第67話 ダンジョンデビュー(ダンジョン側)
「あ、ああ。分かった」
とてつもなく嫌な予感を覚えながらも、俺はコアちゃんへ了承を返した。
「ふむ。主の覚悟は見届けた」
コアちゃんが、いつになく真剣なまなざしを向ける。
覚悟?
えっ、そういうレベルなの?
七築は、何が始まるのか分からないという顔で、俺たちを眺めている。
「主の身体は一度、妾が大きく作り直した。それは覚えておるな?」
「ああ……」
俺の身体は、初めてコアちゃんと出会ったときに直してもらった。
治して、ではない。直して、だ。
全身の裂傷。
酷い打ち身。
折れた脚。
そして、切断しなければならないほど損傷していた右腕。
それらを、当時のコアちゃんが持っていた知識と力によって修復してもらった。
その結果、俺の身体の大部分は、ダンジョン由来の物質へ置き換えられている。
……ダンジョン。
ダンジョン?
「コアちゃん。覚悟って、もしかして……」
「妾たちダンジョンが、どのように殖えるのか。おそらく、お主たちは知らぬじゃろう」
「ああ。考えたこともなかった」
「仕組みとしては、無性生殖に近い。自らの一部を分け、自分と同じ性質を持つダンジョンを増やすのじゃ」
ダンジョンが殖える。
そんな話は、教授の論文でも読んだ覚えがない。
「じゃが、別々のダンジョンが接触し、混ざり合うこともある」
「混ざり合う?」
「二つのダンジョンが融合し、一つになるのじゃ。ゆえに、ダンジョン同士で力や情報を受け渡すことも、不可能ではない」
コアちゃんが、俺の右手を握った。
その瞬間。
右手が、強烈な熱を帯びた。
「いっ――!?」
「主の身体には、すでに妾から作られた部分がある。ならば、そこへ妾の一部を分け与えることもできるはずじゃ」
コアちゃん自身は、ダンジョンが作り出した端末だからなのか、外見に変化はない。
だが、俺の右手には、電撃魔法で焼いたとき以上の熱と痛みが走り始めた。
「いっでええええええっ!?」
「ちょ、ちょっと、お兄さん!?」
「コアちゃん、何しとるん!?」
熱い!
痛い!
寒い!
右腕を焼かれ、凍らされ、内側から引き裂かれているような、いくつもの苦痛が同時に襲ってくる。
頭の奥まで、じりじりと焼けるようだった。
意識を失わずにいることを、これほど恨めしく思ったことはない。
やがて、コアちゃんが俺の手を離した。
「ふむ。成功したようじゃな」
「どこが成功だ……!」
右腕から伝わる痛みも、熱も、寒気も消えていない。
俺は震える右手を持ち上げ、手のひらを確認した。
見た目には、何の変化もない。
傷もなければ、奇妙な模様が浮かんでいるわけでもなかった。
だが――。
何かと、つながっている。
痛みが薄れるにつれて、不思議な感覚が右手へ残った。
誰かと、ずっと手をつないでいるような感覚。
試しに手を握り、開いてみる。
何度繰り返しても、そのつながりは消えなかった。
「これは……?」
「主の身体に残っていたダンジョン部分へ、妾の一部を株分けした」
「株分け?」
「一部の力と権限を、主へ譲渡したと言えば分かりやすいかのう」
コアちゃんが、得意げに胸を張る。
「入口は、一つのダンジョンにつき一つ。これは原則じゃ」
「ふむふむ」
「じゃが、ちょうどここに、《《入口を持たぬダンジョンがおった》》」
「ふむふ……ん?」
入口を持たないダンジョン。
コアちゃんの視線は、俺へ向けられている。
「待て。まさか、それって……」
「主じゃ」
「俺!?」
「もちろん、主は妾の一部から作り直された存在ゆえ、内部的には妾とつながっておる。じゃが、ダンジョン由来の身体を持つ以上、ダンジョンとしての性質も備えておるのじゃ」
「何を言ってるんだ?」
「ゆえに、妾の一部を株分けし、入口を作るための本能と権限を主へ伝えた」
「ええと……つまり?」
コアちゃんが、満面の笑みを浮かべた。
「主に、新しい能力が追加されたぞ! 喜ぶがよい!」
どうやら俺は、人間からさらに一歩、遠ざかったらしい。
「これ、入口を置けるのは一度だけとかじゃないのか?」
「いや。入口の場所は、いつでも変えられるぞ」
「えっ?」
「妾も、入口そのものを移動させることはできる」
「マジでか!?」
それなら、もっと早く教えてほしかった。
倉を通らなければ出入りできないせいで、どれだけ面倒な思いをしてきたと思っているのか。
「じゃが、妾が自分で入口を移すのは勧められぬ」
「どうしてだ?」
「妾の本体からは、こちらの世界が見えぬからじゃ」
「場所が分からないってことか?」
「うむ。なんと説明すればよいかのう……」
コアちゃんは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「こちらの世界を、真っ黒な風船の外側だとする」
「風船?」
「妾の本体は、その風船の内側におる。そして、風船へ針で穴を開けた場所。それが、今の入口じゃ」
「なるほど?」
完全に理解したわけではないが、なんとなくイメージはできる。
「じゃが、妾の本体から見えるのは、穴から差し込む光だけじゃ。風船の外側がどうなっているのかは分からぬ」
「だから、別の場所に穴を開けようとしても……」
「どこにつながるか分からぬ。山の中かもしれぬし、海の底かもしれぬ。最悪の場合、地中へ埋まることもあるじゃろうな」
「怖すぎるだろ」
入口を移せると聞いたときは便利そうだと思ったが、行き先を指定できないのでは使い物にならない。
「でも、それならお兄さんが入口を作るのも同じじゃない?」
鐘々が、もっともな疑問を口にした。
「お兄さんも、ダンジョンの中から外の場所を指定できないでしょ?」
「そこが、主へ株分けした意味じゃ」
コアちゃんが、俺の右手を指さした。
「主は今、こちら側におる」
「……ああ」
「妾の本体には見えぬ外側を、主は見て、触れることができる。ゆえに、主自身を目印として入口を開けばよい」
「俺がいる場所なら、狙って入口を作れる?」
「そのとおりじゃ!」
コアちゃんが、得意げに胸を張った。
「ただし、主が持てる入口は一つだけじゃぞ。別の場所へ移せば、それまで開いていた入口は閉じる」
「無制限に増やせるわけじゃないのか」
「一つのダンジョンにつき、入口は一つ。それが原則じゃからな」
コアちゃん本体の入口は、うちの倉にある。
そして、株分けされた俺のダンジョン部分にも、入口を一つだけ作ることができる。
俺自身が目印になれば、その入口を好きな場所へ移せる。
つまり――。
「ここから直接、コアちゃんの中へ入れるってことか?」
「うむ。主が入口を開くことに成功すればな」
「成功すれば?」
嫌な言葉が聞こえた。
「まだ一度も試したことがないからのう」
そう言いながらもコアちゃんは、笑みを浮かべている。
どうやら、さっきの地獄のような痛みは、実験の準備にすぎなかったらしい。
「……なら、試してみるか」
七築を安全に移動させるには、これが一番早い。
何より、俺の中にはすでに、入口の作り方が分かるような奇妙な感覚があった。
俺は、なんとなく右手を前へ伸ばしてみる。
……分からない。
何もつかめないというより、やり方が違う。
そんな気がした。
少し考えたあと、右手を地面へつけてみる。
その瞬間。
「あ……」
何かが、しっくりきた。
これまで常に感じていた、誰かと手をつないでいるような感覚。
その見えない手が離れ、地面の奥へと沈んでいく。
そして今度は、土の中にある何かを、こちらから握り返したような感触が伝わってきた。
見えない。
形も分からない。
それでも、確かにそこにある。
これを引き上げればいい。
本能が、そう告げていた。
「よし、いくぞ!」
俺は、地面の奥でつかんだ何かを、力いっぱい引き寄せた――が、次の瞬間。
「がっ――!?」
先ほどとは比べ物にならないほどの激痛が、右手から全身へ駆け抜けた。
骨が砕ける。
血管が裂ける。
右腕そのものを、身体の内側から裏返される。
そんな錯覚を覚えた直後――。
俺の意識は、あっさりと途切れた。




