第114話 ホラーゲームかよ
座敷牢から出た俺は、まず部屋の中を調べることにした。
明かりは非常灯程度。
薄暗いが、真っ暗というわけではない。
目が慣れてきたこともあって、動き回る分には支障はなかった。
「…………」
頭の片隅では、今にもパニックになりそうな自分がいる。
ここはどこだ?
どうして連れてこられた?
暦たちはどうなった?
考え始めれば、いくらでも悪い想像が浮かんでくる。
だからこそ——押さえろ。
今は、冷静にならなくてはいけない。
まず……。
十中八九、ここはダンジョン教関連の施設だろう。
そして、おそらくではあるが——。
「ここ、あのカミサマのダンジョンじゃないな」
そう考える理由はいくつかある。
もしここが本当にあのカミサマ自身の内部なら、わざわざ俺を座敷牢なんかに閉じ込める必要があるだろうか?
コアちゃんを基準に考えるなら、もっと簡単だ。
逃げようとしたところで、空間そのものを弄って強制的に別の場所へ飛ばすことだってできる。
いわば、強制ファストトラベル。
それにコアちゃんは、自分の内部で起きていることを把握するのも、そこまで難しくない。
必要なら、目になるものを作って監視することだってできる。
もちろんあのカミサマが、コアちゃんとまったく同じことをできるとは限らない。
だが少なくとも、こんな普通の座敷牢を用意して、物理的に拘束する必要がある場所だとは考えにくい。
「…………」
つまり——ここは、ダンジョンではない可能性が高い。
部屋の中は、コンクリートの打ちっぱなし。
壁際には棚があり、ドリルやらペンチやら、いろいろな工具が置かれている。
「…………」
用途は……中世の魔女狩りか?
いやいや。
まさか、そんな……。
できれば普通の工作用であってほしい。
ひとまず棚を漁ってみる。
だが脱出に使えそうなものは、特に見当たらない。
緑のハーブも、ハンドガンの弾も、用途のわからないコインも、どこかにはめて使いそうな宝石もなかった。
あったらあったで困るのだが。
仕方がない。
最後になったが、部屋の外へ出るための扉を調べる。
ドアノブに手を掛け回す。
「…………」
開いてしまった。
いや……まあ、わざわざ座敷牢に閉じ込めたうえで、部屋の扉にまで鍵をかける必要はないのか?
それはそうだ。
……いや。そうなのか?
よくわからない。
とりあえず、鍵はかかっていない。
そして、外へ出ることもできる。
ならばやることは一つだろう。
俺はドアを開き、外の世界へと飛び出した。
「…………」
……病院?
外へ出て、最初に思い浮かんだのはそれだった。
淡い緑色の床。
天井には蛍光灯。
左右には、同じような扉がいくつも並んでいる。
病室、いや、病院。
そんなイメージが最初に浮かんだ。
「…………」
歩き出す前に、一つ試してみる。
消音の魔法。
足元に、空気のクッションを作るイメージ。
エアマックス!
……うん。
アホなことを考えるのはやめよう。
いやでも、アホなイメージのおかげで、なんとなく成功する気配はある。
空気をビニール袋に詰めて、その上に足を置くような感じで……。
「……割れないよな、これ?」
恐る恐る、一歩踏み出す。
——ギュッ。
「…………」
風船を廊下に押しつけたみたいな音がした。
駄目だ。普通に歩くより目立つ。
おとなしく、そっと歩くことにする。
真面目に魔法を学び直さないと、本当に使い物にならないな、俺。
とりあえず隣の部屋の扉を開け、中を覗く。
「…………」
同じだ。
そこにも、俺が閉じ込められていたものと同じような座敷牢が置かれている。
「なんの施設だ、これ……」
ただし部屋の主はいない。
空室のようだ。
「ん?」
そこで、扉の脇にあるものが目に入った。
ネームプレート……。
いや、名前の代わりに、青い板が差し込まれている。
不気味だな。
俺がいた部屋は——?
戻って確認する。
赤。
ほかの部屋は——。
「青……青……青……」
色で、使っている部屋かどうかを判別しているのか?
理由はわからないが……名前を知る必要がないなら、それで十分なのだろう。
なにより、一目でわかる。
合理的だ。
合理的……そう考えることで、内側から湧き上がってくる恐怖心を無理やり押さえつける。
「どこのホラーゲームだよ、これもう……」
とにかく赤い板のある部屋がないか、廊下を歩きながら探す。
青。
青。
青。
――赤。
「あった」
俺と同じように、誰かが捕まっている。
暦か。
凪原さんか。
それとも——教授。
うん。
教授も大事だ。
とりあえず、知っている誰かかもしれない。
ドアノブに手を掛けゆっくりと回す。
中を覗く。
「あ、あなたは……」
いた。
女性だ。
ただし、普通の人間ではない。
頭には、大きな角が二本。
山羊……か?
山羊っぽい。
白目にあたる部分は黒く、瞳は赤い。
肌も、少し青白い。
なんの異形だろうか?
そんなことを考えていると、女性が俺を見て目を見開いた。
「なぜ、あなたがここにいるんですか!?」
「えっ」
驚いたのは、こっちだ。
「あなたも、ここの関係者だったんですか!?」
「は?」
「網代さん!」
「…………」
知らない異形の女性の口から、俺の名前が飛び出した。
いや。まだわからない。
網代なんて名字、ほかにもいる。
たまたま同じ名字の誰かと勘違いしているだけかもしれない。
「ま、待て。お前は誰だ?」
「見てわからないんですか!?」
「見てわかりませんが!?」
つい反射的に答えてしまった。
だが、その返答を聞いた瞬間——女性の表情が固まった。
「…………」
ゆっくりと。
自分の手を、頭から生えた角へ触れさせる。
「そう、ですか……」
「え?」
「そんなに……変わったんだ」
指先で、自分の角を確かめるようになぞる。
「私は……もう……」
「…………」
ひどくショックを受けている。
待て、もしかして……この人——異形になったばかりなのか?
「…………」
頭の中で、異形ではなかった知り合いを並べていく。
その中で——最近、突然行方がわからなくなった人間。
いる。
いるじゃないか。
しかもダンジョン教と無関係とは、とても思えない人間が。
「まさか……」
座敷牢へ近づく。
手のひらに、小さな火を灯した。
光が女性の顔を照らす。
眼鏡はない。
肌の色も違う。
目なんて、まるで別物だ。
それでも……顔立ちそのものには……確かに、記憶の中の女性の面影が残っている。
「…………」
嘘だろ。
「もしかして——白根か?」




