第36話 早すぎるダンジョン訪問
本当に疲れた。
楽しいショッピングを終えて、ようやく家に着いた。
女性陣にとっては楽しいショッピングだったのだろう。
俺にとっては、両手いっぱいの紙袋を抱え、試着の感想を求められ、下着売り場で社会的な死を覚悟し、最後に灰島とエンカウントするという、精神的な耐久試験であった。
灰島に出会ったことで精神的に削られたのは事実だ。
事実なのだが……それよりも、女たちのショッピングによる消耗のほうが大きいのはいかがなものか。
和室では、買ってきた紙袋の中身を広げ、暦がタグを取りながら整理している。
コアちゃんも、それを手伝っていた。
「これは、どこに仕舞えばよいのじゃ?」
「えっと、衣装ケースがまだないので、いったん種類ごとに分けましょう」
衣装ケースは、これからコアちゃんの中で生成する手筈になっている。
暦によるミニチュア作成は非常に助かる。
見本さえあれば、俺の欲望とコアちゃんの生成で、かなり実用品に近いものを作れることは分かっている。
我が家のくたびれた布団も、新しい布団に姿を変え、人数分、量産済みだ。
家具に関しては、暦と俺とコアちゃんのコンボで、今後どんどん充実させていくことで話はついている。
こうして見ると、生活は少しずつ整ってきている。
俺は台所で汲んできた水道水を飲みながら、二人の様子を眺めていた。
すると、鐘々がなにやら封筒を持ってやってくる。
「おにーさん、ちょっと真面目な話いいかな?」
その声に、いつもの軽さはあまりなかった――緊張が伝わる。
俺はコップを置き、鐘々の手元にある封筒を見る。
差出人には、馴染みのある役場の名前があった。
余計に不信感が募る。
役場からの手紙で、まともな知らせが届いた記憶がない。
いや、俺があそこの元役場職員だからこそ分かる。
あそこの役場から届く手紙は、だいたい人を面倒事に巻き込む不幸の手紙みたいなものだ。
封筒を開け、中身を確認する。
内容は、コアちゃんダンジョンの現地確認についてだった。
民間管理迷宮申請に基づき、近日中に現地確認を行う。
そう書かれている。
「あまりにも早すぎる」
思わず声が出た。
役場経由にしては、異常な速度だ。
役所の手続きは、そんなに早く進まない。
書類確認。
担当課への回覧。
そこで一度、担当者の机の上で止まる。
次に、ボトルネックになっている上長確認。
そこでまた止まる。
さらに日程調整。
誰もやりたがらない現地確認担当者の決定。
担当者による通知文作成。
その途中で、担当者が休みだったり、押印欄が一つ足りなかったり、関係課への照会が必要になったりして、当然のように止まる。
普通なら、もっと時間がかかる。
というか、常に足を引っ張り合っているあそこの役場なら、もっと時間がかかるはずだ。
少なくとも、こちらが忘れた頃に「書類に不備があります」と連絡してくるくらいの速度感である。
それなのに、現地確認が早すぎる。
誰かが急がせたのか?
そう考えると、嫌なほど辻褄が合ってしまう。
俺は備考欄に目をやった。
そこに、短く一文が記されていた。
"異形居住安全審査協会への照会あり"
なるほど?
俺は、灰島の言葉を思い出していた。
"異形居住安全審査協会"
いつから目をつけられていた?
そもそも俺は、まだダンジョンに人を住まわせる計画を漏らした覚えはない。
「鐘々。一旦、コアちゃんの中に行こう。全員集めてだ」
「緊急会議ね。了解」
鐘々の表情が、すぐに切り替わった。
そんなわけで、俺たちは豆腐一号の中に集合した。
大柄異形向け仮住居一号。
別名、豆腐。
あるいは、座敷牢。
住むには難しいこの建物だが、会議をするには向いているかもしれない。
無駄に広いし、声は響くし、椅子と机を並べれば公民館の集会室みたいに使えそうだ。
問題は、これを見られたら即座に疑いの目を向けられることだろう。
作ったホワイトボードや、生成した家具の試作品たちも、この中に持ち込んでいる。
現地確認の担当者が草原に入ってきて、これを発見した場合――終わる。
「民間管理迷宮の低危険度草原型」として申請したはずなのに、内部にでかい豆腐型の建築物があるのだ。
これを説明するには、コアちゃんの生成能力を明かさなくてはならない。
ならば無理である。
見せた瞬間、手がつけられない大ごとになるのが目に見えている。
「コアちゃん。この建物を、見えない場所に移動させたいんだけどいいかな?」
見られたら駄目なものは、建物ごと別の場所に移動させる。
発想としては単純だ……だが、隠す場所が問題である。
ダンジョン内の調査では、魔物の分布を調べるためにドローンを持ち出すことがある。
この草原でドローンを飛ばされれば、距離を離していても発見される可能性が高い。
というか、絶対に目立つだろ、草原の中にポンと立つでかい豆腐は。
「まあ、隠さないとまずいよね」
鐘々があっさり言った。
「言っておくが隠蔽じゃないからな? 趣味で作った建築物なんか恥ずかしいので見られたくないだけだ。いいね?」
「いや、完全に隠蔽じゃん」
「違う。未整理情報の整理だ」
「言い方を変えると、より黒く聞こえるよ?」
やめろ。
それは俺も少し思った。
「あの、でも、どこに隠すんですか?」
暦が不安そうに豆腐一号の天井を見上げる。
高いなぁ……。
こうしてみると開放感があるといえるかもしれない。
「そもそも、こんな大きいもの、運べないですよ?」
「移動は簡単にできるんだよ。コアちゃんだから。問題は隠し場所だが……」
「妾の奥はどうじゃ?」
コアちゃんが言った。
「主が望まぬ限り、入る手立てはないぞ?」
「奥? どゆこと?」
鐘々が首を傾げる。
「あー、あそこか……確かにあそこなら、上から見下ろしても絶対に見つからないな」
「あの、どういうことでしょうか?」
「コアちゃんのコアがある洞窟があるんだ。特定の落とし穴から落ちないと入ることができない、秘密の場所だ」
「それは違うぞ、主」
コアちゃんが、きょとんとした顔で否定した。
「あれは主が望んだから道を開いただけじゃ。普段は、どうやっても入れぬよ」
「マジか……」
俺は思わず固まった。
つまり、俺が落とし穴からコアちゃんのコアへ辿り着いたのは、そういう構造だったからではない。
俺が望んだから、コアちゃんが道を開いた。
俺の体験は、通常ルールではなかったのだ。
「ん? なあ、それ変じゃないか?」
「変とは?」
「いや、他のダンジョンの話だけど、探索者がコアを破壊しに行くことも珍しくない。だけど、コアに辿り着けないなんて話は聞いたことがない」
ダンジョンのコアが壊されると、ダンジョンは死ぬ。
なら、なぜ他のダンジョンはコアを絶対に見つからない場所へ隠しておかないのか。
少なくとも、コアちゃんのような意思がある生き物なら、そうするはずだ。
「欲望を食べるからじゃよ」
コアちゃんは、あっさりと言った。
「例えば、侵入者が『財宝が欲しい』と願えば、財宝へ向かう道を作るし、財宝を産み出す。侵入者が『出口へ行きたい』と願えば、出口へ導く」
「まあ、それは分かる」
「そして、侵入者が『コアを壊したい』『コアの場所へ辿り着きたい』と強く願えば、ダンジョンはその欲望に沿って、コアへの道を開くのじゃ」
俺は頭を抱えた。
「絶滅するだろ、そんな生物。欠陥がでかすぎる」
「人間が特殊なのじゃ」
コアちゃんは、不思議そうに首を傾げる。
「普通の生き物は、そこまで強く特定の何かを欲し続けぬ。そもそも、コアを破壊しようなんて考えたのは人間くらいじゃ」
「魔物は……そうですよね。自分から住みかを壊そうなんてしませんよね」
暦が小さく頷いた。
「ねぇ、コアちゃんもそういうことしちゃうの?」
鐘々が聞く。
軽い口調ではあったが、その目は真面目だった。
「妾はやらぬよ」
コアちゃんは、はっきりと言った。
「妾は主に明確な意思を与えられ、様々なことを学んでおる。自ら死に向かうことはせんと約束するぞ」
安心した。
本当に、安心した。
だが同時に、寒気もした。
この会話で、コアちゃんがかなり特殊な存在だと改めて分かった。
普通のダンジョンは、欲望を叶えることを本能的に止められない。
いや、そもそも選別する自我がないのかもしれない。
欲望を餌として食べ、道筋として処理し、結果として自分を殺す者にすら道を開いてしまう。
だが、コアちゃんは違う。
俺たちと会話し、学び、断ることを覚えつつある。
自我が強くなってきているのだ。
それは、喜ぶべきことなのだろう。
コアちゃんが自ら死に向かわないと約束してくれたことは、たしかに救いだ。
だが。
普通のダンジョンが本能で動く獣だとするなら、コアちゃんは学習するダンジョンだ。
そんなものを、他の人間、ましてや役場や自治体に見せていいわけがない。
もし見つかれば……欲望システムの悪用、兵器転用、研究対象……いくらでも不穏な単語が浮かんでくる。
――だが、本当に隠さなければならないのは、コアちゃん自身の特異性なのかもしれない。
コアちゃんは唯一無二の存在だ――だが、それは普通のダンジョンよりも危険な存在になりつつある、ということなのではないだろうか?
◇
とりあえず豆腐一号を、さくっと洞窟の中へ移動した。
巨大建築に対して使う言葉ではない気がするが、コアちゃんだから仕方ない。
そのあとは、草原をできるだけ自然な状態に戻す。
トイレ予定地なんて看板、撤去だ撤去。
ちなみに異物についてはコアちゃんに聞けばすぐに分かるので、この辺はサクサク終わった。
効率がよくて結構だ。
現地確認の際には、コアちゃんはこの洞窟でモニターしてもらうことにした。
鐘々と暦も一緒だ。
なんならもう、豆腐一号の中に立派なモニターっぽい何かを作ってある。
これはコアちゃんの一部なので、生成コストはかからない。
もうこれ、秘密基地みたいになってるな。
コアちゃんも、絵本で読んだ忍者の秘密基地みたいだと興奮している。
うん。
忍者についての定義を一度、確かめる必要があるかもしれない。
とりあえず基本は、前回の借金取り対応と同じだ。
ここ、豆腐一号を作戦指令室として、三人にはバックアップを行ってもらう。
それと、コアちゃんを介してちょっとした魔道具を作ってもらった。
魔道具。
特定の現象を、魔力を介して発生させる道具である。
仕組みはよく分からないものが多いが、ダンジョンの欲望機構を知ったいまなら、どうしてこんなものが世に出回ったのかも分からなくもない。
作ってもらったものは、補聴器に似せたトランシーバー。
要は、豆腐一号からの三人のバックアップを受けるための受話器だ。
忘れがちだが、ダンジョンの中には携帯の基地局なんてものはない。
つまり、電話ができないのだ。
トランシーバーを使う手も考えたが、どこで売っているか分からないうえ、スマートフォン用の通話機器はBluetoothが届く範囲でしか使えない。
この地下にある豆腐一号には、どうやっても通話ができないのだ。
そこで、この魔道具の登場と相成ったのである。
仕組み?
知らないよ。
コアちゃんができるって言ってたから、コアちゃんシステムの応用なのだろう。たぶん。
コアちゃんは人間社会を知るにつれ、コアちゃん内部の変形や、できることが増えているように見える。
忍者が出てこないだろうか?
不安になるな。
とりあえず、現地確認担当者への説明は俺が行う。
当然だ。
この家には、俺しか住んでいないことになっている。
民間管理迷宮として、危険性が低いことや、資源採取や魔物出現がほぼないことを説明する。
それだけだ。
しかし、またこんな展開なのか。
また俺のアドリブ劇になるのか。
準備は整ったとはいえ、不安だ。
そう。
役所の現地確認にしては、早すぎる。
誰かが俺たちを見ている。
誰かが急がせている。
こうして、準備を終え、数日後――。
玄関のチャイムが鳴った。




