第112話 杞憂だったか
教授から手帳を受け取ったあとは、さっさと大学を退散することにした。
というのも、今は講義中ということもあって、構内を歩いている人間はそれほど多くない。
だが、講義が終われば話は別だ。
学生たちが一斉に出てくれば、それなりの人数が構内に溢れることになる。
そうなれば、誰が俺を見ているのか警戒する難易度も一気に上がる。
用事は済んだのだ。
長居する理由もない。
受付で入場証を返しそのまま車へ戻って、大学を後にする。
「…………」
助手席で、教授からもらった手帳を開く。
ぱらぱらと中身を流し見して——俺は、そっと手帳を閉じた。
酔いそうだ。
「結局、俺は探されてないってことでいいんですかね?」
「どうだろうね……まあ、断定はできないけど」
教授は少し考えてから続けた。
「少なくとも、まだ表立って何かしているということはないんだろうね」
「じゃあ、考えすぎだったってことですか?」
「それなら一番いいんだけどね」
まあ……やらかしたと思っているのは、あくまで俺だ。
向こうのカミサマが俺を探しているというのも、現時点では俺の想像にすぎない。
警戒しておくに越したことはないが……。
そもそも、あのカミサマの存在を知っている信者がどの程度いるのかすら、俺たちは知らない。
普通の信者まで知っているのか。
ごく一部だけなのか。
それとも、ほとんど誰も知らないのか。
この辺りも調べてもらえると助かるな。
そう考え、鐘々に追加で調べてほしいことがあるとメッセージを送っておいた。
「とりあえず、もうすぐ夕飯だが……どうする?」
「どうする、とは?」
「何か買っていくなら、大人として奢ってあげるよ、ということだよ」
「いや、いいですよ。悪いですし」
「悪いとは何かな?」
教授が不思議そうに首を傾げる。
「学者としての給与はあれだが、冒険者としてはそれなりに稼ぎがある。だから心配しなくていいよ」
「…………」
レアな鉱石とか売ってたりするなら、それもそうか?
いや……でも、この人に借りを作るのはなぁ……。
「あ、それなら」
そこで、暦が会話に割って入った。
「スーパーに寄っていただけますか?」
「スーパー?」
「はい。食材を買って帰りたいので」
その後、なんやかんやでスーパーに寄り。
大量の食材を買い込み、車へ詰め込んで俺たちは、そのまま家へ帰った。
◇
「呑気なもんだな。全員、ばっちり眠りこけていやがる」
永廊大学。
教授の研究室。
男は、その場に倒れて眠る四人を眺めながら呟いた。
歳は大学生くらいだろうか。
部屋の中には、他に二人の男の姿があった。
「そっちの段ボールの中身は見るなよ。こいつらみたいに意識を持っていかれるぞ」
「わかってますよ」
段ボールの中には、一つの宝石が入っていた。
紫色の光を放ちながら、その表面は少しずつ崩れている。
「目的は、この男だけでいいのか?」
「ああ。それでいいはずだ」
男が、倒れている駆を指差す。
「教授とボディガードには触れるなよ。ダンジョンに寝泊まりしてるようなやつらは、少しの衝撃で目を覚ますからな」
「それにしても、とんでもないですね。魔道具ってやつは」
魔道具、《夢見るルビー》。
見た者を、共通の夢へ落とす魔道具——らしい。
今回の依頼人が用意したものだが、その効果は抜群だった。
段ボールの中を覗いた人間が倒れ。
何事かとそれを見に来た者たちも、次々に倒れた。
結果——四人まとめて、夢の中というわけだ。
ただし、この魔道具は一品ものであり、効果を発揮している間は少しずつ崩れ、やがて完全になくなってしまうという。
「それにしても、こいつ何やったんですか?」
「さあな?」
男は肩をすくめた。
「とりあえず、ダンジョン教が怒るってことは、とんでもないことをしでかしたんだろうさ」
そう言いながら男は、眠っている駆の両手を縛った。
身体を持ち上げ、そのまま背中へ担ぐ。
「行くぞ」
「あいよ」
男は駆を背負ったまま、研究室を出ていった。
残った二人も、そのあとに続いた。




