第70話 居住化計画、始動(本人の了承待ち)
すごいな、コアちゃん……。
マジで移動させてしまった。
豆腐を使って、同じようなことができるのは分かっていた。
だが、コアちゃん自身が変形して作った地形まで、丸ごと移動できるらしい。
感心しながら湖を眺めていると、草原の向こうから暦がぱたぱたと小走りで駆けてきた。
「な、何があったんですか!? 今、すごい揺れがありましたけど!」
「ああ、暦。大丈夫だから」
暦は俺たちの前で足を止め、息を整えながら周囲を見回す。
「……あれ? 駆さん、コアちゃんに鐘々さんも……いつ帰ってきたんですか?」
「お兄さんが、面白い特技を覚えてね」
鐘々が楽しそうに答えた。
「あ、それより、二人とも自己紹介したほうがいいかな」
暦と七築が、互いの姿を見る。
「さ、単眼種か?」
「え……人魚?」
それぞれが、それぞれの異形を珍しそうに見つめていた。
「まず、こっちの一つ目のかわいい人が、浅葱暦。うちのダンジョンの住人第一号」
「あ、浅葱暦です。よろしくお願いします」
暦が、ぺこりと頭を下げる。
「それから、こっちが舞倉七築。人魚の異形で、さっき鱗ヶ池でスカウトしてきたところ」
「七築でええよ。よろしくな」
七築も、水面から軽く手を振った。
社会からはじき出されやすい単眼種。
そして、今の社会では暮らすことさえ難しい人魚種。
そんな二人が当たり前のように挨拶を交わしている光景は、世間一般から見れば、ひどく珍しいものなのだろう。
そして、その光景を見て感動してプルプルと身体を振るわせている全裸の男が、そこにいた。
「なんということだ……」
「え?」
「うわ」
「あ」
三者三様の反応だった。
鐘々は、露骨に嫌そうな表情を浮かべている。
暦は、いたんですか、とでも言いたげな顔だ。
そして七築は――。
まさかこんな場所に変態がいるとは思わず、予想もしていなかった犯罪者を目の前にしたような表情をしていた。
「失礼、お嬢さん。私、ダンジョンの研究家。深山蔵人。みんなは親しみを込めて、教授と呼ぶよ」
変態はなぜか一瞬しゃがみ込んだあと、すっと立ち上がりながら自己紹介をした。
そして、スポーティーな視線を七築へ向ける。
「え、は、はい……」
七築が、わずかに水の中へ身を引いた。
「なんで裸なん?」
「これは、ダンジョンに対する礼儀だよ」
「どんな礼儀なん?」
「それより、お嬢さん」
「え、なんや……?」
梟のように首を半回転させながら、教授は七築へ話しかけた。
「こちらの水、飲んでもよろしいかな?」
次の瞬間。
凄まじい勢いで放たれた水の塊が、変態を吹き飛ばした。
「教授!?」
宙を舞った変態は、草原の上を二度、三度と転がっていく。
「……はっ。すまん、つい」
我に返った七築が、水を操っていた手を引っ込めた。
「気持ちは分かる」
さっきのは、変態が悪い。
断言できる。
◇
変態、いや、教授が、持ち込んだ機械を使って湖の水質を調べている。
まともなこともできるんじゃないか。
その間に、暦は自宅から食べ物を持ってきて、七築へ渡していた。
「やっぱり、食事は人の営みや……人であることの証明や……」
唐揚げやサンドイッチを口いっぱいに詰め込みながら、七築が涙を流している。
なお、泣いてはいるが、口も手もまったく止まっていない。
「あ、あの、まだたくさんありますから、ゆっくり食べてください」
「池に来てから、まともなもん何も食べてなかったからぁ……」
食べ物を頬張っているせいで、言葉がうまく聞き取れない。
「池に来てから、どれくらいいたんだ?」
「二日くらいやね。二日目の途中までは、家を建てて暇を潰せたからよかったんやけど……」
七築はサンドイッチを飲み込み、唐揚げへ手を伸ばした。
「家が完成して手持ち無沙汰になってからは、空腹との戦いやったわ……」
あれだけの家を、二日もかからずに建てたのか。
しかも、満足な道具も資材もない状態で。
水を使った加工魔法があるとはいえ、とんでもない速さだ。
……あ、そうだ。
「そういえば、コアちゃんの能力については教えてもらったか?」
「ええと、欲望に応じて願いを叶えてくれるんやっけ?」
「ああ。だいたいはそれで合ってる」
「私が説明しようか?」
水質を調べていた教授が、機械の向こうから手を挙げた。
全裸、いや、いつの間にか最低限の布だけは身につけていた半裸の男のままでなければ、それなりに頼もしく見えたかもしれない。
「そうですね。軽くかいつまむ程度で、食事中の暇潰しになる感じでお願いします」
「承知した。では、まずダンジョンにおける願望反応の定義から――」
「軽くですからね?」
「もちろんだとも」
本当に分かっているのか、不安になる返事だった。
だが、鐘々と暦も残っている。
教授が暴走したとしても、誰かが止めてくれるだろう。
ひとまず説明を教授へ任せ、俺はその場を離れた。
さて。
教授の授業が終わり次第、七築には頼みたい仕事がある。
おそらく、七築があの状況でも正気を保っていられたのは、建築へ集中していたからだ。
突然、人魚の異形になった。
家族や仕事から離れ、誰にも見つからない池の中で、一人きりになった。
まともな食事すらできない。
そんな状況でも、七築は家を建てている間だけは、空腹や不安を忘れられたのだろう。
それほどまでに、彼女は建築へ入れ込んでいる。
建てたいという、強い欲望がある。
そして、コアちゃんは欲望を食べ、形にするダンジョンだ。
これ以上、相性のよさそうな人材もいない。
さて。
始めようか。
コアちゃんダンジョンの居住化計画が、いよいよ本格的に動き出すぞ。
――七築が、引き受けてくれればだけど。




