第40話 トラウマはいつだってそこに
俺は、コアちゃんが本を抱え、暦と一緒に歩いているのを後ろから眺めていた。
なんとか、制度の穴は見つけた。
とりあえず、これで賃貸化計画は息を吹き返したと言っていい。
鐘々に調達を頼んだアレが手に入れば、うまくいけば許可が下りるだろう。
あとは、豆腐建築のレベルを上げていけば、目標までたどり着く。
……たどり着けたらいいなぁ。
しかし、鐘々ならなんとかなるだろうと思って無茶振りしたが、あいつ、二つ返事で引き受けたな……。
あいつ、こっちの知らないところで物を売ってきたりもしているし、謎が多い。
あとで裏切ったりしないよな?
なんか、そういうキャラになってないよな?
頼りになる。
頼りになるが、頼りになりすぎて不安になる。
ゲームなら、後半で離脱するタイプのお助けキャラのポジションじゃないかな、鐘々は。
まぁ、こちとら現在、無職の集団である。ある意味では無敵の集団と言い換えてもいいだろう。
怖いものはない――いや、借金取りとか怖いものはあるけど。
暦とコアちゃんは、何か楽しげに話している。
暦の表情は、公園で見つけたときとは雲泥の差だ。
コアちゃんには、癒しのオーラでも出ているのだろうか?
いや、そもそもコアちゃんは異形への差別をしないからな。
コアちゃんにとっては、俺も鐘々も暦も、みんな等しく「人間」という、欲を提供してくれる生き物なのだろう。
それが、普段から差別を受ける異形の人々にとっては、心地よく話せる相手になるのかもしれない。
「何をするんだ! やめろ!」
声のしたほうに、目をやる。
そのとき、暦の顔が強張り、その大きな一つの瞳が見開かれていることに気づいた。
視線の先には、トラック。
作業着の男たち。
大柄な異形の男。
そして、トラックに積み込まれている最中の家財道具があった。
暦が話してくれた、自身に起きたものと同じ光景だった。
言い合いが聞こえてくる。
「危険性が高い」
「近隣から不安の声が出ている」
「家主の同意は取っている」
お決まりのテンプレートだ。
暦の顔が陰る。
自分と重ねているのだろう。
身体が震え、顔から血の気が引いている。
ちょっとマズいな。
大柄な異形の男性は、仕事道具だけは返してほしい、自分はまだ仕事ができると訴えている。
完全に暦のときと同じだ。
すべてを奪い、社会からも弾き出す。
あとは仕事を失ったこの男が探索者なりになって、そのままダンジョンで消息を絶ってくれれば万々歳とでも考えているのだろうか?
無視して、この場を立ち去る。
見なかったふりをする。
それが、この場における最適解だろう。
もし、鐘々や暦のように我が家に転がり込むことになってみろ。哀愁漂う我が家はもう部屋も満員。
ましてや彼は男だ。
俺はともかくとして、三人のことを考えれば、招き入れるのは悪手だろう。
それならダンジョンの豆腐に案内するか?
いや、まだ許可をもらっていない。
その手はずを整える準備もまだだ。
そもそも初対面の相手を招き入れるようなものではない。初対面の怪人とか招き入れたけど……いまは置いておく。
それに、いま彼をダンジョンに入れれば、俺が処分の対象になる可能性がある。
ここで俺が下手を打てば、三人にも被害が及ぶ。
なんだって、こんなにもいつも準備が足りてないのに――。
前髪で大きな瞳を隠した、震えている少女が目に入った。
雨の降る中、公園で絶望に打ちひしがれていた、あの姿を思い出した。
終息迷宮制度の穴は確信している。
ともすれば、終息迷宮への第三者立ち入りは全面禁止ではない――理論上は。
大丈夫だ。
腹を括れ。
「すまない、ちょっといいか?」
暦が驚いている。
コアちゃんは……なんで笑顔を浮かべてるんですかねぇ。
「すみません。ちょっと職業柄、気になる言葉が聞こえてしまって……あの、こちらの道具なんですけど、持ち主である本人が拒否している以上、それは任意の一時預かりとは言えないのではないでしょうか?」
職業柄。
元、だけどな。
「どなたか存じませんが、こちらは家主の許可を得ていますので」
「家主の許可は関係ないですよ。家財の所有者は家主ではなく、本人でしょう。本人の同意なく、本人の仕事道具や端末を持ち出すのは、普通に問題があります」
男たちが、うざそうに顔を歪める。
効いてる効いてる。
「生活安全管理契約に基づく処置なら、本人への説明記録、代替住居の受け入れ確認書、仕事道具の保管記録を見せていただけますか? 最近、この近所でそういう名目の詐欺が横行していると注意喚起が出ていましてね。さすがに見て見ぬふりはできないといいますか」
「関係ない一般人は下がれ」
「あ、それでしたら警察を呼びましょう」
「いや、それは待て」
「いえいえ、こういうときのために税金を払っているんですから、存分に協力していただきましょう。そのほうがお互い冷静に話せますし、ね?」
まずいな。
まずは、この場だけでも去ってくれればいいんだが……。
◇
先輩の出した処置完了報告は、やはり不審な点が多すぎる。
というより、彼の案件は、明らかに数が多すぎる。
異形が問題を起こして保護住宅に送られる。
これはいい。
だが、いくら何でも頻度が多すぎる。
異形の数は、千人に一人程度の割合。
それも事件を起こすなら、異形になってから半年以内の精神的に不安定な時期がほとんどだ。
少なくとも、この浅葱暦――十四歳で異形になり、その後は不登校。とある。
現在の年齢を考えれば、自分から問題を起こすとは考えにくい。
いや、その前歴が随分と《《アレ》》だが、だからこそ気になる。
異形になってからの半年、ましてや思春期の荒れていた時期に問題を起こしていた少女が、今になって認知症の老人宅に娘と偽って住み着く。
行動の質が違いすぎる。
保護施設に行ったという通達は、確かに今朝届いた。
だが、信用はできない。
気になったため、こうして足を運んだが……家は留守のようだった。
郵便受けにも郵便物が溜まっており、生活しているのか怪しいところだ。
隣人に話を聞いたが、数日前にトラックが来て、引っ越しをしていたとか言っていた。
おそらく、保護施設への移動のことだろう。
なんだろうか。
やはり、何かチグハグなものを感じる。
子供が悪いテストの答案を無理やり隠しているような、雑な隠蔽。
いや、なんとなく気付いている。
だが、そこまで腐っていたのかと思いたくない。
もし、そうなのだとしたら、先輩だけではなく、協会そのものが――。
「……以上、それは任意の一時預かりとは言えないのではないでしょうか?」
最近聞いた声がした。
曲がり角の先へ、視線を向ける。
あれは、昨日の青年。
網代駆。
そして――浅葱暦?
手元の資料にある、異形化した際の証明写真と照らし合わせる。
写真の頃より少し大人びてはいる。
けれど、特徴は一致していた。
彼女は、保護施設に移動になったはずだ。
それが、なぜ網代と……?
いや、それよりも、あの業者。
記憶にある。
協会に何度か出入りしている引っ越し業者だ。
それが、なぜこんなところで網代と口論を?
あの大男――オーガ種か。
何か問題を起こした?
だが、そんな話は聞いていない。
疑問が尽きない。
けれど、まずは話を聞いてみよう。
職務上、確認する必要がある。
私が近づいてきたことに、業者の男は驚いている様子だった。
それと、彼。
網代も。
「すみません。私、こういうものですが」
名刺を出そうとした、その瞬間だった。
「いやー、すみませんね。確かにお兄さんの言う通りです。それじゃあ、今回は勘違いということで……ほら、お前ら、撤収だ!」
「え、ちょっと待ちなさい!」
業者の男たちは、私が来た途端に、悪戯が見つかった子供のように雑な言い訳を残して車に乗り、そのまま消えていった。
「なんだったの……?」
「あの、どうしてここに」
声のしたほうを向く。
網代駆。
終息迷宮の管理者。
そして。
浅葱暦。
保護施設に送られたはずの少女。
決して交わることのないであろう組み合わせが、そこにはあった。
「……浅葱暦さん?」




