第119話 リハビリ施設?
扉を開けた先。
そこにあったのは——また廊下だった。
両側には、いくつものドア。
さっきまでいた場所と、ほとんど変わらない光景。
人の気配も、音もない。
「どうなってるんだ、ここ?」
「なんだか……不気味ですね」
白根も、周囲を見回している。
「…………」
これで、まだ地下でした。
なんてオチじゃないだろうな?
いや、どんだけでかい施設なんだよ。
「……待てよ」
改めて、廊下を見る。
窓がない。
少なくとも、ここから外の様子を確認することはできない。
「ここも地下だったら、おかしくないか?」
「おかしい?」
「これだけ人を収容する造りで、地下が何層もあるなら……避難経路があの階段一本ってのは、さすがに変だろ」
火災でも起きたら、逃げ場がない。
いくら後ろ暗い施設だからって——建物そのものまで、好き勝手に作れるわけじゃない。
「……となると」
ここはもう地上階。
ただ単に、窓のない区画という可能性もある。
いや、それもなにかしらの法に引っ掛かりそうだが。
「避難経路の表示は、下にはありませんでしたが……」
白根が辺りを見回す。
「少なくとも、この辺りにも見当たりませんね」
「そうなると、正規の方法で建てられた施設じゃない……いや」
「どうしました?」
「もしかして……」
「何か心当たりが?」
「ダンジョンの中かもしれない」
「ダンジョン……でも、魔物がいませんよ?」
「…………」
そうか。
白根は知らないんだ。
「ダンジョンの中に建物を建てて、魔物が入れないようにするだけでいいからな」
「え?」
「そもそも、魔物ってダンジョンの中から自然発生するものじゃない」
「……枯渇したダンジョンということですか?」
「いや」
首を横に振る。
「魔物は、ダンジョンの中に棲んでる普通の生き物にすぎないんだ」
「…………」
「だから、頑丈な建物を作って、中に入れないようにしてしまえばいい。そうすれば、その中はここみたいなセーフハウスにできる」
「待ってください」
白根が、急に真剣な顔になる。
「魔物が普通の生物……? なぜそんなことを断言できるんですか?」
「なんでって……」
「その分野、まだ結論は出ていませんよね?」
「ああ」
「では、なぜ?」
「結論は出てるんだよ」
「…………?」
「うちのダンジョンに教えてもらった情報だぞ?」
「…………」
白根が固まった。
「ダンジョンに教えてもらった???」
「白根。うちに来たとき、青い髪の女の子がいただろ?」
「え、ええ。いましたけど……」
「あの子、ダンジョンなんだよ」
「…………はい?」
正確には、コアちゃんそのものというより、会話するための端末なのだが。
「あの……急に何を言い出すんですか?」
「いや、本当なんだって」
人の気配もない。
俺たちは話しながら、廊下に並ぶ扉を一つずつ開け、中の様子を確認していく。
その間に……白根へ、簡単に説明することにした。
コアちゃんのこと。
あの青い髪の少女は、ダンジョンが人間と会話するために使っている身体のようなものだということ。
そして——そもそもダンジョンそのものが、生き物だったということ。
「……ダンジョンが、生き物だった……」
白根は、少なからずショックを受けているようだった。
ただ……意外にも、疑っている様子はない。
「嘘だとは思わないのか?」
「むしろ、納得しました」
「納得?」
「はい」
白根が俺を見る。
「網代さんが、どうしてダンジョンをあんな形で運用しようとしたのか」
「…………」
「それに、その妙な力も。ダンジョン由来ということなのでしょう?」
「ん、正解」
「なるほど……でも、ダンジョンの中に建物を作るのって、かなり大変じゃないですか?」
「ダンジョンの中にテント村作って、何年も生活してた人たちがいるくらいだからな。できると思うぞ」
「……なんです、それ?」
「ん?」
「ダンジョンの中で生活?」
「…………」
あ……やぶ蛇だったか。
いや……まあ、もういいか。
「教授がやらかしてたぞ」
「教授……」
白根が、一瞬だけ考える。
「ああ……納得しました」
「納得されるんだ……」
教授……普段の行いって、大事だぞ。
「しかし、空き部屋だらけだな」
また一つ、扉の中を確認する。
誰もいない。
「俺たちを閉じ込めるだけなら、わざわざ下の階じゃなくてもよかっただろ」
「そこは、何かしらのルールがあるんじゃないですか?」
「ルール?」
「たとえば、下の階は収容用。この階は別の用途、とか」
「ああ……」
「非効率的なのは認めますけど」
まあ……こんなふうに誰かが探しに来た場合、地下の奥に入れておいたほうが見つかりにくい。
俺たちを隠すという意味では、正解なのかもしれない。
「…………」
ただ……それだと今度は、あの赤と青の札が気になる。
単純に《使用中》《空室》を表しているだけなら、わざわざ地下とこの階を分ける理由はなんだ?
「やっぱり、階ごとに役割が違うのかもな」
「私も、そう思います」
となると、ここが何をするための階なのか。
それを調べたほうがよさそうだ。
そして——その答えらしきものは、すぐに見つかった。
「……なんだ、これ?」
部屋の中には、なんというか……あの、リハビリ施設にある、あれ。
そういう設備が、何種類も並んでいた。
壁は一面、鏡張り。
窓はない。
歩行器らしきもの。
歩行訓練で使うような手すり。
ほかにも、身体を動かすための器具がいくつか置かれている。
ただ——。
「……でかくないか?」
妙なのは、その大きさだ。
同じような設備が、大中小とでもいうように複数用意されている。
特に大きなものは、俺が両手を広げてもぎりぎり届くかどうかという幅がある。
普通の人間が使うためのものとは思えない。
「なんだこれ?」
「これ……」
白根が設備を見回す。
「もしかしたら、異形になった人向けのリハビリ施設では?」
「異形向け?」
「はい」
白根が、大型の設備へ目を向ける。
「たとえば、オーガのような巨体になった人なら。それに合わせた大きさのリハビリ設備が必要になりますよね」
「…………」
なるほど。
「リハビリ施設なら、なんで無人なんだ?」
改めて、部屋の中を見回す。
設備はどれも綺麗なものだった。
目立った汚れもない。
手すりにも傷はなく、床にも擦れた跡がほとんど見当たらない。
「……まだ、使われてない?」
「これから使う予定、とか……?」
「…………」
これから使う予定。
異形になった人間のための、大がかりなリハビリ施設。
しかも——これだけ体格の違う異形に対応できる設備を、最初から揃えている。
「…………」
これだけの設備を、誰が、なんのために用意した?
「無人なのも……もしかしたら、まだ使っていないから?」
つまり——これから、ここへ大勢の人間が収容される可能性がある?
「…………」
なんとなく頭の中に、七築の姿が浮かんだ。
異形化。
身体の変化。
その後に必要になる、適応のための設備。
「…………」
いや……まさかな……。
俺は、なんとなく頭に浮かんだ子供じみた陰謀論へ、でかでかと《却下》の文字を叩きつける。
証拠もないのに考えても仕方がない。
ひとまず、探索を再開することにした。




