第120話 振り切れちゃったか
なんというか、薄気味が悪い。
頭に引っかかっているのは、先ほどのリハビリ設備の数々だ。
さっきは、子供じみた陰謀論だと切り捨てた。
だが、どうにも頭から離れてくれない。
ここがもし、本当にダンジョン教の施設だとしたら……良い方向に考えることもできる。
異形になった人たちを一時的に受け入れ、変わってしまった身体に慣れるための訓練をする。
ある程度生活できるようになったら、別の施設へ移す。
そういう場所なのかもしれない。
実際、さっきの白根を見ていれば、ああいう設備が必要なのはよくわかる。
身体が変われば、歩くこと一つとっても今までどおりにはいかない。
なら、異形になった人間のためのリハビリ施設があったって、おかしくはない。
むしろ、あったほうがいい。
問題は——その逆だった場合だ。
もし、あのカミサマの力を利用して、人間を異形に変える手段がすでに存在しているのだとしたら。
あの設備は、異形になってしまった人を助けるためのものではなく、これから異形になる人間のために、あらかじめ用意されたものなんじゃないか?
「いや……」
そこまで考えて、自分で嫌になる。
また陰謀論だ。
そう思いたい。
だが——七築は、少なくとも偶然あの身体になったわけじゃない。
薬を飲まされ身体が動かなくなったところを、風呂場へ連れていかれた。
そして、七築の身体の中からは、あのカミサマへ繋がる大量の因子まで見つかった。
正確な方法までは、まだわかっていない。
だが、人為的に異形化させられた可能性はかなり高い。
そして——俺は、隣を歩く白根へ目をやった。
白根もそうだ。
家へ帰ったら、部屋の中に知らない男がいた。
そこから記憶が途切れて、目を覚ましたらこの施設にいた。
異形になった状態で——。
「…………」
それだけじゃない。
白根は、その前に突然仕事を辞めたことにされていた。
白根自身は、そんなことを知らなかった。
俺たちのダンジョンを審査し、正式に口を挟むことのできる立場にいた人間が、突然仕事を辞め、姿を消し、誘拐され、異形になって——今、ここにいる。
そんな都合のいい偶然が、何個も重なるものだろうか?
偶然。
そう言ってしまえば、それまでだ。
だが、なんというか……。
この辺りも、気持ち悪い。
「どうかしましたか?」
「……いや。なんでもない」
まだ、白根本人に言う話じゃない。
そもそも証拠もないのに、「お前は邪魔だったから異形にされたんじゃないか」なんて言ってどうする。
「それより、ほかに誰もいないのが気味悪いな」
「そうですね……」
そう。
このフロアでも、相変わらず人の気配がまったくない。
廊下を進みながら、ドアを一つずつ開けて中を確認していく。
だが、何も置かれていない部屋が多い。
共通しているのは、どの部屋にも窓がないことくらいか。
七築がいれば、この建物がどれくらい普通じゃないのか聞けたんだけどな。
鐘々なら鐘々で、こういう施設の権利関係とか、怪しい抜け道とかに詳しそうだし。
くそ。
カネえモンが恋しいぜ。
そんなことを考えながら歩いていると、廊下の最奥にまた鉄扉が見えてきた。
さらに、その手前。
一つだけ、ほかとは少し違うドアがある。
「ん?」
これまでの部屋とは違い、札がついていない。
ドアノブを回してみる。
ガチャ。
「……開かない」
「鍵ですか?」
「ああ」
ここまで全部開いてたのにな。
残念ながら、俺には鍵開けの技能なんてものはない。
鐘々なら、なんかできそうな気がするんだけどな。
頭の中のイマジナリーカネえモンが『お兄さん、私のことなんだと思ってるの?』と、ツッコミを入れてきた。
無視である。
俺も相当に参っているらしい。
白根もドアノブを回し、その下にある鍵穴を覗き込む。
「……魔法鍵の類いではなさそうですね」
「普通の鍵か?」
「そうだと思います」
魔法鍵。
魔法による物理的な干渉が一般的になった結果、一時期、空き巣被害が増えたらしい。
考えてみれば当然だ。
鍵穴の中へ、外側から魔法で干渉できる。
そんなことができるなら、昔ながらの鍵なんて簡単に開けられてしまう。
そこで作られたのが、通称《魔法鍵》。
名前に反して、仕組みそのものはかなり物理寄りだったはずだ。
鍵穴の中に複雑な機構が組み込まれていて。
それを魔法でこう……動かしたり。
パズルみたいなものを合わせたり。
なんか、そういう……。
……わからないです、はい。
とにかく、取り付けには専門の業者が必要になるくらい面倒な鍵で、今じゃ新築の建物なら大体採用されている。
なのにここに使われているのは、昔ながらの普通の鍵。
やっぱり外で普通に建てられた施設とは、どこか違うんだろうか。
そんなことに頭を巡らせていると——。
カチャリ。
「えっ」
「さあ、サクサク行きましょう」
白根が何事もなかったかのようにドアノブを回し、そのまま中へ入っていく。
「いや、待て待て待て!」
思わず追いかける。
「鍵は!?」
「開けたに決まってるでしょう?」
「ピッキングできるのかよ!?」
「できたら悪いんですか?」
「いや、なんででき……じゃなくて、犯罪じゃないのか!?」
白根が振り返る。
「私たちは誘拐された側ですよ?」
「それはそうだけど」
「犯罪行為をしているのは向こうです。私たちは、そこから自力で脱出するために必要なことをしているだけです」
「いや、まあ……」
「もういいですか?」
「…………はい」
うん。
なんというか……。
白根さん。
完全に振り切れちゃってるな。




