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第113話 猿の知能テスト

 い草の香り?


「…………」


 目を開ける。

 最初に見えたのは、畳だった。

 どうやら俺は、その上に寝かされていたらしい。


「……ん?」


 身体を起こし、周囲を見回す。

 

 畳敷きの部屋。

 その周囲を、木材を格子状に組み上げたものが囲っている。


 まるで、牢屋のような——。


「どういう状況!?」


 待て待て待て待て。

 俺は、さっきまで教授の研究室にいたはずだ。

 それがなんだ?

 なんで牢屋にいる?

 いや、独房?


 違う。

 この和室みたいな造り。

 木の格子と畳。


「座敷牢!?」


 そうだ。

 これ、座敷牢だ!

 映画で見たことがあるぞ!?


「…………」


 いや、待て。

 さっきまで夕飯を食べていた。

 それで、なぜか暦といい感じになって……。


 いや、教授の研究室にいて?

 それで今は、座敷牢?


「……くそ!」


 考えがまとまらない。

 

 記憶がぐちゃぐちゃだ。

 どこまでが本当なんだ?


 もしかして——俺は、夢を見ていた?

 だとしたら、どこからだ?

 大学に行ったところから?

 教授の研究室に入ってから?

 それとも——。


「……まさか」


 もっと前?

 あのカミサマから逃げたときのワープ。

 もしかして、あれ自体が失敗していたのか?


「…………」


 落ち着け。

 落ち着くんだ。

 いったん、深呼吸をする。


「すぅ……はぁ……」


 よし。

 まずは、状況の確認だ。


 腕は、動かない。

 というか、後ろ手に縛られている。

 痛みは……ないな。

 指も動く。

 肩にも変な感じはしない。

 とりあえず、五体満足。


 足は——こっちは縛られていない。

 なら、立ち上がって……。


「っと!?」


 危なっ。

 これ、思ったよりきついわ。

 腕を後ろで縛られているせいで、うまくバランスが取れない。


 手を使って身体を支えることもできないし……普段、立ち上がるときって意外と腕も使ってるんだな……。


「…………」


 そこまで考えて、ふと気づく。


「筋力強化で、なんとかならないか?」


 おそらく——おそらく、であるが、右腕の魔力を使えば、いける気がする。

 ついでに、これができれば——少なくとも、七築の中での出来事までの記憶は信用していいことになる。


 目を閉じる。

 呼吸を整えて。

 右腕の中から、魔力を引っ張り出す。


 それを両腕へ。

 手首の辺りの肌を硬質化。

 さらに、筋力を強化する。


「……いける」


 驚くほどスムーズだ。

 魔力も動く。

 身体も、ちゃんと応えてくれる。


 なら——!


「ふっ!」


 一気に力を込める。

 拘束を引きちぎる。


 ——バギッ!


 直後。

 何か重たいものが、畳の上へ落ちた。

 ドン、と鈍い音が響く。


「…………」


 バギ?

 振り返る。


「…………」


 畳の上に落ちていたのは、金属製の拘束具だった。

 手錠——というより、板に固定されそこへ手首を通して動けなくするタイプのものらしい。


 その金属部分が……見事に、ねじ切れていた。


「…………」


 いや待て。

 俺、これ引きちぎったの?

 筋力強化したとはいえ……金属だぞ?


「……俺、どうなってんだ?」


 明らかに異常である。

 もう、ゴリラとかそんなレベルではない。


 いや、コアちゃんの普段の態度を思い出せ。


『モンスター程度なら平気じゃろ』みたいなこと、普通に言ってたよな?

 つまり——これくらいは、あいつにとって想定の範囲内ということか。


 そもそも俺。

 目の前で爆発を起こして、ほぼノーダメだったもんな。


「…………」


 思っているより俺は……人間を辞めている可能性がある。


 とりあえず立ち上がり、その場で軽く身体を動かしてみる。

 問題なし。

 骨が折れているような感じもない。


「よし」


 次、ポケットに手を入れる。


 何もない。

 スマホも鍵も財布も——きれいさっぱり消えている。


「これは手痛いな……」


 ポケットの中身が無事なら、そのまま帰宅を決めてもよかった。


 だが、これはそうもいかない。

 せめてスマホだけでも取り戻したい。

 あれには、俺の役所時代のアレコレがいろいろ入っているのだ。

 流出したら——だいぶまずい。


 腹具合で時間がわかればよかったが、残念ながら俺にそんな特技はない。

 

 とりあえず座敷牢の格子へ手を掛ける。


「固いな」


 かなり丈夫な木材だ。

 普通の人間なら、まずどうにもならないだろう。


 だが、今の俺相手では、たぶん無意味だ。

 

 さっきあれだけ大きな音を立てても誰も来なかった。

 なら、多少は音を出しても問題ないだろう。


「…………」


 手のひらを見る。


 いつものように火花を起こそうかと思ったが——爆発したら流石にバレるか。


「……せっかくだし、別の魔法を試すか?」


 イメージする。

 真空の刃。


「…………」


 真空ってなんだ?

 却下。


 じゃあ。

 そういえば、物には固有振動とかいうものがあるって聞いたことがあるな。


 そこに振動を合わせれば、共振とかなんとかで——。


「…………」


 いやむずいわ。

 そもそも俺、固有振動数とか知らないし。


「なんかもう、面倒になってきたな……」


 電気——危ない。

 爆発——論外。

 炎——木造なので、もっと論外。


「…………」


 意外と使える魔法って少ないな。

 

 ……もう、面倒だ。


 右手を強化する。

 そして——格子を握る。

 ぎしっ、と木材が軋み。

 そのまま握力だけで、ぐしゃりと潰れた。


「…………」


 いけるな。

 あとは、これを何ヵ所か。

 丁寧に一本ずつ壊して。

 邪魔にならないよう、ゆっくりと床へ置く。


 そうして俺は、無事に座敷牢からの脱出を果たした。


「…………」


 いや……。


「なんか、思ってたのと違うな」


 もっとこう……魔法で格好よく脱出するとか……。

 そういう感じを想像していたのだが。


 実際にやったことは、木の格子を握力で潰しただけである。


「……猿の知能テストかな?」

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