第69話 新しくボスが実装されました
「そういえば、俺の入口、ここにつながったんだな……」
改めて、周囲を見回す。
青白い鉱石に照らされた、岩造りの部屋。
俺が初めてコアちゃんと出会い、死にかけた身体を作り直された場所だ。
「妾とお主のつながりが、もっとも深い場所じゃったのじゃろうな」
コアちゃんが、俺の右腕を見ながら答える。
「おそらくじゃが、今後もお主の入口は、この場所へ直接つながる可能性が高い」
「そうか……」
それは、かなり困る。
ここは、コアちゃんのダンジョンの中でも、もっとも隠しておかなければならない場所だ。
コアちゃんの核が存在する部屋。
言ってしまえば、このダンジョンの心臓部である。
草原側からは、この場所へ来られないようになっている。
いつもの入口から入る分には、コアちゃんが相手を草原へ通せばいいため、問題はない。
だが、俺の入口は違う。
外から、この部屋へ直接つながってしまう。
入口を開いた場所に誰かがいれば、そいつまで一緒に呑み込む可能性があることは、先ほど身をもって確認したばかりだ。
つまり、使う相手を間違えれば、俺はコアちゃんの心臓部まで、侵入者を直接案内することになる。
「……おいそれとは使えないな」
切腹より酷い痛みに耐えなければならない。
入口を開けば、周囲にある物まで巻き込む。
しかも、出口はコアちゃんの核がある部屋へ直通。
知れば知るほど、使いにくさが増していく。
強力な能力を手に入れたはずなのに、どうして頭痛の種ばかり増えるんだ。
「あの、ところで……ここって、ダンジョンでええんよな?」
七築が、遠慮がちに手を挙げた。
「あ、ああ。そうだな」
そういえば、七築にはほとんど説明していなかった。
「七築は、どこまで聞いてる?」
「私たちも、ほとんど説明してないよ」
鐘々が答える。
「ここがダンジョンの中だってことと、コアちゃんが七築の願いを叶えて、水を作ったってことくらいかな」
「そうか……」
あまりにも情報が足りない。
「とりあえず、ここは俺が管理しているダンジョンの中だ」
「そして、ここは妾の中じゃ!」
コアちゃんが、自分の胸を叩きながら付け加えた。
七築が、露骨に困惑する。
「さっきから変やと思っとったんやけど……それ、どういう意味なん?」
「コアちゃんは、単なる異形じゃない」
俺は、どう説明したものかと少し考える。
「この姿は、外の人間と話したり、動き回ったりするための生体端末みたいなものだ。本体は別にある」
「本体?」
「このダンジョンそのものだ」
「……いやいや」
七築が、引きつった笑みを浮かべた。
「ダンジョンが生き物って、冗談きついで?」
「じゃが、事実じゃ」
「嘘やろ?」
「本当じゃぞ。どうすれば信じる?」
「どうすればって……」
七築は、周囲の岩壁を見回した。
「ダンジョンそのものやっていうなら、ここを好きに動かせるん? 例えば、この洞窟の形を変えたりとか」
「それなら――」
俺は、岩床に開いた水面へ目を向けた。
「コアちゃん。これ、ファストトラベルで水ごと移動できるか?」
「地底湖を、か?」
「ああ。草原まで運べれば、七築もほかのみんなと合流できる」
「んー……」
コアちゃんが目を閉じ、何かを探るように首を傾ける。
「ふむ。おそらく、七築がおれば可能じゃな」
「うちがおれば?」
「七築と、この水が妙なつながり方をしておる」
「妙なつながり方?」
「なんと説明すればよいかのう……」
コアちゃんは、腕を組んで考え込んだ。
「ダンジョンのボスが、自らの力を十分に発揮するための縄張りを持っておるじゃろう?」
「知らんけど」
「七築と、この地底湖が、それに近い状態になっておるのじゃ」
「えっ?」
七築が、自分の周囲に広がる水を見下ろした。
「うち、なんかしてしもうたん?」
「おそらく、窒息しかけたときの願いによるものじゃろうな」
七築が求めたのは、ただ一度、呼吸するための水ではなかった。
水の中で生きられる場所。
安全に身体を休められる場所。
その願いを受けて生まれた地底湖だからこそ、七築自身と強く結びついているのかもしれない。
「死の間際に抱いた欲望による副産物か……」
俺は、地底湖を見ながら考える。
「ほかの人間でも同じことが起きるのか確かめたいけど、実験のために命の危機へさらすわけにもいかないしな」
「なんか怖いこと言うとらん!?」
「やらない。絶対にやらないから安心してくれ」
「今の間はなんなん?」
「まあ、試してみるぞ」
コアちゃんが、いつものように両手を広げた。
次の瞬間、周囲の景色が揺らいだ。
岩壁が歪む。
青白い鉱石の光が線を引き、天井も床も、ぐにゃりと折れ曲がっていく。
以前、豆腐を崩さず丸ごと移動させたときと同じ感覚だった。
ただし、今回移動させるものは豆腐ではない。
水。
水を満たした巨大な空洞。
そして、その中にいる七築。
コアちゃんは、地底湖を水だけではなく、それを収める空間ごと切り取り、俺たちもろとも草原へ移動させた。
◇
揺らぎが収まる。
先ほどまで頭上を覆っていた岩の天井は、消えていた。
代わりに広がっていたのは、どこまでも続く青空だった。
草原の中央が大きくくぼみ、そこへ満々と水がたたえられている。
風が水面を撫で、小さな波を作っていた。
「……ほんまに、動かした」
七築が、水面から空を見上げる。
閉ざされた洞窟の中ではない。
青く澄み切った空がどこまでも広がり、心地よい風が吹き、その向こうには一軒の家が見える。
「どうじゃ!」
コアちゃんが、得意げに胸を張った。
「妾がダンジョンであると、これで信じたか?」
「信じるしかないやろ、こんなん……」
この日。
コアちゃんの草原に、巨大な湖が生まれた。




