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第41話 その保護は誰のためですか?

 とりあえず、落ち着いたところで話をしようということになり、大男の家で話すわけにもいかず、俺の家にやってきた。


 白根のほうも、情報量が多すぎて整理する時間が必要だったのだろう。


 先ほどまで騒ぎを起こしていたのだ。


 本当に警察が来たら、それこそ面倒なことになる。


 ついでに……白根はあの業者を知っていたが、業者のやっていたことを知らない。


 そんなふうに見えた。


 これだけで判断するには材料が足りないが、直感と言うべきものだろうか。


 彼女は、こちら側とまでは言わないまでも、少なくとも完全に敵ではない気がした。


 大柄な異形の男とは、連絡先を交換した。

 家の様子を確認する必要があるとのことで、その場で解散となった。

 大柄な男は白根とも連絡先を交換していたので、あっちはあっちで動くのだろう。


 さすがにそこまで顔を突っ込めんぞ、俺は。


 白根を家に入れることについては、正直かなり迷った。


 もちろん、倉庫には近づけない。

 そこは絶対防衛ラインである。

 民間管理迷宮の管理者としては、あまりにも見せられないものが多すぎる。


 とりあえず、水道水でも出すために台所へ向かう。


「あ、駆さん。わたしがやりますから」


 暦にストップをかけられた。


 そうだな。

 彼女に任せよう。

 きっと水道水も、彼女の手にかかれば天然水くらいにはなるかもしれない。


 沈黙――いや、空気が重いわ。


 白根は手帳とスマホ、資料を見比べながら、何か考えている。


 まあ、情報量が多すぎたのだろう。


 たぶん。

 きっとそう。


「粗茶ですが」


 暦がお茶を持ってきてくれた。

 ありがたい。

 こういうときは緑茶が……緑茶ぁ!?


「浅葱さん……水道水を緑茶に錬金したのか?」


「あの、ただお茶をいれただけなんですけど」


 それはそう。

 いや、水道水しかないと思っていたが、いつの間にか我が家にはお茶や急須などという文明が揃っていたらしい。


「すみません。ご足労いただきまして。実は、先日の件でお聞きしたいことがありまして……」


「聞きたいことですか? 私としても、聞きたいことがあるのですが……」


 白根が眉をひそめながら、暦に目をやる。


 暦はばつが悪そうにうつむいてしまっている。


 うん、まあそりゃツッコミは入るよな。


「彼女はうちで預かっている……というか、住む場所が見つかるまで保護させていただいてます」


「保護? 彼女は保護施設に移ったことになっています。そのため、家財などの移送も行ったと報告がありましたが」


「保護施設……?」


 そんなの一言も聞いてないぞ。

 さっきの男とのやり取りでも、その単語は出ていない。


「すみません。何かの間違いではないでしょうか?」


「いえ、こちらの書類には確かに……」


 白根が書類を出す。


 保護施設への入所同意書。

 本人署名欄には、浅葱暦の名前が記されていた。


「私、こんなもの知りません……」


 だろうな。

 だが、協会の構造は見えてきたな。


「白根さん。先ほど、彼女の家財が保護施設へ移送されたとおっしゃられましたが、ご自身の目で確認はされましたか?」


「いえ、移送先の確認まではできていません」


 白根は、書類と暦を見比べる。

 それから、静かに息を吐いた。


「……状況を確認させてください」


 白根は、暦に向き直った。


「浅葱さん。あなたは、この同意書に署名した覚えがありますか?」


「ありません」


 暦は、小さく、けれどはっきりと答えた。


「保護施設への入所について、説明を受けましたか?」


「受けていません」


「家財や仕事道具を、一時預かりとして運び出すことについては?」


「知りませんでした。家に帰ったら、勝手に……」


 そこで、暦の声が途切れる。


 膝の上で、彼女の指が強く握られていた。

 暦は、自分の知らないところで、勝手に犯罪者みたいな扱いにされていたらしい。


「……実は、書類に不審な点が多く見られたため、先ほど浅葱さんのお宅に確認に行ってきたところでした」


 白根は、湯呑みに視線を落としたまま言った。


「不審な点?」


「はい。まず、処置完了までが早すぎます。異形者の生活安全管理に関する案件は、本来であれば本人確認、家族または家主への聞き取り、代替住居の確認、移送後の生活状況確認まで、いくつもの段階があります」


 白根の声は淡々としている。

 けれど、その淡々とした声の奥に、何かを押し殺しているような硬さがあった。


「浅葱さんの案件では、その多くが書類上だけで処理されていました。もちろん、書類上は整っています。本人に危険性を説明した。家族の同意を得た。家主との調整を済ませた。保護施設への移送準備をした。家財の一時預かりを行った。どれも、項目としては存在しています」


 そこで白根は、少しだけ言葉を止めた。


「ですが、項目が存在することと、それが実際に行われたことは別です」


 暦が、膝の上で指を握りしめる。


 白根はそれを見て、わずかに目を伏せた。


「私の同僚――いえ、先輩が担当した案件は、以前から処置件数が多すぎました。近隣トラブルの解消。危険性の高い異形者の移送。占拠物件の明け渡し。そういった数字だけを見るなら、非常に優秀な職員です」


 数字だけを見るなら。


 その言い方には、明確な棘があった。


「ですが、処置後の確認が薄い。移送されたはずの人が、その後どう暮らしているのか。預かった家財がどこへ行ったのか。仕事道具や端末の保管状況はどうなっているのか。その記録が、いつも曖昧でした」


「それで、浅葱さんの家に?」


「はい。浅葱さんの件は、特に違和感がありました」


 白根は、資料の一枚を指で押さえた。


「十四歳で異形化。その後、不登校。思春期の時期に複数の問題行動あり。書類上の前歴だけ見れば、確かに扱いづらい対象者に見えます」


 暦の肩が、小さく震えた。


「ですが、だからこそ不自然でした。異形化直後のもっとも不安定な時期、ましてや思春期に荒れていた時期の記録は残っている。それ以降、大きな加害事案は確認されていない。それなのに、今になって突然、認知症の老人宅に娘と偽って住み着いたという報告が上がっている」


 白根は、静かに首を横に振った。


「行動の質が違いすぎます」


「そんな、私、お母さんと住んでたのに……」


 暦が、かすれた声で呟いた。

 部屋の空気が、さらに重くなる。


 俺は何も言えなかった。


 たぶん、白根は白根で、見たくないものを見ようとしている。


「それで現地を確認しました。浅葱さんの旧住所は留守でした。郵便受けには郵便物が溜まっていました。生活の気配は薄く、近隣住民からは数日前にトラックが来て荷物を運び出していたという話も聞けました」


 白根の指が、資料の端を強く押さえる。

 白根の言葉に、暦はさらに目を見開いた。

 自分の荷物がどこに行ったのか、本人である彼女さえ知らされていなかったのだ。


「保護施設へ移ったという通達は、確かに今朝届いています。ですが、現地の状況と照らし合わせると、あまりにも雑です。まるで、先に結論だけを作って、あとから辻褄を合わせようとしているようでした」


「……それで、さっきの現場に?」


「はい。帰り道でした。そこで、網代さんの声が聞こえました」


 白根が、こちらを見る。


「そして、生活安全管理業者が別の異形者の家財を運び出そうとしていた。浅葱さんの件と、ほとんど同じ構図です。さらに、私が名刺を出そうとした瞬間、業者は撤収しました」


 白根は、そこで初めてはっきりと眉をひそめた。


「正当な処置であれば、逃げる必要はありません」


 その一言で、部屋の温度が少し下がった気がした。


「現時点で断定はできません。ですが、少なくとも、私の同僚が提出した報告書をそのまま信用することはできません」


 白根は、暦に向き直る。


「浅葱さん」


「は、はい」


「この件について、協会職員としてお詫びします。あなたの意思確認が十分に行われなかった可能性が高い。家財や仕事道具の扱いにも、重大な問題があると考えています」


「い、いえ、わたしは、大丈夫ですから」


 いや、大丈夫ではないだろ。


「ただし」


 白根の視線が、今度はこちらに向いた。


「網代さん。あなたが浅葱さんを保護していることも、制度上は問題があります」


「ですよね」


 分かっていた。


 分かっていたけど、言われると胃にくる。


「ですが、少なくとも、本人意思確認なしの移送や家財回収は看過できません。先ほどの業者の動きも含め、これは協会内部で確認する必要があります」


 白根は、湯呑みには手をつけないまま、静かに言った。


「私は、あなたを全面的に信用したわけではありません」


「でしょうね」


「ですが、あの業者と、私の同僚の報告書を、そのまま信用することもできません」


 白根の声は冷静だった。


 冷静だったが、その奥には怒りがあった。


「まずは、事実関係を整理します」


 うーん。

 かなり公平というか、芯が強い人だ。

 あわよくばこちら側に引き込めないかと考えていたが、無理そうだな。


「あの、お母さんはどこに……?」


 暦が、不安そうにそう尋ねた。


 そういえば、暦は母親と二人暮らしだったと聞いている。

 だが、先ほどの話では家はもぬけの殻になっていたような言い回しだった。


 これはいったい?


「私のほうからはなんとも……。ですが、先ほども申した通り、家に誰かが住んでいる様子は……」


 さらに空気が重くなった。

 コアちゃん、空気をなんとか……って、外で何か見てるな。


 こっちに興味を持っている様子がない。


 いつもは興味津々のくせに……。


「そういえば、先ほど聞きたいことがあるとのことでしたが」


「半分は、彼女――浅葱さんの現状についてだったので、そちらは解決しました」


「半分? 残りは?」


「終息迷宮の制度について」


 白根の目が、わずかに細くなった。

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