第45話 変態という名の紳士は頼りになる
変態によるコアちゃんへのインタビューが、なぜか普通に成立していた。
「ふむ、なるほど……。つまり、通常のダンジョンが、ここよりも迷宮や森林など、人を惑わす構造物を多く持つ理由は、そこに住む生き物の欲望を、反射的かつ無秩序に吸収し、そこにいる生物に適した形へと姿を変えているから、というわけですな」
「ほう」
「コアさんの変形が一時的なものに留まるのは、それが常時必要とされていないからでしょう。いや、より正確には、必要が失われた時点で消滅していると考えるべきかもしれませぬな」
「なるほど、そういうことじゃったのか……。姿勢が辛いから、変形がもたないと思っておったぞ」
「いえ、これはあくまで仮説です。ですが、人間同様、あなたもご自身のことを完全には把握できていないのでしょう。これからは私が研究し、あなたの能力を解き明かして差し上げましょう」
「頼りにしておるぞ」
恐ろしいことに、変態はダンジョンに関しては本当に専門家だった。
前回、宝部屋が崩れた理由も、話を聞いただけで仮説を立てている。
確かに、他のダンジョンは迷宮とか、森林とか、色々な形があるもんな……。
必要とされているから維持される。
ダンジョンが欲望を元に様々な能力を機能させているのなら、その可能性はある。
「ふむ。では、一度実験してみましょう。コアさん。私の欲望を使い、ここに建築物を生成してみたいと思います。頼めますか?」
「それは構わぬが、主、よいか?」
「もういいよ。どんどんやってくれ」
ていうか、話すたびに胸筋がピクピク動くの、絶対わざとだろ。
やめてくれ。
笑ってしまう。
「ふむ。それじゃあ……いただきます」
礼儀正しくなったな、コアちゃん。
いや、さっき何も言わずにつまみ食いしていたので、ノーカンだな。
「お、おおおおお……これはまた面白い味じゃ! 舌触りがよく、のどの奥に絡みつくような、それでいて濃厚な甘味がある」
「また食レポしてるよ、このダンジョン」
「お、おおおおお、おおおおおおお……これが、ダンジョンにいただかれるという感覚ぅ!」
「怖い怖い怖い! なんだ、そのリアクションは!?」
次の瞬間。
めきめきと音を立て、地面から家、いや、研究棟が生えてきた。
一人の研究者のためだけに誂えられた、ミニマルな二階建ての私設研究所。
打ちっぱなしのコンクリートに埋め込まれた、重厚な木製ドア。
だが、外壁の継ぎ目は地面と自然につながっており、建てたというより、生えたというほうが近い。
一目見て分かる。
豆腐――俺が作った豆腐一号とは違う。
これは、人間が外から持ち込んだ物ではない。
最初から、このダンジョンの中にあるべきものとして生まれていた。
そこには、立派な一人用の研究所があった。
「す、すご……え、建設の資料とか、いらなかったってこと?」
「そう……みたいだな」
「中はどうなっているんでしょう?」
暦が、研究棟を見上げながら呟く。
俺たちはこれまで、外の建物をダンジョンに建てる――言い換えれば外の建築物をダンジョンの中に持ち込もうとしていた。
そうなると、必要な資料、知識は膨大な量になる。加えてあの豆腐一号を建設していたときのような時間もかかるだろう。
だが深山教授は違う。
ダンジョンの中に生えるべき建物を、最初から想像していたのだ。
こんなに立派な建物がすっと出来上がるのは、正直驚きである。
コアちゃんの欲望を形にするには、設計書のようなものが必要だと俺たちは考えていた。
だが、これは……。
「ふむ……私が想像した通りのものができましたな。いや、想像していたよりもクオリティーが高いように感じられます」
深山教授は、研究棟を見上げながら満足そうに頷いた。
「考えられる理由は、想像力。そしてもう一つ、無意識下に蓄積された記憶と欲望でしょう。私はダンジョンの中に住むための住まいを、幾度となく妄想しておりましたし、ダンジョンに住むために、何度もダンジョンの中で寝泊まりをしていました。ダンジョンというものに慣れ親しんでおり、それは無意識下の記憶領域に記憶されていたと考えるべき事項でしょう」
「つまり、変態の妄想が熟成されていたと?」
「身も蓋もない言い方をすれば、そうです」
認めるのかよ。
「あ、つまり、描き慣れた絵は、手癖でぱぱっと資料を見ないで描けるのと同じっていうことでしょうか?」
「だいぶ近いですが、そうですね。手癖というのは近いかもしれませんね、浅葱氏」
暦の例えに、深山教授は嬉しそうに頷いた。
「今回はこのダンジョンに住みつつ、研究を行えるように建築物を建造しました。ですので、研究棟ができたわけですが……そうですね。実際に住むためには、私も色々と準備がありますし、何日か置いてみましょう。そうすれば、おのずと分かることもあるでしょう」
必要としている者がいなくなったケースを観測するつもりなのだろう。
「とりあえず、中も見てみましょう。浅葱氏、助手を頼めますかな?」
「え、はい」
こらこら。
暦を勝手に助手にするんじゃない。
ていうかこの人、全然異形に対しての差別というか、そういうのがないな。
「おや? どうやらその目……私が異形差別者とでもお思いでしたか」
「心まで読めるとか言わないよな?」
「これは、コミュニケーションを重ねてきた経験によるものです。私くらいの年齢になれば、おのずと分かりますよ」
「そういうものか」
「網代氏はまだ若い。知識と考える力は十分ですが、経験が足りていない。ですが、経験が増えれば素晴らしい大人になることでしょう」
「変態に褒められてもな……」
「変態ではありません。仮に変態だとしても、私は変態という名の紳士です」
「ひどい台詞だ……」
「そうそう、異形に関してですが――私は異形になってみたいとも考えています」
だいぶクレイジーな答えが返ってきた。
「異形化するプロセスは解明されておりませんが、魔力に適応した結果としての進化だという学説が最も有力です。魔力、そう魔力です。すなわち、ダンジョンの恩恵――」
「あ、もう分かったわ」
「ダンジョンの恩恵を受け、ダンジョンの魔力に適した身体に進化した存在……あぁ、なんという甘美な響きでしょうか……。故に、私は異形になりたい」
「あ、もしかして、ダンジョンに住みたいって言ってたのって……」
「ダンジョンの中ほど魔力に満ちた場所はありませんからな。それとご存じですか? 一般人から異形になる割合は千分の一ですが、探索者に限れば五十分の一まで跳ね上がることを」
初耳だ。
「これはすなわち、先ほどの魔力による進化論を裏付ける証拠の一つになります。ですが、やはり根拠が弱い。というわけで、私自身の身体を使って実験もしてみたいと考えているのです」
すげーわ。
もうこれ、ダンジョンの怪物じゃん。
「むろん、これで異形化のプロセスが分かれば、もしかすると、異形化を抑制、あるいは解除する薬も作れるかもしれません。ね?」
この人は、とんでもない変態かもしれない。
だけど、同時に……本当にすごい人なのだろう。
「ふむ、中の様子も私の想像通りですな。家具や家財道具……地面と接続していないものはクオリティーが低い傾向にある、と」
いや、だから考えをまとめるのが早すぎる。
というか、マジでとんでもない。
「これはつまり、地面と接続しているものはダンジョンとみなされる。私の欲望は、もちろんダンジョンに対する欲望なのでしょう。すると、ダンジョンであるならば高クオリティーを維持できるが、そこから離れるものに関しては質が二ランクほどダウンするといったところでしょうね」
奥を見てきた暦が戻ってきた。
「この建物、すごいですけど……生活するには収納と洗濯場所が足りません」
「ダンジョンにいるのだから、服を着る必要はないでしょう? 洗濯は不要ですよ」
「頼むから服は着てくれ。文明を捨てるな」
「まあ、万能ではないってことは分かったね」
確かに、教授が自分で分析した通りなのだろう。
おそらく教授も、鐘々や暦と同じなのだ。
得意な分野に関しては、生成パフォーマンスが他の追随を許さない。
そして、こんな建築物を建造しておいて、なお欲望が消える気配がない。
とんでもないな、この変態――ん?
変態が脱いだ服を着始めた。
「……服、着るんですね」
「ええ。いまは満たされていますので……おそらく欲望を消費したことによる副作用かと思われます。興味深いですな」
それならもう、毎日欲望を消費させておいたほうがいいんじゃないかな?
まぁ、なんにせよ……コアちゃんの中に住宅を作る計画の方向性が見えてきた。
例えば異形を住まわせるなら、異形向け住宅を外から持ち込むのではない。
その人が、この迷宮で生きるために必要な形を、内側から生やす。そのための手助けできる仕組みを作るほうが確実で、効率的ではないのだろうか?
もしかすると、俺たちの計画は最初から方向を間違えていたのかもしれない。
……まあ、その答えを出したのが"全裸ダンジョン吸い変態"という事実からは、目を逸らすことにする。




