第68話 知ってる天井だ
目を覚ます。
視界に映ったのは、青白い光を放つ鉱石だった。
ごつごつとした岩肌。
その隙間に埋まった、魔力灯の代わりになる鉱石。
……知ってる天井だ。
初めてコアちゃんと出会った日。
死にかけていた俺が、作り直された身体で目を覚ました場所。
コアちゃんと、初めて出会った場所。
「生きてる……?」
声に出してから、自分の右腕を確認する。
ある。
肘も、手首も、指も、全部ついている。
手を握る。
開く。
痛みは残っているものの、動かないわけではない。
少なくとも、入口を開こうとして右腕が爆発した、という最悪の結果ではなさそうだ。
「主よ!」
声が聞こえた直後、コアちゃんが俺の腹へ飛び込んできた。
「ぐふっ!?」
「目を覚ましたか! よかったのじゃ!」
「生存確認の前に、とどめを刺すのはやめてくれ……」
続いて、鐘々と七築がこちらを覗き込む。
「お兄さん、大丈夫?」
「いや、大丈夫ちゃうやろ。いきなり倒れて、そのまま地面に呑み込まれたんやで?」
「地面に呑み込まれた?」
俺は、ゆっくりと身体を起こした。
「俺、入口を開いたんじゃないのか?」
「開いたぞ!」
コアちゃんが胸を張る。
「そして主は、開いた入口へ頭から落ちた!」
「成功の仕方が最悪すぎるだろ……」
「私たちも、一緒に呑み込まれたんだけどね」
鐘々が、少し離れた場所を指さす。
そこには、細く割れた竹や流木、編み込まれた壁の一部が散乱していた。
「これ……七築の家か?」
「入口が急に広がって、うちらだけやなく、家の一部まで丸ごと持っていかれたんや」
七築が、疲れ切った顔で答える。
「正直、死んだかと思うたわ」
「悪かった……」
そう答えながら、七築へ目を向ける。
……ん?
一瞬、上半身だけが地面から生えているように見えた。
いや、違う。
ごつごつとした岩床の中に、そこだけ円形の水面が広がっている。
七築は、その水の中から上半身を出していた。
「これは……?」
「とりあえず説明するね。まず、私たち全員がダンジョンの中へ呑み込まれたの」
鐘々が、これまでに起きたことを説明する。
「でも、ここには水がなかったでしょ? 七築が窒息しかけたところで、コアちゃんが欲望を食べたら、こうなったって感じかな」
「正確には、地底湖やね」
七築が水面を軽く叩く。
「ここから潜ると、下にめちゃくちゃ広い空間があるんよ。岩に囲まれた空洞が、全部、水で満たされとる」
「全部……?」
「底までは、まだ見てへん。少なくとも、うちが泳いで確認できた範囲より、ずっと広いで」
なんだか、とんでもないことになっていた。
寅次郎一匹の欲望から生まれたのは、いくつかの茂みだった。
対して七築が求めたのは、自分が今すぐ呼吸できるだけの水。
それも、生きるか死ぬかという状況で抱いた、純粋で絶対的な欲望だ。
さすがは、死の間際に生まれた願い。
叶えられる規模が、まるで違っていた。
「あ、そうだ。俺が作った入口は……?」
「もう閉じておるぞ。本当に一瞬だけ開いたのじゃ」
「開きっぱなしにはできないのか」
「それなんじゃが、おそらく原因はあれじゃな」
「あれって?」
「妾たちダンジョンには、外の世界へ入口を開くための器官がある」
「器官?」
「人間の言葉へ置き換えるなら、そうなるのう。入口を開き、維持するための専用の部位じゃ」
コアちゃんが、俺の右腕を指さした。
「じゃが、主にはそれがない」
「あったら怖いな」
少なくとも、人間の身体についているはずのものではない。
「ゆえに主は、自分の身体にあるダンジョン由来の部分を、無理やり入口として展開したのじゃろう」
「展開?」
「簡単に言えば、身体の一部を外側へ引き伸ばし、人が通れる穴へ作り変えたのじゃ」
「待て。それって……」
「うむ。主は自分の身体を内側から切り開いて、入口にしたのじゃな」
人間の身体について勉強したコアちゃんが、とても分かりやすく教えてくれた。
分かりやすく教えてくれた結果、聞かなければよかったと心の底から思った。
「でも、俺の右腕には傷がないぞ?」
「入口を閉じれば、ダンジョン部分も元の形へ戻るからのう」
「じゃあ、実際に肉や骨が裂けたわけじゃないのか」
「肉や骨の代わりになっておる部分は、しっかり引き裂かれておるぞ」
「結局、裂けてるじゃないか!」
「安心せい。元に戻った」
安心できる要素が、一つもなかった。
「ただし、主の神経は人間のものとつながっておるからな。入口へ変形する感覚も、引き裂かれる痛みも、すべて主へ伝わったのじゃろう」
なるほど。
めちゃくちゃ痛かった理由が、よく分かった。
俺は、自分で自分の身体を内側から引き裂きながら、入口をこじ開けていたのだ。
「……おいそれと使える能力じゃないな」
便利な移動手段を手に入れたと思ったが、実態はとんでもない自傷行為だった。
切腹より酷いんじゃないか、これ?
なんというか、もう少しまともで使いやすい能力が欲しい……。
今のところ、俺が獲得したチート能力といえば、コアちゃんの中でだけ発揮される無敵化。
そして、今回追加された、切腹の上位互換みたいな痛みを伴うワープポータル。
うん。
どちらも、ものすごく使いにくい。
だが――。
俺は、少し離れた場所に散乱している竹の残骸へ目を向けた。
俺が開いた入口は、俺たち四人を呑み込んだだけではない。
七築が建てた家の一部まで、まとめてダンジョンの中へ引きずり込んでいる。
人間だけではなく、周囲にある物まで運べる。
それも、入口の大きさ次第では、かなりの量を一度に。
「……これ、別の使い道もありそうだな」
「また使う気なん?」
七築が、信じられないものを見るような目を向けてきた。
「いや、今すぐ使うつもりはない」
二度目を試せと言われても、全力で断る。
断るが――。
使い方さえ考えれば、ただの移動手段では終わらない。
そんな気がした。




