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第52話 許可が下りたら困るんですが

『迷宮内居住施設運用認可通知書』


 白根が差し出した書類には、確かにそう記されていた。


「通ったの!?」


 鐘々が驚きの声を上げ、その表情に笑みを浮かべる。


「では、妾は大家なのか?」


 コアちゃんも嬉しそうに胸を張った。


 大家というか、土地と建物と空間そのものなのだが、説明すると長くなりそうなので黙っておく。


 しかし、白根だけはまったく喜んでいなかった。


 これまで計画を止めてきた側なのだから、仕方がないのかとも思った。


 だが、その表情は不満というより、もっと複雑なものに見えた。


「これは、私の審査結果に基づいた認可ではありません」


「え? どういうことだ?」


「私は現段階で、正式運用を認可すべきではないと判断していました。ただ、あなた方の主張と深山教授の見解を踏まえ、研究目的の実証滞在として審査を進めるための書類を準備していたのです」


 白根も、俺たちと同じ形にたどり着いていたのか。

 偶然とはいえ、今回の落としどころについては意見が一致していたらしい。


「正式な居住施設として認可するには、居住者の身体や精神に及ぼす影響、緊急時の退出経路、生成建築物の継続的な安定性などを調査する必要がありました」


「確かにな」


 その点には納得できる。

 教授の論文では、ダンジョンへの長時間の曝露と異形化率の関係も示唆されていた。

 調べなければならないことは多い。


「ですが、昨日まで追加資料待ちだった案件が、今朝確認した時点で承認済みに切り替わっていました」


 白根の声が、わずかに硬くなった。


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「そ、それ、どういうことですか?」


 暦が目を見開いた。


「決裁責任者は、個人名ではなく役職名のみ。電子承認の経路も通常とは異なります。誰がこの認可を動かしたのか、私にも分かりません」


 冷たいものが、背中を伝っていく。


 白根は認可書を机に置き、記載された項目を一つずつ指し示した。

 そこには、安全確保を名目とした付帯条件が並んでいる。


『認定迷宮生活支援事業者との連携』

『外部の生活安全管理事業者の選任』

『登録異形福祉支援団体から推薦された入居希望者の受け入れ』

『迷宮内生成物および設備に対する指定管理事業者の安全確認・台帳管理』

『認定管理責任者の常駐』


 一つ一つを見れば、正当な安全対策に思える。

 だが、すべてを受け入れればどうなる?


 入口の管理。

 入居者の選定。

 生活支援。

 建築物や生成物の管理。

 外部との連絡。


 そのすべてを、第三者に握られることになる。


 認可書を読み終えた鐘々が、低い声で呟いた。


「これ、認可じゃなくて首輪じゃん」


 全員が沈黙した。


「これは本当に、白根さんの知らないところで決定されたものなのか?」


 俺が尋ねると、鐘々も白根へ疑いの目を向けた。


「結構、反対してたもんね」


「反対って……私は、認可を出すことそのものに反対しているわけではありません。然るべき順序で、然るべき形の認可へ進めたかった。それだけです」


 白根は認可書へ視線を落とした。


「確かに、私たちの組織は、現行制度だけで異形を守れていません」


 白根の口から、はっきりとその言葉が出た。


「ですが、異形を救うための居住区が、新しい収容施設や外部組織の支配地域になっては意味がありません。ましてや、ダンジョンを居住区として利用する計画です。安全確認もせず、即答で認めてよいはずがありません」


 いつぞや、ショッピングモールで灰島が口にしていた言葉が脳裏をよぎった。


 異形を囲い込んでいるように見える。


 確かに、その通りだ。


 白根からすれば、俺が異形をダンジョンへ囲い込もうとしているように思えてもおかしくない。

 たとえ白根自身がそう考えていなくとも、世間からそう見られる可能性は十分にある。

 だから白根は、必要な調査を進め、どうすれば安全な形で認可へ進められるかを考えてくれていたのかもしれない。


「まったく、損する性格してるな、あんた」


「急になれなれしくなりましたね……」


「でも、どうするんですか? この認可を、そのまま利用するしかないんですか……?」


「今回の認可は、正直なところ、そのまま利用したくない。別の運用で進めたいんだが……白根さん、それはできるのか?」


「そうですね……」


 白根は認可通知書へ視線を落とし、しばらく考え込んだ。


「まず、この認可が下りたからといって、事業を開始する義務が生じるわけではありません」


「断れるのか?」


「正確には、この認可を使わず、運用を開始しないことができます」


 白根は、認可通知書の下部を指で示した。


「迷宮内居住施設の運用を始めるには、認可後、別途『認可事業運用開始届』を提出する必要があります。これは、実際の運用開始日、選任した管理事業者、常駐管理者、提携する支援団体などを届け出るためのものです」


「じゃあ、それを出さなければいい?」


「当面は、それで運用を止められます」


 鐘々が、ほっとしたように息を吐いた。


「なんだ。じゃあ、この紙を無視すればいいだけじゃん」


「それだけでは済みません」


 白根が、即座に否定した。


「認可は、すでに行政上の処分として成立しています。あなた方がこの場で『いりません』と言ったからといって、認可そのものが消えるわけではありません」


「使わなくても残るのか?」


「はい。認可を受けた事業として記録に残ります。運用を開始していなくとも、条件を満たすよう求められたり、進捗確認を受けたりする可能性があります」


 つまり、首輪を着けなければ締めつけられないが、首輪そのものはすでに渡されている。


 しかも、いつ着けるのかと催促される可能性まであるらしい。


「それでは、どうすればよいのじゃ?」


「まず、運用開始届は提出しません。そのうえで、認可事業の開始保留を申し出ます」


 白根は、指を一本立てた。


「次に、網代さんたちから、この認可を利用する意思がないことを明記した書面を提出していただきます。形式としては、認可事業の廃止申出、または認可取消しの申出になるでしょう」


「廃止って、まだ始めてもいないのに?」


「制度上は、認可を受けた事業を開始せずに取りやめる場合でも、廃止として扱われることがあります。今回の制度には前例がありませんから、どの書式を使わせるかは上部との協議になりますが」


 前例がない制度の認可を、前例のない方法で勝手に通された。


 そのうえ、それを止める手続きにも前例がない。


 聞いているだけで頭が痛くなってくる。


「ただし、今回は通常の廃止申出だけでは終わらせません」


 白根の声が硬くなる。


「審査意見の欠落、通常と異なる電子承認経路、決裁責任者が明示されていない点。手続きに重大な疑義があります。私からは、認可庁に対して決裁経路の調査と、認可の職権取消しを求めます」


「職権取消し?」


「認可を行った側が、自らその認可を取り消すことです。通常、一度与えた認可を行政側の都合で取り消すのは簡単ではありません。ですが、今回は認可を受けたあなた方自身も取消しを求めている。手続きに問題があったことを確認できれば、認可を取り消せる可能性はあります」


「可能性、なんですね……」


 暦が不安そうに呟く。


「現段階では、断言できません」


 白根は曖昧に慰めることなく、はっきり答えた。


「だからこそ、取消しが認められるまでのあいだも、運用開始届を出さず、この認可を使わないことが重要です。一度でもこの条件で運用を始めれば、外部事業者や支援団体との契約関係が生じます。あとから認可だけを取り消しても、簡単には元に戻せなくなるでしょう」


「無料期間中に解約しないと、自動で有料契約になるやつか」


 鐘々が真剣な顔で言った。


「規模も問題の重さも違いますが、仕組みとしては近いかもしれません」


 近いんだ。


「それじゃあ、この認可を止めたあと、俺たちが用意した計画を出し直すことはできるのか?」


「そのために、今日、その資料を確認させてください」


 白根は、俺たちが用意したプレゼン資料へ目を向けた。


「現在の認可は、正式な居住施設の運用を前提としています。これを使わず、別に『低活動・安定型迷宮における異形居住適合性検証事業』として申請し直します」


「別の申請として扱うのか?」


「はい。居住施設の運営事業ではなく、期限を定めた実証事業です。参加者は入居者ではなく研究協力者。一般募集は行わず、本人の同意を個別に確認した少人数に限定します」


 白根は、認可通知書の付帯条件を指でなぞった。


「そうすれば、少なくとも現段階で、外部の生活安全管理事業者や福祉支援団体へ管理権を渡す必要はありません。安全性については、深山教授の研究協力と、私たちによる定期確認で補います」


「つまり、この認可は使わずに封印して、別の入り口から進む?」


「そういうことです」


 白根は、認可通知書を裏返した。


「誰が用意したのかも分からない首輪を、自分から着ける必要はありません」


 とりあえず、この場はなんとかなりそうだ。


 だが、いったい誰がこの認可を通したのか。

 白根の審査を飛ばし、外部の事業者へ管理権を渡す条件までつけた。


 なんというか、だいぶきな臭くなってきた。


「研究面での外部監督は、深山教授に依頼する形でいいですか?」


「はい。研究面に関しては、私も彼を信用しています」


 白根の前では、服を脱いだことがないのだろうか?

 俺たちの前では、隙あらば脱ごうとする。

 白根と俺たちでは、教授に対する評価がまったく一致していない。


 まあ、教授なら断ることはないだろう。

 むしろ、やらせてほしいと向こうから頼んでくる姿が目に浮かぶ。


 その後も話し合いを続け、研究目的での居住計画を詰めていった。


 話し合いを始めてから、すでにかなりの時間が経っている。

 窓の外では、日が落ち始めていた。


「それでは、こちらの内容で申請を進めます」


 白根は資料を揃えたあとも、まだ席を立とうとはしなかった。


「では、次の話なのですが」


「えっ、まだあるの!?」


「浅葱さん。あなたの件についても、お話があります」

□■コアちゃんでもわかる三行コーナー■□


「つまり、どういうことじゃ?」


 こういうことだよ!


一、許可が下りても、すぐに住人を入れなくていい!

二、この許可を使うと、知らない業者にコアちゃんを管理される!

三、だから今の許可は使わず、研究という形で安全にやり直す!


「つまり、知らぬ者に妾を任せてはならぬということじゃな!」


 そういうことだよ!

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