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第115話 アンモラルとゴリラ

 とりあえず、部屋の扉に鍵をかける。


 まあ、相手が普通に鍵を持っていると考えれば、そこまで意味はないだろうが——ないよりはマシだ。


 そして、改めて白根へ向き直る。


「本当に白根……白根律花なんだよな?」


「……はい。白根律花です」


 本人で間違いないらしい。

 だが、いつもの覇気がない。

 なんというか——触ったら、そのまま崩れてしまいそうだった。


「どうしてここに?」


「……家に帰ったら、部屋の中に知らない男がいて……」


「え?」


「そのあと、気がついたらここに」


「誘拐されてるじゃん……」


 まさか……本当に誘拐されているとは思わなかった。

 いや、俺も誘拐されてるんだけど。


「…………」


 白根の服装は、仕事のときに着ていたスーツ。

 パンツスタイル……なのだが……。


「あの、白根」


「なんですか?」


「なんというか、その……服のボタン、ちゃんと閉めてくれないか?」


 目のやり場に困る。

 非常に困る。

 シャツのボタンが、こう……だいぶ開いているのだ。

 さっきから、ちらちらと谷間が見えている。


「閉まらないんですよ」


「は?」


「異形になった影響で、服のサイズが変わってるみたいで」


 あー。

 そうか。

 オーガ種みたいに、身体そのものが大きくなる異形もいるもんな。


 いや、あれは全身がでかくなるのだが……胸だけ大きくなる異形ってなんだよ。


 アンモラルすぎるだろ。


「…………」


 そこで、ふと思い至る。

 

 山羊のようにも見える、大きな角。

 いや。

 どちらかといえば——悪(・)魔(・)の(・)角(・)。

 黒い白目に、赤い瞳。

 青白い肌。

 そして、妙に扇情的になった身体つき。


 まさか……。


「サキュバス?」


「言いましたね!?」


「えっ」


「いま言いましたね!? 私も気づいてたけど、言わなかったのに!」


「いや、だって!」


 まさか——あの、バリバリの委員長タイプだった白根が!

 よりにもよって!

 サキュバスに……。


 くそ!

 なんてことだ!


「笑い事じゃないんですよ!?」


 白根が、自分の角を指差す。


「もう私、原型ないじゃないですか! そもそも、なんでサキュバスなんですか!? もっと他にあるでしょう!?」


「いや、ごめん! それはそうなんだけど、ごめん!」


 精神の上がり下がりが、とんでもないことになっている。


「でも、ほら……前よりいいと思うぞ」


「エロガッパ!」


「違う! そうじゃないって!」


「じゃあ何ですか!?」


「話し方とか、そっち!」


「…………」


 白根が黙った。


「いや。前より壁がないっていうか……なんというか、素で喋ってる感じがする」


「…………まあ、そうですね」


 白根は少しだけ視線を落とした。


「どうせこのまま戻っても、元の職場には戻れないかもしれませんし」


「…………」


 あ。

 そういえば……知らないのか。


「……白根」


「はい?」


「お前は、もう……」


「…………」


 俺が言い切る前に、白根は察したようだった。


「……ですよね」


 さっきまであれだけ騒いでいたのに。

 今度はまた、触れたら崩れてしまいそうなくらい小さくなる。


「…………」


 当然だ。

 積み上げてきたキャリアが、一瞬で崩れたのだ。

 そうもなる。


「……ってください」


「え?」


「責任を取ってください!」


「はい?」


 白根が、勢いよく顔を上げた。


「これも全部、網代さんに関わったせいですからね!?」


「ええっ!? そこで俺のせいになるのか!?」


「そうですよ! そもそも、あなたがダンジョンを変なことに使おうとしたから、こんなことになったんです!」


「それは……まあ、そうか」


「…………」


 白根が、毒気を抜かれたような顔をする。


「……言い返さないんですね」


「実際、それで今、俺も誘拐されてるからな」


「はぁ……」


「…………」


「…………」


 白根が、ゆっくり顔を上げた。


「誘拐されてる!?」


「白根、お前と同じだな!」


「笑い事じゃないんですよ!?」


「ごめん。白根と話してたら、俺もだいぶ落ち着いてきた」


「……そうですか」


「ああ。大丈夫だ。脱出はできる」


「何か当てがあるんですか?」


「もちろん。とりあえず、その牢屋を開けるぞ」


「鍵があるんですか?」


「白根」


「はい?」


「俺たち現代人には、魔法があるだろ?」


「…………」


 白根が、少し困ったような顔をする。


「この木、火とか電撃とかが効かないみたいなんですけど……」


「効かない?」


「たぶん、ダンジョン特有の樹木で作られたものかと。私もいろいろ試したんですけど、ほとんど傷がつかなくて」


「なるほど」


 俺は座敷牢の格子へ手を掛ける。

 右腕から魔力を流し筋力を強化。


 そのまま――。


 ぐしゃっ。


「……えっ」


 木材を、握力で握り潰した。


「物理だから問題ない」


「えっ」


 混乱する白根を横目に、そのまま牢屋の解体を進めていく。


 一本。

 また一本。

 丁寧に木材を握り潰し、人が通れるだけの穴を作った。


「よし、出られるか?」


 白根は、俺が作った穴と、俺の顔を交互に見た。


 それから。


「網代さん」


「なんだ?」


「あなた……ゴリラの異形か何かだったんですか?」


「誰がゴリラだ」


 珍妙なことを口にするのだった。

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