第121話 パソコンごと持ち帰ろうと思う
その部屋の第一印象は、そう。
事務所だった。
デスクにパソコン。壁際の書架には、大量のファイルがずらりと並んでいる。
どう見ても、《何かあります》という雰囲気がビンビンと伝わってくる。
これがクトゥルフ神話TRPGだったら、書架を調べれば誰かの日記なり、研究記録なり、怪しい資料なりが見つかるのだろう。
そんな感じの部屋だ。
そして白根は、俺がそんなことを考えている間に、さっさと物色を開始していた。
書架からファイルを抜き取り、ぱらぱらぱらぱらとものすごい勢いでページをめくっていく。
読めてるのか、あれ?
そのまま眺めていると、白根が突然しかめっ面になり、ファイルへ顔を近づけた。
「あ」
読めてねぇわ、あれ。
異形になって身体は大きく変わったくせに、視力までは回復しなかったらしい。
まあ、白根は任せておくとして……俺はパソコンを調べることにした。
電源ボタンを押す……が、反応なし。
もう一度押してみるが、やはり動かない。
「電源、来てないのか?」
机の下を覗き込み、ケーブルを辿ってみる。
すると、壁のコンセントではなく、少し離れた場所に置かれた機械へと繋がっていた。
「……発電機?」
ポータブルタイプの発電機だ。
つまり、こいつを動かさないとパソコンは使えないらしい。
やっぱり変だな、この施設。
ひとまず、パソコンは後回し。
次に机の引き出しを上から順番に開けていく。
筆記用具にメモ帳。クリップ。お菓子。
……お菓子なんか入れてるんじゃねぇよ。
いや、別にいいんだけど、こんな場所で急に職場みたいな生活感を出されると、なんとなく腹が立つ。
さらに下。
一番大きな引き出しを開ける。
「……あ!」
そこに、見覚えのあるものがあった。
「スマホぉぉぉ!!!」
「な、なんですか!?」
俺の声に驚き、白根がこちらを見る。
だが、そんなことはどうでもいい。
「財布もある!」
家の鍵も!
俺のポケットに入っていた愛用品たちが、ここに!
「よかった……!」
いや、財布と家の鍵を愛用品と呼ぶのもどうかと思うが、今はどうでもいい。
どうやら、俺から取り上げたものをまとめてこの引き出しへ放り込んでおいたらしい。
「何かあったんですか?」
白根がこちらへやってきて、横から引き出しの中を覗き込む。
「俺の荷物があった」
「私のものは……」
白根も中を確認する。
だが――。
「ないですね」
「みたいだな」
ここにあるのは、俺のものだけだ。
ひとまずスマホを手に取り、電源を入れる。
動いた。
「よし」
まず、日付と時刻。
俺の記憶より、一日進んでいる。
時刻は午前一時を少し回ったところ。
つまり、少なくとも誘拐されてから丸一日は経っていない。
次に着信履歴を開く。
「うわ……」
ものすごい数だ。
暦や教授から、何度も何度も着信が入っている。
そりゃそうだ。
俺がいなくなったあと、必死に連絡を取ろうとしていたらしい。
「……ん?」
履歴を遡る。
最後の着信は、十七時十八分。
そこから先は、何もない。
電話もメッセージも、一件も届いていなかった。
画面の上を見る。
電波は――圏外。
「なるほど?」
「何かわかったんですか?」
「だいたい掴めてきたぞ?」
俺はいったん部屋の入口まで戻り、廊下の様子を確認する。
誰もいない。
そのままドアを閉め、内側から鍵をかけた。
「いったん、整理しよう」
「はい」
「まず、ほぼ確定してるのが……ここはダンジョンの中だ」
「ダンジョンの中……」
「ああ。建物の造りを見たときから違和感はあったけど、それも含めて考えると決定的なのがスマホの電波。それと、そのパソコンの電源だ」
白根がパソコンへ目を向け、その先にある発電機を確認する。
「ダンジョンの中には、当然だけど電線なんか来てないからな。ライフラインがない以上、電気が欲しければ自分たちで発電するしかない。加えて、基本的にダンジョンの中まで携帯の電波は届かない」
「なるほど……ダンジョンの中に居住施設を作ろうとして、気づいたんですね?」
「ライフラインはマジで大変なんだよ……」
電気に水道。
人間が生活しようと思えば、必要になるものはいくらでもある。
建物だけ作れば終わり、なんて甘い話ではない。
トイレひとつで俺たちがどれだけ頭を悩ませたことか……。
「まあ、それは置いておいてだ。建物の構造、発電機、圏外。それに、魔物がいない理由も前に話したとおり」
「建物の中へ入れないようにしているだけ……」
「ああ。ここまで揃えば、ほぼ間違いないと思う」
「そうですね。問題は、どこのダンジョンにあるのかですが……」
「俺が大学にいた時間と、着信が途絶えた時間を照らし合わせれば、おおよその見当はつくんじゃないか?」
「大学から、ここまで運ばれた時間を調べるということですか?」
「ああ。場所だけでも、ある程度は絞れそうだ」
「なるほど……」
「その辺りを探るのは、帰ってからになるな」
さて、次にメッセージを確認する。
鐘々とのやり取りを遡っていく。
「…………」
ない。
俺が送ったはずのメッセージが、どこにもない。
「やっぱりか……」
「何がです?」
「鐘々に送ったはずのメッセージがない」
「送ったはず?」
「ああ」
覚えている。
あのカミサマのことを、普通の信者がどこまで知っているのか。
それを追加で調べてほしい。
確かに、そう送った。
だが、履歴には残っていない。
「じゃあ、あの時点ではもう夢の中だったってことか……」
大学を出たこと。
車の中で教授と話したこと。
スーパーへ寄ったこと。
どこからが夢なのかはまだわからないが、少なくとも鐘々へメッセージを送った場面は現実ではない。
「…………ん?」
教授から届いているメッセージの中に、一つ気になるものがあった。
『君に渡したいものがある。無事に帰ってきてほしい』
渡したいもの。
真っ先に思い浮かんだのは、あの手帳だった。
教授が爺さんと一緒にダンジョンへ潜っていた頃につけていた日記。
俺は確かに、それを受け取った――はずなのだが。
「……あれも夢だったのか?」
「どうしました?」
「教授から、爺さんと一緒に行動してた頃の手帳をもらった記憶があるんだ。でも、このメッセージを見る限り、まだ俺に何か渡そうとしてる」
「それが、その手帳だったかもしれないと?」
「たぶんな」
夢と現実が、妙な具合に混ざっている。
教授の研究室へ行ったこと自体は間違いない。
では、どこから先が夢だった?
手帳を見せてもらったところからか。
それとも、それより前?
「……まあ、いいか」
今考えても、答えは出ない。
それよりも、メッセージと着信履歴から、もう一つわかったことがある。
「どうやら……拐われたのは、俺一人みたいだ」
「それは……よかったですね」
「ああ。それで、相談なんだけど」
「はい」
「白根の私物が、ここに持ち込まれてる可能性は?」
「……そうですね」
白根が少し考える。
「あるとしたら、眼鏡……いえ、それも拐われたときに落としたと考えるほうが自然ですね」
「ああ。俺もそう思う」
白根は、自宅で拐われた。
服装は、そのときのままだ。
なら、その身一つでここへ連れてこられたと考えるほうが自然だろう。
財布やスマホをわざわざ部屋から回収し、白根と一緒にここまで運んできて、この施設のどこかへ保管する。
そんなことをする理由が思いつかない。
俺の場合は、大学で連れ去られた。
だからポケットに入っていたものも、そのまま一緒に持ってこられた。
白根の場合は違う。
そして、それは白根にも伝わっているようだった。
「眼鏡くらいですね。ここにある可能性があるとすれば」
「それも低そうだな」
「はい」
これで、俺たちがここに残らなければならない理由は、ほとんどなくなった。
暦たちは無事。
俺の私物も回収した。
白根も連れて帰れる。
なら――。
「で、ここがなんの施設なのかだけど」
そこで書架へ目をやる。
大量のファイル。
うん。
答えは、たぶんそこにある。
「ファイルを調べればわかりそうですが……どうします? 読んでいくんですか?」
「パソコンごと全部持ち帰ろうと思う」
「…………」
一瞬、部屋が静かになった。
「えっ?」




