第46話 変態の論文は笑えない
「いや、あれを信用するのは無理でしょ!?」
変態が帰ったあと、真っ先に声をあげたのは鐘々だった。
「嗅覚で魔力が分かるとか、コアちゃんの正体を見抜いたあとだから説得力はあるけどさぁ、あれはやばいでしょ!?」
気持ちはよく分かる。
俺も正直、信用できない。
いや、変態性が強すぎて、あまり関わりたくないというのが本音なのだが。
それ以上に、あまりにも俺たちにとって都合が良すぎる人物な気がする。
加入した瞬間にバランスを壊すタイプの味方ユニットか?
「まあ、確かにコアちゃんに関する仮説を組み立てる速度とか、異常すぎる。まるで、最初から答えを知っていたみたいな気持ち悪さもあるのは否定できないな」
「確かに、あの思考速度はすごかったですね……魔法で脳を強化でもしたのでしょうか?」
「魔法でそんなことできるのか?」
「下手に脳を弄ったら廃人にならない?」
「でも、あのような人ですし……」
「すげえ、否定できねぇ」
とりあえず、警戒しなくてはいけない人物であることは確かだろう。
「というか、もし本当に危険人物だったら、どうするつもりなんだ?」
「え、えーっと……無限落とし穴で……」
「なるほど、落とせばよいのじゃな」
「いやだからやめろよ。封印だ。無限落とし穴は封印だ」
「でも、嬉々として落ちていきそうですね……」
「すげえ、否定できねぇ」
喜びながら落ち続ける変態が、脳裏に浮かんだ。
脳内で8K画質の映像が再生されてしまった。
「うん、却下で。何かしらの事故で、変態が飛び出してくるダンジョンは怖すぎる」
やっぱり駄目なんじゃないかな?
無限落とし穴。
「それじゃあ、どうします? 探偵でも雇って調べますか?」
暦が、おずおずと提案する。
だが、それには鐘々がすぐに首を横へ振った。
「やめておいたほうがいいと思う。私たちの状況を考えると、関係者を増やすのはやめたほうがいいよ」
そう。
あまりにもリスクが高いのだ。
深山教授が危険人物かもしれないから調べたい。
そのために別の人間を雇う。
その別の人間が、コアちゃんやこのダンジョンの異常性に気づく。
最悪である。
リスクを調べるために、リスクを追加してどうする。
「なら、あそこに行くしかないだろうな」
「あそこ……?」
「ああ。俺たちの第二の実家だ」
◇
次の日。
俺たちは、図書館へとやってきた。
大学の教授である以上、出版している本や、学会で発表した論文があるはずだ。
そこから人物像を探るというわけである。
大学関係の論文は、家のスマホで雑に検索するより、図書館の検索端末や学術データベースを使ったほうが早い。
少なくとも、暦はそう言った。
ならば、信じるしかない。
彼女はこの手の資料探しに関して、俺よりはるかに頼りになる。
いやあ、本当に便利だなぁ、図書館!
税金を払っているんだ!
どんどん使い倒していこうな!
なお、来年以降の住民税については考えないものとする。
◇
それから、太陽が真上に昇るころまで調べ物を続けた。
結果として、深山蔵人名義の一般向け著書をいくつか見つけることができた。
『迷宮生態学入門』
『迷宮の基礎観測』
『探索者のための迷宮環境論』
こう言ってはなんだが……普通だ。
服を脱いで云々言っていたのは、悪い夢だったのではないかと疑うくらいに普通の著書だった。
ざっと斜め読みした程度だが、少なくとも著書の中に、『まず服を脱ぎましょう』という記述はなかった。
安心した。
だが、結論としては、俺たちが知りたいことは何も分からなかったともいえる。
まあ、社会的な立場がある時点で、最低限のモラルはある人物なのだろう。
いや、ダンジョンの中ではあれなのだ。
一般社会とダンジョン内での人物像を結びつけるのは危険か。
「うーん、なんの面白みもないかな」
鐘々が飽きている。
分からなくもない。
「もう昼になるし、一旦昼休憩にするか」
「今日もうどんかなぁ」
「大量にそうめんを買ってたから、そっちだと思うぞ」
「結局、麺類の呪いからは逃れられないのね」
暦の姿を探す。
コアちゃんは……生き物図鑑を読んでいる。
今は猫のページに夢中らしい。
大人しくしているし、放っておこう。
暦は図書館のインターネットコーナーでキーボードを叩いていた。
「そろそろお昼だぞ、っと」
「あ、すみません。ちょっと集中していました」
暦は画面から目を離さない。
「あの、これ見ていただけますか?」
暦が示した画面には、文字が並んでいた。
「あの人の特異性を考えると、その……正式な学術誌には載らなかった論文もあるのではないかと思いまして。プレプリントサーバーで検索をかけてみたんです」
「プレプリントサーバー?」
「一言で言うと、査読を受ける前の論文が、誰でも無料で読める状態で公開されているネット上の置き場です。普通、論文は専門家たちの厳しいチェック――査読を経てから学術誌に載るんですけど……」
暦は少し言葉を選ぶように、画面へ視線を戻した。
「もちろん、全部がそういうものではありません。ただ、査読に出す前の仮説段階の研究や、学会で相手にされなかった論文も、ここには残っていることがあるんです」
相手にされなかった論文。
なんだろうな……。
彼女たち異形が、社会の中で置かれている立場に似ている気がした。
「そして……やはり、ヒットしました。深山蔵人です」
そこには、大量の論文が並んでいた。
一般向けの著書では見ることができなかった、世間から相手にされずに打ち捨てられた深山蔵人の論文たち。
『迷宮核を中心とした閉鎖生態系の擬似生命性について』
『迷宮構造変化における人間欲求反応仮説』
『異形化現象と高魔力環境適応の相関に関する予備的考察』
『終息迷宮は死んだ迷宮なのか――低活動型迷宮の再評価』
『探索者集団における異形化発生率の偏りと迷宮曝露時間の関係』
まだ、タイトルを見ただけだ。
中身を読んだわけではない。
それでも――ぞっとした。
ダンジョンと人間の欲望の関係。
異形とダンジョンの関係性。
そして……ダンジョン生命体説。
コアちゃんの正体に、とてつもなく近いところまで、深山蔵人という男は辿り着いていた。
そして、合点がいく。
コアちゃんとの対話で見せた、仮説の組み立ての速さ。
あれは、彼の中では答え合わせだったのではないだろうか。
すでに理論はあった。
あとは、証拠だけだった。
根拠だけだった。
つまり、コアちゃんだ。
「とりあえず、そうだな……これ、読めるんだよな?」
「はい、そうですね……それじゃあ、上にあった『迷宮核を中心とした閉鎖生態系の擬似生命性について』を開きますね」
そこには、ダンジョンは迷宮核を中心とした生命体ではないか、という仮説が綴られていた。
普通に読めば、根拠の弱い与太話としか思えない。
だが、俺たちはコアちゃんを知っている。
だからこそ、この仮説が真実に近いと分かってしまう。
いや、正確には部分的に合っているだけなのだが……。
だが、ダンジョンは生き物である。
もしそれが証明されれば、面倒が起きることだけは理解できた。
俺がコアちゃんのことを明かせないのも、結局はそこが理由だ。
コアちゃんが特異な存在であることはもちろんだが、ダンジョンが生き物であるとすれば、これまでのダンジョンに関する制度、法律、研究、倫理、そのすべてがひっくり返ることになる。
なんというか、天動説が地動説にひっくり返ったときのあれみたいだな。
よく覚えていないけど。
昼食のことを忘れて、俺と鐘々と暦の三人で論文を読んでいく。
専門家ではないので、すべてを理解できるわけではない。
だが、概要は理解できる。
暦は……あ、なんか遠いところを見ている。
そういえば、中学から不登校だと白根が言っていた気がする。
そのとき、あるものを見つけて、手が止まった。
『探索者集団における異形化発生率の偏りと迷宮曝露時間の関係』
探索者は異形になりやすい。
深山教授は、そう言っていた。
それ自体は、さっき聞いた話とつながる。
だが、俺の手を止めたのは、そこではなかった。
文字ではない。
画像だった。
参考資料として、ダンジョン探索中に異形化した探索者の画像が添付されていた。
種別は、エルフ。
それは、俺が今の家――相続した祖父の家にやってきた日に見た、一枚の写真を思い出させた。
借金取りが押し寄せてきた、あの日。
菓子缶の中に残されていた、赤ん坊の俺を抱いた祖父の写真。
画像の中のエルフは、その祖父に、あまりにもよく似ていた。




