第71話 あと100棟はいける
「建物を建てる!?」
七築は、こちらの提案に秒で飛びついてきた。
「返事が早すぎるだろ。もっと疑え、もっと」
「それを提案してきたそっちが言うんか」
「俺以外の人間に、同じ速度で『はい』なんて言われたら、たまったもんじゃないからな」
「そこまでやないで。さすがに、うちかて考えるわ。それに――もう一回、似たようなことはやっとるしな」
そう言いながら、七築は尾びれで水面をぺちぺちと叩いた。
コアちゃんの願望充足の仕組みについては、さっき教授からしっかり説明を受けたはずだ。
「一応言っておくが、願いの規模が大きいほど、消耗する欲望も大きい。最悪、欲望を使い潰せば、精神が死んだような状態になる」
「あれはきつかったね」
鐘々が、まいったというように肩をすくめる。
「あとで経験者から、しっかり話を聞いておくといい」
「経験者おるんか……」
七築が、若干引いた顔をした。
どうやら、欲望の消耗については少し軽く見ていたらしい。
「それじゃあ、そろそろよいかのう?」
コアちゃんが、ぴょこぴょこと跳ねる。
どうやら、新しい欲望の味を食べる気満々らしい。
「ほな、ちょい待ち」
七築は周囲を見渡し、やがて湖面の一角へ目を留めた。
「……あそこがええかな」
両手で四角い枠を作り、水面へ向ける。
頭の中で、何かを測り、配置し、組み上げているのだろう。
「それじゃ、いくで。覚悟はええな?」
「ええで」
次の瞬間。
地面が低く鳴動した。
湖の傍ら――先ほど七築が両手で枠を作り、見つめていた場所に、めきめきと建物が生まれ始める。
基礎はない。
いや、正確には、水面そのものへ浮かぶように形作られている。
角ばった部分は見当たらない。
建物の輪郭は、すべて水の流れを思わせる滑らかな曲線で統一されていた。
湖面と建物の間には、緩やかな傾斜のデッキが伸びている。
人が上がるためのものというより、人魚が水中から出入りすることを前提にした構造に見えた。
陸側からも、細い渡り廊下のようなデッキが建物へつながっている。
――あれは、いったい何という建物なのだろうか。
「これはな、水棲異形が生活することを前提にした、半水棲型住居や」
七築が、得意げに説明を始めた。
「出入口は水中と陸上の両対応。休息、調理、作業、全部まとめてある。波浪への耐性と、水中部分の安定性を確保するため、石油掘削プラットフォームなんかで使われるセミサブマーシブル構造と、スパー構造を組み合わせた浮体構造や」
「お、おう……」
「潮位や気象の変化、それから居住部分の負荷に応じて、バラストタンク内の水量を調整する。建物全体の喫水線も、任意に変更できるようにしたで!」
「分からねえよ!?」
ものすごい早口で、何かいろいろ言われた。
理解できたのは、水棲の異形でも普通の人間でも生活できる住居らしい、ということくらいだ。
「いやあ、一度作ってみたかったんよ」
七築は、ものすごく満足そうだった。
一方、コアちゃんは――。
「うーん。口の中に、新鮮な生き物独特の甘みが広がるのう……」
こちらも満足そうだ。
「素晴らしい……見に行っても?」
教授が、わきわきと指を動かしている。
「いや、最初に見るんはうちやろ!?」
「そりゃそうだ」
「でも、陸側のほうは、うちには見られへんからな。そっちは構わんで。うちは水中から行かせてもらうわ」
そう言うと、七築はぼちゃんと水中へ沈んだ。
水面の下を進む影――魚影というべきか、人影というべきか――が、建物へ向かっていく。
俺たちも、急いで陸側のデッキへ向かった。
◇
建物は本当に水上へ浮かんでいて、妙な感覚だった。
建物全体に基礎がない。
先ほど、浮体構造とか言っていただろうか。
デッキを渡って建物へ入り、階段を上る。
二階部分が、主な居住空間なのだろうか。
玄関を開けると、モデルルームのお手本のような光景が広がっていた。
ソファー。
テーブル。
キッチン。
生活に必要な家具が、一通り揃っている。
そして、部屋の中央には大きなプールがあった。
その水面から、七築が顔を出す。
「おお。思ったとおりにできるもんやね」
「あ、ああ。これ、すごいな……」
「なんだか、不思議な建物ですね……」
暦が、室内と中央のプールを交互に見回す。
「うちの生活領域と、客用の居住空間を分けたからな」
「あの、ここは二階部分になりますよね?」
暦が、不思議そうに尋ねた。
「どうやってここまで上がってきたんですか? 水面より高い場所ですよね?」
七築が、気分よさそうに答える。
「建物の中に水流パイプラインを巡らせてあるんよ。うちは階段の代わりに、調整された水流を使って上下左右へ移動できるんや」
「すごいな……。これも、建築士として学んだことなのか?」
「いや、ただの趣味や」
趣味のレベルが、怖い領域へ突入していないか?
この世界は、マインなクラフトの世界ではないのだが。
「素晴らしい出来ですな」
教授が、室内を見回しながら感嘆の声を漏らす。
「しかし、ここまで詳細に具現化されているとなると……新しい家を建てるだけの欲望は、すでに――」
教授がそこまで言ったときだった。
コアちゃんが、また何かを咀嚼し始める。
地面が鳴動した。
窓の外を見る。
草原の中から、どこかで見たことのあるような新築の戸建て住宅が、めきめきと生えてきていた。
「……え?」
間の抜けた声が出た。
「うん。あと百棟はいけるな」
七築は、どこぞのオーラを使う漫画に出てくる、チートキャラみたいなことを言い出した。




