第108話 宗教永久機関
「じゃあ、どうやって池まで逃げたんだ?」
「……お父さんが、手伝ってくれたんや」
「お父さん?」
家族の中に、協力者がいたのか。
「うちが異形になって、病院に連れていくって話になったとき——母さんと口論になってん」
家から出ていかないようにするため、七築をこんな身体にした母親だ。
病院へ連れ出そうとする父親は、母親からすれば邪魔者に見えたのだろう。
「それでな。うち、家の風呂だけやとずっと生活できへんやろ?」
「まあ、そうだな」
「母さんは、『それなら教団のところで一緒に暮らせばええ』って言い出して……」
「ダンジョン教で?」
「うん」
七築が小さく頷く。
「それで、母さんがどっか行っとる間に……お父さんが逃がしてくれた」
だがそこで七築の顔が、さらに曇った。
「でも、途中で事故に遭ってん」
「事故?」
「うん。それで……そこに母さんと、ダンジョン教の人らが来て……」
「…………」
「うち、残っとった水使って、なんとか近くの池まで逃げたんや」
「…………」
地獄かな?
家から逃げようとして、父親に助けられて、その途中で事故に遭って——追いかけてきた母親と教団から逃げるため、池へ飛び込んだ。
そこから、俺たちが知っている七築へ繋がるわけか。
「あー!」
突然、鐘々が大声を上げた。
「だから賞金か!」
「賞金?」
「ほら! 七築ちゃんが池に現れたあと、急にUMA騒ぎになったでしょ!」
「ああ」
「しかも、目撃情報とか捕獲に賞金まで出てた!」
鐘々がテーブルを指で叩く。
「あれ、なんであんな唐突に話が広がったんだろうって思ってたけど……」
「…………」
「そういうことだったんだ!」
「そうか……」
教団が直接探せば、七築に警戒される。
なら。
「《池に人魚がいる》《見つけたら賞金》って情報だけ流せばいいのか」
「…………」
証拠はない。
ないのだが——あまりにも、都合がよすぎる。
それにもう一つ、気になることがある。
「事故……」
「え?」
七築たちが逃げている最中に起きたという事故。
そんな都合よく、事故なんて起こるものだろうか?
「…………」
いや。
待て。
もし……もしもだ。
事故によって怪我人が出る。
助けてほしい。
治してほしい。
元の身体に戻してほしい。
そんな願いを抱えた人間が増える。
そして、その先に——《願いを叶えてくれる団体》が待っている。
「…………最悪だな」
なんなら命を奪わず、障害が残る程度の怪我なら……願いを叶える団体としては、もっとも真価を発揮できる状況ですらある。
もちろんただの考えすぎかもしれない。
事故が本当に偶然だった可能性だってある。
でも今の俺には、それを偶然だと笑い飛ばすことができなかった。
「なんでうち、忘れてたんやろう……」
「いや、これは仕方ないだろ」
そう、聞くに堪えない過去の話だった。
自分を守るために、記憶から遠ざけてしまったとしても不思議ではない。
「ふむ」
そこで、教授が手を上げた。
「一つ、気になることがあるのだが」
「なんです?」
「七築君は、いつ因子を埋め込まれたんだろうね?」
「…………」
確かに……今まで聞いた話の中に、《カミサマ》本人は一度も出てきていない。
「魔道具」
コアちゃんが呟く。
「それと、薬が怪しいのう」
「あの薬に?」
「うむ」
何か思い当たることがあるらしい。
「主よ。あとで検証してみるか?」
「そうだな。やれることはやっておこう」
「それに」
コアちゃんの口元が、わずかに持ち上がった。
「もし、妾の考えたとおりであれば——武器になるやもしれぬ」
「武器?」
「うむ」
今度は、はっきりと笑う。
「それも、あやつの手足に対する特効じゃ」
「…………」
なんだろう。
いたずらを思いついた童子みたいな顔をしている。
まあ確かに……向こうにできることなら、こちらにもできる可能性はある。
練度の差は——ひとまず置いておくとして。




