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第118話 だって怖いじゃん

 消音魔法……。

 消音魔法か……。


「あの、どうしました?」


「白根……いや、白根さん」


「はい?」


「すみません……」


「なんですか? 急に改まって」


「消音魔法って……どうすればいいんだ……?」


「…………」


 白根が、すごい顔をした。

 俺にはとても表現しきることができない。

 呆れ。困惑。疑念。

 いろいろなものが混ざり合った、なんともいえない顔だ。


 ただ言わんとしていることだけは、はっきりとわかる。『こいつ、マジか?』って顔だ。

 言葉にしなくても、しっかり伝わったぞ。


「あの……義務教育で習いますよね?」


「そ、そうだったかな?」


 やばい。

 全然記憶にない。

 そんな魔法、習ったか?


「……じゃあ、私が使うので待っていてください」


「あ、頼む」


 白根が意識を集中させる。

 そして——。


「あれ?」


「どうかしたのか?」


「いえ……」


 白根が、自分の手を不思議そうに見る。


「なんだかこう……以前と魔力の感じ方が違うと言いますか……」


「違う?」


「はい。こんなに簡単だったっけ……」


 なんか、言葉遣いにも素が出てるな。

 それくらい、本人にとっても意外だったらしい。

 異形化による影響は、どうやら見た目だけではないようだ。


 しばらくすると、白根が顔を上げる。


「とりあえず、もう普通に話しても大丈夫ですよ」


「消音魔法って、どんな原理なんだ?」


「そうですね……イメージとしては、空気のドームを二重に作る感じです」


「二重?」


「ペアガラスみたいなものですね」


「ペアガラス……なるほど」


 理解した。

 空気の層をいくつか挟んで、音を伝わりにくくするのか。


 なるほど。

 だから義務教育なのか……。


 つまり俺がさっきやった、足そのものを音が出にくそうなもので包むという発想も、あながち間違って——いや……なにも言うまい。


「一応、光の屈折も変えているので、離れた場所からは見えにくくなっているはずですが……」


「そんなことまでやったのか」


「魔物避けの基本ですよ?」


「魔物避け……」


 なるほど。

 そういう原理だったのか。


「なんでダンジョンを経営してるあなたが、それを知らないんですか……?」


 白根が、心底呆れたような顔をする。


「う、うちのダンジョンは安全だったから……」


「安全……」


「…………」


 いや考えてみれば——俺が昔、まともに魔物避けを使えていれば、ウォーグルフに襲われることもなく、コアちゃんと出会うこともなく今ごろは——ヤクザの元で借金を返す日々だったのかもしれない。


 そう考えるとたぶん、これでよかったのだ。

 そういうことにしておこう。


 ◇


 警戒しながら、階段を上っていく。

 思っていたよりも長い。

 体感では、想像していた倍くらいの階段を上ったところで。


 ようやく、前方に扉が見えてきた。

 俺たちが出てきた地下区画のものと同じような、無骨な鉄扉。


 さて……ここを開けたら、人がいる——なんてことも十分あり得るわけだ。


 とりあえず鉄扉に耳をつけて、向こうの気配を探ってみる。


「…………」


 わかんねぇな、これ。


「なにをしているんですか?」


「いや、向こうの音が聞こえたらいいなと」


「漫画の読みすぎでは?」


「……はい」


 怒られてしまった。

 しかしどうしたもんかな。

 透視でもできれば楽なのだが……そんな超常現象、起こし方がわからない。

 魔法はあくまで、物理現象の範囲でしかものを起こせない。


「で、どうする?」


 手詰まりなので、ブレーン担当に聞くことにした。

 白根は黙り、少し考えてから。


「……少しだけ開けましょう」


「結局、開けるのか」


「全部開ける必要はありません。数センチだけです」


「その数センチの向こうに誰かいたら?」


「だから、その前に消音魔法を扉の向こう側まで広げます」


「向こう側まで?」


「はい。音を通しにくくする空気の層を、扉の隙間から少しずつ伸ばして……」


 白根が、鉄扉の下を指差した。


「その状態で、ほんの少しだけ開けます。人影があれば閉じる。誰もいなければ、そこから確認する」


「なるほど」


 透視なんてできなくてもいい。

 見えるところまで、こっちから少しだけ開ければいいのだ。


「……普通だな」


「普通でいいんですよ、こういうときは」


「ですよね」


 白根がドアノブへ手を掛ける。

 ゆっくりと回し、鉄扉をほんの少しだけ開いた。


 ギィ……。


「…………」


 扉が開く音は聞こえる。

 本当に、向こうには聞こえていないんだよな?

 細い隙間から、こちらより明るい光が差し込んでくる。


 白根が顔を寄せ、そっと向こうを覗いた。


「…………」


「どうだ?」


「壁しか見えませんね……」


「…………」


 いや……そりゃ、そういうこともあるけどさ……。

 素人二人の隠密任務。

 難易度、高すぎないか?


「もういい、白根……」

 

「え?」

 

「何かあったら俺がなんとかするから、もう開けてしまおう」

 

「いや、それは……」

 

「俺たち素人二人で隠密任務は無理だ」

 

「それは、まあ……そうですね……」

 

「なら、バレるときはバレる。その精神でいこう」

 

「完全に開き直りましたね……」

 

 白根が呆れたようにため息をつく。

 

「あの、聞いておきたいんですけど」

 

「ん?」

 

「なんとかするって、どうするつもりなんですか?」

 

「えーっと……倒すか、逃げるかだな」

 

「倒すのは、なんとなくわかりますけど……」

 

 いや、そこはわかるのか……。まぁ、ゴリラパワーをみせたから説得力はあるか。

 

「逃げるって、どこにですか?」

 

「うちのダンジョンに」

 

「…………?」

 

 白根の顔に、見事な疑問符が浮かんだ。

 

「そうだな。ざっくり言うと、あれだ」

 

「はい?」

 

「俺、ダンジョンにテレポートできる」

 

「……は?」

 

「だから、最悪ここから逃げること自体はできる」

 

「いや、どうやってです?」

 

「理由はあとで話す。とりあえず、できるってことだけ覚えておいてくれ」

 

「いや、ちょっと待ってください。それ、ものすごく重要な——」

 

「それじゃあ、開けるぞ」

 

「え、待って」

 

「はい!」

 

 掛け声はしっかりと、だが、その手は慎重に。

 俺は鉄扉を、ゆっくりと開いていく。


「……いや、それは格好悪いですよ」

 

「言わないでくれ」

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