第51話 せっかく準備したのに?
深山教授がダンジョン内の建物を観察し、俺たちに警告を残して帰ってから数時間後。
俺たちは全員で、豆腐の中に集まっていた。
「やはり、ダンジョンの居住計画だが……賃貸という形は、やめたほうがいいんじゃないかと思う」
「それじゃあ、お金にならないじゃん」
「金にするにしても、やるべきことが多すぎる。というか、今の状態で商売にしたら、管理業者や支援団体を入れろと言われる可能性が高い。それなら、まだ研究扱いにしたほうが、俺たちで管理できる」
「私たちのような異形が住む、異形居住適合研究の試験区画という形にする、ということでしょうか?」
異形居住適合研究の試験区画。
暦が口にした言葉を、とりあえずホワイトボードに書き込む。
「妾は研究されるのか?」
「コアちゃんを研究するわけじゃない。コアちゃんの中で、人が暮らせるかを研究するっていう名目だな」
「同じような気がするのじゃが」
「全然別物だ」
たぶん。
制度上は、きっと別物だ。
「とりあえず、『低活動・安定型迷宮における異形居住適合性検証事業』とでもしておくか。そのうち、教授とか白根が正式名称を決めてくれるだろ」
「それにしては、やけに気合いが入ってない?」
「そんなことはない」
「男の人って、そういうの好きですよね」
「違うぞ。そんなことはないのだ……」
言いながら、俺はホワイトボードに書いた事業名を見直す。
うん。
悪くない。
いや、そういうのが好きなわけではない。
「とりあえず、これなら正式な賃貸業ではない。居住者は入居者ではなく、研究協力者という名目にできる。何より、大規模に募集できないから、ダンジョン教が集団で移住してくる危険も減らせる」
「まあ、最初から大々的に募集できる段階じゃないし、その辺りが落としどころかぁ……」
鐘々は、納得しながらも、どこか不満そうに腕を組んだ。
「研究の名目で、お金はもらえるかな?」
「それなんだが、教授の論文を読んでいて、気になるところがあってな……ここだ」
俺は、印刷した論文の一節を指で示した。
「えーっと……」
鐘々が、文章を声に出して読む。
「『個々人が望む物品を完全に再現できない場合、迷宮は周囲の人間に共通する欲望を読み取り、貴金属などの普遍的価値へ置き換えている可能性がある』……か」
鐘々が、文章を読み終えて顔を上げた。
「ん? これって、つまり……」
「妾の中に、財宝が生まれるということかのう?」
「多くの人間が住めば、一人一人に欲望を聞かなくても、それを反映できるようになるかもしれない。そうなれば、運営するための財源を作れる可能性がある」
俺は、コアちゃんへ目を向けた。
「コアちゃんも、別に本来のダンジョンとしての機能を失ったわけじゃないんだろ?」
「うむ。今は、主たちに直接聞いたほうが、明確に欲望を形にできるからそうしておるだけじゃな」
一人の欲望を直接聞けば、その人が望んだ物を生み出せる。
大勢の漠然とした欲望を受け取った場合、それを誰にとっても価値がある物へ変換する。
それが本当なら、ダンジョンで金や宝石が発掘される理由にも、一応の説明がつく。
「なるほどね……。それを税として納めてもらうってことか」
「誰から徴税するつもりだよ」
「コアちゃん?」
「コアちゃんから取ったら、俺たちがダンジョンに税金を課すことになるだろ」
税金のかからない収入源を欲しがっていたはずなのに、今度は自分たちが徴税する側に回るのか。
さすがに業が深すぎる。
「じゃあ、財宝生成益」
「急に生々しくなったな」
鐘々が目を輝かせながら、コアちゃんへ身を乗り出した。
「ねえ、コアちゃん。具現化する場所って指定できるの?」
「やってみないと分からぬな。妾にも無意識の範疇かもしれんし、今のように物事を考えられるようになってからは、試したことがない故な」
「まあ、そこはおいおい検証だな」
実際に人が住み始めてもいないうちから、財宝が湧く前提で計画するのは危険だ。
今のところは、あくまで仮説。
使えるかもしれない可能性として、頭の片隅に置いておくくらいがいい。
「あとは白根に相談して、助成事業か研究費の対象にできないか確認だな」
「オーケー、了解」
「それじゃあ、今度は白根さんと話す内容を詰めないといけませんね」
「認可も、すぐには下りないと思うが、次の手を打たないといけないからな」
『第三者の短期立ち入り』
『緊急退避』
『安定性調査を兼ねた実証滞在』
前回の話し合いでは、この三つを認めてもらう方向で話を進めた。
そこへ深山教授の研究協力が加わったことで、審査がどこまで進んだのか。
次の話し合いで、しっかり確認しておく必要がある。
そのうえで、新たに『低活動・安定型迷宮における異形居住適合性検証事業』を通す。
……こりゃ、大仕事だ。
◇
コアちゃんダンジョンの外へ出て、スマホを確認する。
その途端、溜まっていた通知が一気に押し寄せてきた。
いつものことだ。
コアちゃんの中には、電波が通じない。
そのため、中にいるあいだに送られてきたメールや連絡は、外へ出た瞬間、まとめて届くことになる。
受信したメールのほとんどは、読む必要もない広告だった。
ブロックしても、別のところからいくらでも湧いてくる。
かといって、メールアドレスを変更すれば、登録しているサービスや連絡先をすべて変更しなければならない。
本当に厄介な仕組みである。
そんなメールの中に、一通だけ、見過ごせないものが混じっていた。
差出人は――白根。
先日の調査結果が出たのだろうか。
俺は、その場でメールを開いた。
内容は、時間を作って面談の機会を設けたい、というもの――ではなかった。
『至急、協議の場を設けたい』
わざわざ「至急」と書かれている。
どうやら、こちらが想定していたよりも、事態は早く動いているらしい。
◇
白根との協議当日。
俺たちは資料を揃え、万全の体制を整えていた。
『低活動・安定型迷宮における異形居住適合性検証事業』
その計画を通すためのプレゼン資料。
白根から指摘されるであろう問題も、あらかじめ想定してある。
『ダンジョン内での継続居住には前例がない』
『緊急時の退出経路が不十分である』
『事故が発生した場合の責任主体が曖昧である』
『迷宮内で生成された建築物や設備の安全性が保証されていない』
それらの反論に対する回答も、すべて資料にまとめていた。
ここで、結論から言おう。
俺たちが必死に用意した資料は、日の目を見ることなくお蔵入りとなった。
なぜなら、席に着いた白根が最初に口にした言葉が、これだったからだ。
「居住計画についてのご説明は、必要ありません」
白根はそう言って、鞄から一枚の書類を取り出した。
机の上に置かれた書類の上部には、大きくこう記されている。
『迷宮内居住施設運用認可通知書』
つまり。
俺たちが見直そうとしていた当初のダンジョン賃貸計画は、すでに認可されていた。




