第37話 賃貸化計画死亡確認!
玄関の前には、役場の職員――ではなく、一人の女性が立っていた。
きっちりと切り揃えた黒髪のショートボブ。
眼鏡の奥に、隙のない視線。
いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンである。
「私はこういう者です。本日はよろしくお願いします」
ご丁寧に名刺を渡された。
異形居住安全審査協会
北関東支部
居住適合判定課
主任審査員
白根律花
名刺には、確かにそう印字されている。
……白根律花。
あの資料を監修したやつか。
どこから嗅ぎ付けたのだろうか?
「あ、網代。久しぶり」
白根の後ろから、バツの悪そうな役場の職員が顔を出した。
先輩だった。
いや、いまは先輩でもなんでもないのだが。
どうやら、今回の現地確認担当者は旧先輩になったらしい。
なんとも気まずい人選である。
とりあえず、俺は二人を迷宮まで案内することにした。
倉庫の扉の前。
そこで旧先輩は、通常の現地確認として、しどろもどろに迷宮の危険度の測り方や、魔物の危険性について説明し始めた。
シャキッとしてほしい。
元後輩として、かなりいたたまれない。
とりあえず、こちらからは事前情報として、魔物も資源も特に見当たらない草原の迷宮であることを説明することにした。
――のだが。
「提出された資料で、すでに拝見しています」
白根律花が、淡々と俺の言葉を遮った。
「確認したいことがありますので、迷宮の中に入れていただけますか?」
まあ、見てもらったほうが早いか。
向こうは、もう提出書類をきっちりチェック済み。
おそらく、俺についても調査済みだろう。
俺の個人情報、だだ漏れだもんな。
俺は倉庫の扉を開き、二人をコアちゃんダンジョンへ招き入れた。
二人とも、眼前に広がる地平線に驚いているようだった。
実際、この景色はいいんだよな。
これしかないんだけど。
白根が指示を出し、旧先輩がドローンを飛ばす。
やはりそうなるよな。
想像していたとおりである。
ドローンは空高く舞い上がり、手元の機械にはカメラの映像が映っている。
旧先輩は記録を取り、紙に何やら書き込んでいた。
「本当に魔物がいないんですね……」
「ええ、そうなんですよ。おかげで管理も楽ができそうです」
「そうですね。それも数年で終わるでしょうし、楽な管理になるのは間違いないですね」
うん?
「数年で終わる……とは?」
「これは、あまり知られていないことなのですが」
白根律花は、草原の向こうを見つめたまま言った。
「魔物が確認されない迷宮は、少なくとも確認されている事例では、数年以内に消失しています」
ダンジョンは、魔物――欲望がなければ機能を停止する。欲望を生み出す生物が必要になる。
そうだ――そのとおりだ。
「資源、鉱石類などになりますが、それらが確認できる場合、地中に魔物がいるケースもあります。ですが……この迷宮には、特に地面の異常も見られません。どこまでも続く、同じ景色です。地中に魔物がいるときに見られる隆起はみられません」
「あ、あの、魔物がいないと迷宮が消失するというのは?」
旧先輩が、俺より先に聞いた。
ナイスだ。いまだけは、いい質問だ。
「仮説です」
白根は即答した。
「迷宮維持には、魔物の生存、あるいはそれによる何らかの循環が必要なのではないか、と言われています。そのため、このような迷宮は終息迷宮として扱われ、一般立ち入りや継続利用は制限される方向で判断されます」
最悪だ。
他に消えるダンジョンがあったのは知っていたのに、このことに思い至らなかった。
「見た目は危険がなさそうな迷宮でも、このような危険があることは知っておくべきです。もちろん、これは終息迷宮に該当する可能性のある迷宮を申請された方に対して行う、通常の説明でもありますが」
確かに、いつ消えるかも分からないダンジョンは、危険以外の何ものでもないだろう。
俺はこのダンジョンが消えないことを知っている。
だが、その根拠を伝える術がない。
「加えて……そうですね。あくまで例の話なのですが」
背中を冷たいものが流れていく。
「ダンジョン事変以降、人が迷宮内に居住を構えた例は数多く報告されています。特に、異形になった方の事例は多いですね」
白根は、こちらを見た。
「多くは、魔物に襲われて死亡、または行方不明。迷宮そのものが消失した際に巻き込まれ、所在不明となった例も報告されています」
反論できない。
伝える根拠を伝えたら、詰みなのだ。
「このような何もない迷宮でも、油断してキャンプを行い、そのまま消えてしまう、ということもなくはありません。お気をつけください」
つまるところ、この戦いは――。
「結論としましては、迷宮の管理自体に大きな問題はありません。ただし、管理者である網代さんの立ち入りは別として、第三者の立ち入りが確認された場合、指導または処分の対象になります」
――最初から詰んでいたのだ。
ダンジョン賃貸化計画は、始まる前から潰された。
◇
白根たちを見送ったあと、俺はすぐさまダンジョンへ向かった。
虚空に向かって、コアちゃんに移動を頼む。
ぐにゃりと足元が歪み、視界がぶれる。
次に視界が戻ったとき、目の前には豆腐一号があった。
大柄異形向け仮住居一号。
別名、豆腐。
あるいは、座敷牢。
ついさっきまで、俺たちの未来を切り開くはずだった建物である。
今となっては、未来どころか違反物件である。
豆腐一号の中に入ると、ムキーッと騒いでいる鐘々がいた。
こちらに駆け寄ってくるコアちゃんもいる。
暦は、メモを見ながら何かを考え込んでいた。
三者三様のありさまだったが、全員に動揺が見て取れた。
「すまん。完全に俺のミスだ」
俺は、まず謝った。
魔物がいないから安全だと思っていた。
だが制度上は、魔物がいないからこそ「数年で消える不安定迷宮」扱いになる。
まさか、仮説レベルの話が、すでに制度判断に組み込まれているとは思わなかった。
コアちゃんダンジョンは、外部評価上、人を住まわせる場所としては最悪に近い。
「なんなのよ、あの女は! 私たちの計画を潰してくれちゃってさー!」
「完全に向こうのペースでしたね……」
「仕方がない。向こうの指摘は間違いじゃないんだ」
悔しいが、本当にそうなのだ。
コアちゃんのことで麻痺していたが、確かに人知れず消えるダンジョンはある。
それは俺も知っていた。
だけど、その理由が仮説とはいえ、ここまで制度に組み込まれているとは思っていなかった。
「それはそうだけどさ」
鐘々は腕を組み、頬を膨らませる。
「確かに、消えるかもしれない場所に人を住まわせてお金を取りますとか、灰島たちよりやばいことしてるなとは思うよ? でも、ここは違うじゃん」
「妾は消えぬぞ」
コアちゃんが、俺の胸元に抱きついていた顔を離し、簡潔にそれだけ伝えてきた。
「知ってる。知ってるけど、伝えたら別の方向で詰む」
コアちゃんは消えない。
少なくとも、俺たちはそう信じられる。
だが、それを証明するには、コアちゃんが普通のダンジョンではないことを明かさなければならない。
ダンジョンに意思があること。
欲望を食べて維持されていること。
人型端末まで存在していること。
そんなものを外に出せるわけがない。
「異形になった方で、ダンジョンに住み着いた人がいた……って言っていましたね」
暦が、ぽつりと言った。
「ああ」
「私たちは、車輪の再開発に浮かれていた、ということでしょうか」
「言い方はきついが、まあ、そういうことだな」
前例はあった。
そして、その多くは失敗していた。
ダンジョンに人が住む。
その発想自体は、別に俺たちが初めてではなかったのだ。
初めてではないからこそ、失敗例も制度もある。
俺たちは、その失敗例を知らずに、豆腐を建てて喜んでいたわけである。
つらい。
「いやでも、コアちゃんは例外だから……どうすればいいんだろうね? 魔物連れてくる?」
鐘々が言う。
「それだと、住むには危険なのでは……」
暦が冷静に返した。
「それは本当にそう」
鐘々も、すぐに頷く。
小型の安全な魔物を入れる。
迷宮維持のための生態系を作る。
発想としてはありなのかもしれない。
だが、それは別の危険を呼ぶ。
賃貸物件に魔物を放つな。
言葉にすると、あまりにも当たり前だった。
「そうだな……とりあえず、プランAは一度、企画を停止せざるを得ないな」
「本当に通らないね、プランA」
鐘々がしみじみと言った。
「あの、プランAって?」
暦が控えめに尋ねてくる。
「プランアパートメント」
「え、アパートメントのAだったの?」
「いま考えた」
「適当すぎ」
「いいんだよ、別に」
そう。このままだと賃貸にはできない。
ダンジョン賃貸化計画は、制度上、完全に死んだ。
だが、魔物がいない迷宮でも消えていないものはないだろうか?
欲望を供給する存在さえいれば、ダンジョンは消えることがない。
それを、コアちゃんシステム以外での例外として見つけることができれば。
そして、外部に説明可能な形で再現できれば。
コアちゃんの秘密を明かさずに、このダンジョンの維持を説明する道が生まれるかもしれない。
「少し、調べることができたな……」
「お、なんか悪いこと考えてそうだね」
鐘々が、にやりと笑う。
「ま、まだ何かやるつもりなんですか?」
暦は不安そうだ。
「諦めたら、そこで試合終了だ」
「急にスポーツ漫画みたいなこと言い出した」
「鐘々、お前も何か考えてるな?」
「私のは、たぶん通らないと思うよ? というか、まず終息迷宮の制度のことを知りたいかな。抜け道を見つけられるかも」
「それは俺も考えていた。鐘々のマネーセンサーなら、別の切り口も見つけられるかもな」
「照れるね」
「褒めてるわけじゃないぞ」
とりあえず、このままでは何もできない。
賃貸は無理。
第三者を入れることも危ない。
一時避難ですら、今のままでは指導や処分の対象になりかねない。
だが、完全な詰みというのは、これ以上動けないことを指す。
まだ調べられる。
まだ考えられる。
まだ、制度の隙間を探すことはできる。
ならば――動けなくなるまで、ジタバタさせてもらおうじゃないか。




