第22話 無職からのジョブチェンジ
『男の子をメロメロにするテクニック! まずは上目遣いから練習してみましょう!』
教育番組らしからぬ陽気な音声が、朝のリビングに響いていた。テレビの前では、青い髪の少女が正座している。
画面に食いつくような距離だった。
もう少し離れて見なさい、と言いかけて、俺は口を閉じる。
彼女は人間ではない――ダンジョンだ。
視力が悪くなるのか、そもそも眼球の構造がテレビ視聴に対応しているのか、医学的にも迷宮学的にも判断がつかない。
いや、それ以前に。それ以前にだ。
「……なんで朝からそんな番組を見てるんだ」
男の子をメロメロにするテクニック? どこだそんな妄言を朝から吐いているチャンネルは? 本当にテレビ番組か? 俺が尋ねると、コアちゃんは振り向きもせずに答えた。
「主が言ったではないか。人間の勉強をするためにテレビを見ろと」
「それはわかっている。どこのテレビ局だ? 俺はMHKの教育番組を見ろと言ったはずだ」
「MHKの教育番組じゃぞ?」
どうやら、この町の倫理観だけでなく、日本全土の倫理観がおかしくなっているらしい。
こんなのを教育番組として流すな。……いや、少子化が社会問題になっているし、これが正解なのか?
「コアちゃんに構ってないで、ほらお兄さん、こっち」
灰島たちとの攻防の翌日、つまり今日。
俺たちは、次の作戦のために古びたこたつ机という名の円卓を囲んで、円卓会議の真っ最中だ――いや、これから始めるところなのだが。
「ああ、ごめん。ついツッコミを入れたくなって……」
あんな破天荒な教育番組があるとは思っていなかったのだ。
不可抗力である。誰だってツッコミをいれるだろう、あんなの。俺は無実だよ。
「まず、これからやるべきことだが……コアちゃんのダンジョンを正式に登録する」
「それ、大丈夫なの?」
「問題ない。そもそも俺がコアちゃんを登録したくなかったのは、登録した瞬間に役所がここを押さえに来ると思っていたからだ」
俺は、こたつ机の上に広げた書類を指で叩いた。そこには昨夜、眠気と戦いながら作った申請用のメモがある。
文字数だけは立派だ。中身は、役所に出すための建前と、役所に出したらまずい本音が混在している。
「未登録のダンジョンは、発覚した時点で野生迷宮扱いになる。入口が民有地にある場合、まず土地所有者に管理責任が来る。つまり俺だ」
「お兄さん、そういうの詳しいよね」
「元職場のせいでな」
好きで覚えた知識ではない。
住民から怒鳴られ、上司から投げられ、担当部署間で押しつけ合われた案件を処理するために、嫌でも覚えた知識である。
「ただし、ダンジョンが見つかったからといって、全部が役所に接収されるわけじゃない。危険度が低く、外に魔物が出ず、魔素漏出も管理できて、資源価値も低いと判断されれば、民間管理登録で済む」
「なるほどね」
鐘々が、こたつに頬杖をついたまま聞き返した。
「魔石、希少鉱物、薬草、魔導金属、貴重な魔物素材。そういうものが定期的に出るダンジョンは、役所が押さえたがる。正確には、役所そのものというより、上の部署や外郭団体や、利権の匂いに敏感な連中が寄ってくる」
「つまり、カネが出るとまずいのか?」
コアちゃんが首をかしげた。
テレビでは、上目遣いの練習が次の段階に入っていた。頼むから今はその動きを真似しないでほしい。
「昨日、灰島たちとの話し合いでも言ったが、金はかなりまずい。出すなら俺がその辺の資格を取得してからだ」
勉強をしないといけないから、せめて三か月は待ってほしい。
三か月勉強すればいけると思う。貴金属持ち出しに関する認定探索者資格の試験がペーパーテストだけに限定するならの話だが。
「コアちゃん、お前は今、非常に都合がいい状態なんだ」
「都合がいい?」
「枯れている」
「む」
コアちゃんの眉が寄った。
少し言い方が悪かったかもしれない。だが、ここは誤魔化しても仕方がない。
「入口の向こうは草原ばかり。魔物はいない。いるのは小さな虫くらい。何時間歩いても鉱脈も魔石も薬草も見つからない。水源も微妙。おそらくだが、土も痩せているだろう。ともすれば農作にも向かない」
「なんか、すごく駄目な言い方をされておる」
「その通りだ。役所にはそう見せる」
俺は書類の一枚を持ち上げた。
そこには、俺が考えた登録方針が箇条書きで並んでいる。
「役所が予算と人員を使って押さえに来るのは、危険なダンジョンか、金になるダンジョンだ。例外もあるが、基本はこの二点。だが、コアちゃんは違う」
「コアちゃんの価値は高いけど、ダンジョンのほうはちょっとね。宝部屋も今朝にはなくなってたんだっけ?」
「ダンジョンらしい廊下も崩れてたよ」
コアちゃんは少しだけ頬を膨らませた。
「人間だって、ずっと同じ姿勢ではおられんじゃろ」
「それは本当にそう」
俺たちが作った低予算ダンジョンは、今朝、無惨な姿で発見された。
どうやら、ダンジョンそのものを変形させておくだけでもコストの消費があるらしい。いや、コアちゃんの言い方を考えるなら、コストというよりも同じ姿勢を保つのがキツい――動くなと言われているようなものだ。
そうなると、ダンジョンの中に住んだり、本格的にダンジョンを作ったりするなら、物質として作ってもらう必要があるということだ。
「話を戻すが、役所に見せるのは、コアちゃんが何も食べていない状態だ。つまり、いまの素の状態。草原だけの、危険も資源もないダンジョン。そこだけを見せる」
「いいね。うちのダンジョンのメインコンテンツはコアちゃんだもんね。役所はあくまで、ダンジョンを見に来るんだもんね」
鐘々が言った。
「ああ。これはずるではないし、嘘ではない。コアちゃん単体では、実際にそういうダンジョンなんだ。俺たちはあくまで市民としての義務を果たしているに過ぎない」
そこで一息入れて、これから起こる大問題について相談しなくてはならない。
「さて、ダンジョンの正式登録さえ済んでしまえば、あとから有用なダンジョン資源が出てきても、もううちの認可ですし、でなぁなぁにできる。これで定期的に資金繰りもできるが……」
「なにか問題があるの?」
「おそらく、認可に二週間から三週間以上はかかる。下手するともっとだな」
「は?」
鐘々が、マジかという目で見てくる。
「あのくそ役場の業務スピードからざっと考えた結果だ。というか、これでもかなり希望的観測をいれてある。……俺がいるなら一週間以内に終わらせるが、俺はもう辞めてしまったからな。そして、残念ながら俺くらいに仕事ができる職員はあの課にはいない」
謙遜でもなく、マジである。というか、ここ一年はほぼ俺だけで回していたような状態だ。後任が育っているかはかなり怪しい。
「再就職しなよ」
「お断りだ」
あんな職場、もう絶対に働きたくない。
働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる。
「そこで鐘々に頼みがある」
「あ、もうわかった」
「生活費を……恵んでください……」
俺はその場に平伏。五体投地の姿勢をとった。
そこには、『無職』から『ヒモ』にジョブチェンジした男の姿があった。




