第47話 祖父の名前がそこにある
祖父――網代重蔵。
俺はこの人物について、写真と名前以外、ほとんど何も知らない。
いま住んでいる家の元の持ち主であり、コアちゃんのダンジョンに立ち入ったことがある人物。
知っているのは、それくらいのものだ。
実のところ、死因も、亡くなった場所も知らされていない。
俺の中のアルバムには存在しない祖父。
その知らない姿が、論文の中にあった。
いつの間にか、鐘々も後ろからそれを見ていた。
今までに見たことのない、真剣な顔つきだった。
調査協力者として、名前があった。
網代重蔵。
俺の祖父で、間違いない。
俺は、論文を読み進めた。
祖父は探索者だった。
それも、異形化するより前から。
変態、もとい深山教授は、祖父に護衛を依頼する形で、いくつものダンジョンでフィールドワークを行っていたらしい。
そして、先ほど見つけた当たり障りのない著書や論文は、この時期の調査をもとに発表されたものが多いようだった。
深山教授と行動を共にするうちに、祖父は異形化した。
その過程は、論文の中にありありと記録されていた。
俺が写真でしか知らない老人は、論文の中では、まだ若く、まだ人間で、そして少しずつ人間ではなくなっていった。
以後、同じ時期に深山教授と行動していた探索者たちの多くも、異形化していったことが記されていた。
探索者は異形になりやすい。
それは、深山教授自身の体験から裏付けられたものだった。
「ねぇ、これ……」
「ああ。本人に聞いてみたほうが早いかもな」
「深山教授は、お兄さんが網代重蔵の孫だって知ってて接触した……とも取れないかな?」
「分からん。少なくとも、向こうは俺のことを知っていた可能性がある。下手すれば、祖父の家に特殊なダンジョンがあることも」
「それはあるかもしれないね。でも、それだけじゃないでしょ? お兄さん」
「まあ、気にはなる」
「私も気になる」
それもそうか。
鐘々も、俺の祖父に世話になった口だ。
俺よりも、祖父のことを知っている可能性すらある。
必要な論文のタイトルと要点を暦に記録してもらい、俺たちは帰路についた。
帰り道、スマホを手に取り、深山教授に電話してみた。
知っていることを、洗いざらい話してもらうとしよう。
祖父のことも、コアちゃんのことも。
だが、深山教授に直接電話は繋がらなかった。
仕方なく、メールを送る。
ダンジョンへフィールドワークに行っているなら、基本的に電話は繋がらない。ダンジョンの中には電波が届かないからな。
あの教授のことだ。
ダンジョンでまた何かしていても不思議はない。
服を着ているかどうかは、考えないことにする。
そこで、ふと気になっていたことを思い出した。
「鐘々、おまえってさ、俺の祖父が死亡扱いになったことを役所経由で知って、それであの家の清掃とか片付けに関わったんだっけ?」
鐘々は即答しなかった。
しばらく、何かを考えているようだった。
「うん。私も清掃には関わってる」
「じゃあ、死因とかは」
鐘々は、そこで言葉を止めた。
何かを言い淀んでいる。
いや、言葉を選んでいるようだった。
「書類を盗み見た限りだと、迷宮内事故による死亡推定。実際に見つかったのは、腕だけ」
「は?」
絶句してしまった。
死亡推定。
ダンジョンの中で、腕だけ。
捜索隊は――いや、無理だな。
異形化した探索者のために、わざわざ人命をかけるやつらはほとんどいない。
「ごめん。それ以上は、今は分からない」
「今は?」
「お金があれば調査もできるしね。そこから先は、資金ができてからのお楽しみ、かな」
そんなことを考えていたのか、こいつは。
「アホか。それなら俺も出す。勝手に一人でやろうとするなよ? また倒れるぞ」
「ん、ごめん」
しかし、これだけ入れ込むとは……いったい何があったのだろうか。
思い返せば、ただ世話になっただけの人間が、家を見ただけで涙するものだろうか。
「そうだ。あとで返すものがあるから、時間をくれる?」
「返すもの?」
「業者が本格的に入る前に、隠しておいたいろんな道具」
「隠しておいた? おまえ、マジで隠し事しないで全部話せよな?」
「それはまだ難しいなー。教えてほしければ、私の好感度をもっと稼ぐのだ」
鐘々は、いつもの調子で笑った。
たぶん、そうでもしないと話せないことがあるのだろう。
「今さらヒロイン宣言はちょっと難しいと思うぞ……?」
「何してるんですか?」
コアちゃんと手を繋いで先を歩いていた暦が、振り返った。
今のところ、ヒロインレースの先を走る女である。
「大したことじゃない。変態が昔、何をしていたのか気になっただけだ」
「いつから脱ぐようになったんだろうね」
「それはマジで気になる」
西日に照らされながら、俺たちは祖父が残した我が家の門を潜った。




