第59話 猫の王国
寅次郎の願い。
それは、至って単純なものだった。
「本当にこれ、ついていっていいやつなのか?」
「寅次郎が、こちらじゃと言うておる」
コアちゃんは、寅次郎の案内に従って歩いていく。
俺と暦も、そのあとへ続いた。
コアちゃんが事前にきちんと話を通してくれたためか、人の家の庭や塀の上を通るような無茶な経路は避けてくれている。
本当に意思の疎通ができているらしい。
そうして寅次郎に連れてこられた場所。
そこは――。
「う、うわぁ……」
猫の王国だった。
猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。
空き地の隅。
放置された資材の上。
草むらの中。
壊れかけた物置の屋根。
見える範囲だけでも、かなりの数の猫がいる。
どの猫にも首輪はない。
耳先をカットされている猫も見当たらなかった。
これ、放っておいたら増える一方なんじゃないか……?
そこまで考えたところで、役場にいたころの記憶が蘇った。
『空き地に猫が集まって困っている』
『鳴き声がうるさい』
『ごみを荒らされる』
『子猫が増えているから、どうにかしてほしい』
そんな相談が、何度か役場へ寄せられていた。
そして、それを、
『はいはい、お任せください』
と調子よく引き受けながら、案件を机の上へ放置する同僚たちの姿まで思い出す。
……うん。
うちの役場がもう少し勤勉だったなら、この猫たちは、とっくに捕獲の対象になっていたかもしれない。
「なるほど。こやつらは皆、今の寝床を失うことを恐れておるようじゃな」
コアちゃんが、猫たちを見回しながら言った。
「寝床を失う?」
「今は、この草むらや物置を寝床にしておる。じゃが、毎年、雨が多くなる少し前に、人間が大勢やってくるそうじゃ」
雨が多くなる前。
もうすぐ梅雨に入る。
「草を刈り、置かれている物を片づける。そのときには、仲間も何匹か連れていかれるらしい」
猫たちが行政の仕組みまで理解しているわけではない。
ただ、毎年同じ時期になると人間が来る。
草むらが消える。
身を隠せる場所がなくなる。
仲間が捕まり、帰ってこなくなる。
その経験だけは、群れの中に残っているらしい。
コアちゃんの説明を、人間側の事情へ置き換えてみる。
夏を前に、空き地の草刈りや一斉清掃が行われる。
隠れ場所を失った猫たちが周辺の住宅へ移動し、鳴き声や糞尿、ごみ荒らしの苦情が増える。
そして、役場や保健所にも連絡が入る。
「それを避けるために、新しいたまり場を探してるのか」
「雨を避けられ、強い日差しから身を隠せて、安心して眠れる場所。それが、こやつらに共通する望みのようじゃ」
頭がいいな、こいつら。
いや、人間の制度を理解しているわけではない。
危険が近づいていることを、経験から察しているだけだ。
それでも、自分たちが生き残るために、寅次郎を通じてコアちゃんへ助けを求めたのだ。
「でも、コアちゃん」
俺は、集まっている猫たちを見回した。
「こいつらを全員、中へ連れていったとして、餌と水はどうするんだ?」
「問題ないと思うがのう」
「生き物は作れないんだろ?」
「カリカリなら生み出せるかもしれぬが……確かに、それだけでは味気ないのう」
コアちゃんが、腕を組んで考え込む。
「魚を捕まえに行きますか?」
暦が提案した。
「コアちゃんの中には、水源がないぞ?」
「いえ」
暦は、猫たちを見回したあと、コアちゃんへ目を向けた。
「もしかしたら……水源も、できるかもしれませんよ?」
寅次郎の欲望によって、草原に生まれた茂み。
あれは、猫の欲から生まれた、猫にとって都合のよい住みかだった。
ならば、魚を連れていったらどうなる?
コアちゃんが魚の欲望を聞き取れるのなら――。
確かに、水源が生まれる可能性はある。
「なら、魚の種類を考えないとな」
「種類、ですか?」
「淡水魚と海水魚。川に棲むもの、沼に棲むもの、湖に棲むもの。魚といってもさまざまだ」
魚が望む環境までダンジョンへ反映されるのなら、コアちゃんの中に作りたい水辺と同じ環境に棲む魚を連れていったほうがいい。
「確かに、そうですね」
いきなり草原が海になっても困るしな。
魚の種類だけではなく、身体の大きさや必要とする水域の規模も考えなければならない。
そもそも、コアちゃんが魚を相手に、どこまで意思疎通できるのかも分からない。
「とりあえず、魚の前に……」
俺は、改めて目の前の猫たちを見回した。
「この猫の群れを、どうにかしないといけないか」




