる」
「うん。そういう手筈で進めてるからね」
鐘々が頷く。
「そうなると、さっきの新築戸建てを、そのまま増やすわけにはいかないだろうな」
「え、なんでや?」
「あの家は、普通の人間が暮らすことを前提に作られてるからだ」
俺は、隣に立っている暦と鐘々を見る。
「暦や鐘々のように、人間用の住宅設備をほとんどそのまま使える異形なら、大きな問題はない」
続いて、窓の向こうに広がる湖へ目を向けた。
「だけど七築、お前みたいな異形に、普通の家で暮らせと言っても難しいだろ?」
「……なるほどな」
七築が、納得したように何度も頷く。
「つまり、住人が来るたびに、うちが本人から注文を受けて、身体や生活に合わせた家を考えて建てる――」
七築の表情が、みるみる明るくなった。
「建築家の仕事やん! やる!」
「返事が早いって」
「こんなん、やらん理由ないやろ!」
「分かった。分かったから、少し落ち着いてくれ」
とはいえ、これで方向性は決まった。
一般的な住宅を並べるのではない。
住人一人ひとりの異形としての特徴や、本人が望む暮らし方を聞き、それぞれに合わせた家を作る。
「暦。あとで七築の家に、異形の住宅問題に関する資料を運んでもらえるか? いや、俺がやるか」
「いえ、それくらいなら私がやりますよ」
「でも、女の子に力仕事を頼むのもな」
「駆さんは、それよりもやることがありますから。そちらを優先してください」
「ああ……ごめん。助かるよ」
暦は、俺の代わりに資料を運ぶことを当然のように引き受けてくれた。
やること、やることか……。
とりあえず、コアちゃんの外へ出て、スマートフォンを取り出す。
実証滞在の申請を出してから、そこそこの時間が経っている。
新たな住人を呼び込むにしても、まずはコアちゃんダンジョンが、書類の上でどういう扱いになっているのか確認しておく必要があるだろう。
現状を確認するため、白根さんへ電話をかける。
呼び出し音が三度鳴ったところで、通話がつながった。
『はい、白根です』
「網代です。今、お時間よろしいですか?」
『ちょうど、こちらから連絡しようと思っていたところです』
声の調子からすると、悪い知らせではなさそうだ。
『先日提出された、低活動・安定型迷宮における異形居住適合性検証事業について、正式な許可が下りました』
「本当ですか!」
『はい。浅葱暦さん一名による実証滞在については、今後も継続していただいて構いません』
よかった。
これで少なくとも、暦の生活は正式に認められたことになる。
『細かな条件や定期報告については、後ほど書類を送ります。それで、そちらに変化はありませんか?』
「変化ですか?」
『新しい設備を追加した、内部環境が変化した、活動量が増加したなどです』
「あー……」
『網代さん?』
どこから説明したものだろうか。
「まず、新しい住人候補を一人、連れてきました」
『まず?』
「人魚型の異形です」
『人魚型? え? 人魚?』
「それで、その人がダンジョンに来た結果、湖ができました」
『……はい?』
「あと、水上住宅が一棟と、新築戸建てが一棟あります」
『いや、待ってください。急に情報を大量に流してこないでください』
電話の向こうから、深い息を吸い込む音が聞こえた。
『許可が下りたのは、一名による実証滞在です』
「はい」
『新規入居者の受け入れ事業でも、宅地開発事業でも、水棲異形の生態研究事業でもありません』
「はい……」
『今から確認に行きます』
「今日ですか?」
『今すぐです。それまで、絶対に何も増やさないでください。大工や作業員の作業は止めてください。とにかく、現状維持でお願いします』
「分かりました」
通話を切る。
その瞬間、ダンジョンの中から、低い地鳴りが響いてきた。
……まさか、また何か建ててないよな?




