第48話 三人目の協力者(真)
「あの変態なんだけど、絶対にコアちゃんの奥の部屋の存在は知らせないようにしましょう」
鐘々は真面目な顔で提案した。
「まあ、信用ができるまでは入れないつもりだったんだが……理由を聞いてもいいか?」
「まず、あの嗅覚。共感覚とか言ってたけど、あれは絶対に警戒したほうがいいわ。それに、コアちゃんの心臓部が知られるってことは、コアちゃんの生殺与奪を握られるってことだって理解して」
「妾の奥の部屋か?」
それまで大人しく座っていたコアちゃんが、きょとんと首を傾げた。
「妾としては、主らがよいというなら別に構わぬが」
「駄目だ」
「駄目」
俺と鐘々の声が、ほぼ同時に重なった。
コアちゃんは、不思議そうに瞬きをする。
「そうなのか?」
「そうなの」
鐘々が、珍しく強い口調で言い切った。
生殺与奪。
確かに、その通りだ。
鐘々や暦のように、少なくとも今は味方だと分かっている相手ならまだしも、悪用される可能性は高い。
加えて、あの共感覚だ。
俺たちが知っていることだけではなく、俺たち自身もまだ知らない余計なものまで嗅ぎ取る可能性がある。
「ああ。確かにその通りだな」
「あの、ダンジョンを愛していると言っている人が、ダンジョンのコアに悪意を持って何かをすることはあるでしょうか?」
暦が、おずおずと口を挟んだ。
「悪意がなくても余計なことをする人間は多いわよ。とくに、あの人のダンジョンへの執着は、愛情っていうより信仰に近いから」
「信仰?」
コアちゃんが、自分の胸元を指差す。
「妾、拝まれるのか?」
「拝まれたいのか?」
「うむ。少しだけ興味はある」
「やめておけ。絶対に面倒なことになる」
「そうなのか」
コアちゃんは、残念そうに頬を膨らませた。
そう言う鐘々は、何か思いつめたような表情をしていた。
何か、思うところがあるのだろうか。
「なあ、鐘々。聞きたいことがあるんだが……」
「お爺さんの件、だよね」
鐘々は、少しだけ視線を落とした。
「そうだね……教授は、いつ来る予定になってる?」
メールを確認する。
明後日の正午、か。
「明後日の正午に訪問したい、らしい」
「それじゃあ明日」
鐘々は顔を上げた。
「一緒についてきてくれる?」
◇
翌日。
鐘々についていき、連れてこられたのは、山間にあるガレージのような建物だった。
建物?
建物か、これ?
「なんだこれ……?」
「妾の入り口がある建物みたいじゃな」
コアちゃんが、どこか親近感を覚えたような顔でガレージを見上げている。
「いや、うちの倉と一緒にするな。あれは中身がダンジョンだろ」
「ここも中に何かあるのではないか?」
「あるわよ」
鐘々が、にやりと笑った。
「私の秘密がね」
「急に胡散臭くなったな。そもそもどこのだれの倉庫だ?」
「私のものに決まってるでしょ。売買代金一万円の激安物件。登記上はただの土地。建物があることにすらなってないわよ」
「え、それいいのか?」
「基礎に固定してないから、土地の上に置いてあるだけって扱いよ。登記する必要はないわ」
「あの、どうやって買ったんですか……? 私たち、不動産屋とか、たぶん使えませんよね?」
「個人間の取引なら、不動産会社の仲介はいらないわよ?」
「え、そうなんですか?」
「不動産会社の仲介は、あくまで登記問題や売買でのやり取りの面倒を代わりにやってくれるものだからね。私が地上げする分には問題なしよ」
「地上げとか言いやがったぞ、こいつ」
「すごいですね……」
暦が素直に感心している。
そこは感心していいところなのだろうか?
「地上げとはなんじゃ?」
「知らなくていい。コアちゃんは綺麗なままでいてくれ」
「主はたまに、妾を子ども扱いするのう」
「実際、社会知識は子ども以下だろ」
「む。失礼な。妾はダンジョンぞ」
「それが社会知識と何の関係があるんだよ」
鐘々は鍵を開けた。
「はい。それじゃあ、私の秘密基地へようこそ」
なるほど。
こいつは、ここに住んでいたのか。
ガレージハウスの中に足を踏み入れる。
中には安物のカーペットが敷かれ、ソファベッドが置かれていた。
型落ちの小型冷蔵庫。
折りたたみ式の机。
それから、そこかしこに保管用のチェストが置かれており、金庫もいくつかある。
金庫って、いくつもあるものなのか?
まあ、鐘々だしな……。
「ほう。これが秘密基地か」
「なんというか、まさに秘密基地って感じだな」
「なんだか、ちょっとだけですけど、ワクワクしますね」
暦が小さく笑った。
分かる。
秘密基地という言葉には、なんだかんだ抗いがたいものがある。
鐘々はそのうち一つの金庫――一番鍵が複雑そうなものを開け、中から何かを取り出した。
それは、古びた茶封筒だった。
その瞬間、コアちゃんがぴくりと反応した。
「……懐かしい味がするのう」
「味?」
「うむ。古い欲望の残り香じゃ。薄いが、覚えがある」
コアちゃんは茶封筒をじっと見つめていた。
網代重蔵。
その名前が、俺の中でまた少し重くなった。
「これは?」
「網代重蔵の残した、とある資料の断片」
うちから回収したものだろうか?
茶封筒を受け取ろうとする。
しかし、そこで鐘々はひょいと茶封筒を自分の手元に寄せた。
俺の手は、宙を掴んだ。
「ねえ、お兄さんは、私や暦のことをどう考えてる?」
「どうって……頼りになるなとか?」
「あ、たぶんそうじゃないです。異形のことをどう考えているか、ですよね?」
暦が、控えめに補足する。
「え、どう考えているかって……社会的に大変だよなとか……」
「お兄さん、最初に会った時からだけど……異形への嫌悪感が、ほとんど見えないんだよね」
いや、別にそんな立派なものではないんだけどな。
正直なところ、異形よりも厄介な人間を、俺は役場で嫌というほど見てきた。
普通に生活している人たちの暗い部分。
制度の隙間に落ちた人間。
弱い相手を踏みつけることに慣れた人間。
そういうものを見てきたあとだと、ただ見た目が違う程度なら、なんということはない。
「正直に言うとね、私はお兄さんのこと、最初は疑ってたんだよ」
「疑う?」
「うん。お兄さん、最初にコアちゃんのダンジョンから出た直後、魔石を売りに行く動きによどみがなさすぎたしね」
「待て。コアちゃんのことを、おまえは最初から知ってたのか?」
「直接見たことはなかったけどね。ていうか、人になってるとかは想定外だったよ」
鐘々はコアちゃんを見る。
コアちゃんは、自分の頬をぺたぺたと触った。
直接見たことはなかった。
鐘々は、そう言った。
それに、俺のことを最初から知っていた?
いったい、どこからだろうか?
「願いを叶えるダンジョンの神。そう呼ばれているものの話、知ってる?」
「神?」
コアちゃんが、自分を指差した。
「妾のことか?」
「たぶん、そういう扱いをしたがる連中の話よ」
「妾は神ではないぞ」
コアちゃんは、少しだけ不満そうに頬を膨らませた。
「腹も減るし、分からぬことも多い。神とは、もっと偉そうなものではないのか?」
「その発想は、だいぶ偉そうだけどな」
ダンジョンの神。
願いを叶える、という部分はコアちゃんを想起させる。
だが、鐘々の言いたいことは、おそらくそうではない。
「願いを叶える、って話は知らない。だが、ダンジョンの神についてなら知ってる。厄介な宗教団体が、役場に来ていたことがあるからな」
ダンジョンを神として崇める新興宗教団体――ダンジョン教。
役場では、そう呼ばれていた。
噂では、ダンジョン絡みで色々と黒いことをしているらしい。
もちろん、真相は定かではない。
少なくとも、当時の俺に分かるような話ではなかった。
だが、その茶封筒の中身。
コアちゃんについて知っていた鐘々。
行方不明の祖父。
ダンジョンの神。
願いを叶える――。
すべてが、一本の線になって繋がった気がする。
「つまり、俺がダンジョン教の信者ではないか。そう疑っていたわけか」
「そう。だから私は、お兄さんのところに潜り込んだ」
潜り込んだ。
まるでスパイ映画だな。
「でも、お兄さんはコアちゃんを、ダンジョンを、生き物として扱っていた。いや、ひとりの相手として扱っていた」
「いや、それは普通のことだろ」
「そういう普通のことができない人が、たくさんいるんだよ? コアちゃんだけじゃない。私や暦、それに他の異形に対しても、お兄さんは“人”として扱ってくれている」
暦が頷いている。
コアちゃんも、なぜか得意げに頷いていた。
おまえは褒められている側だぞ。
「結局、何が言いたいんだよ、おまえは」
「要するに、お兄さんは私の試験に合格しましたってこと」
「はいはい。で、それは何なんだ、結局」
「これは、中身を見たら本格的に巻き込まれることになるけど――」
「何に巻き込まれるか知らんが、ダンジョン教に関することだろ? それなら、コアちゃんがいる時点で予測可能、回避不可能だ」
「ん。そうだね」
鐘々は、茶封筒を差し出した。
「はい」
俺は、それを受け取った。
「これからもよろしくな、鐘々」
鐘々が笑った。
なんというか、壁が一つ、なくなった気がした。
「これからもよろしく、駆」
「うむ。仲良きことはよいことじゃ」
コアちゃんが満足そうに頷いた。
「では、その封筒の中身を見てもよいのか?」
その無邪気な一言で、俺たちはようやく本題を思い出した。




