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第105話 それは考えてなかった

 目を開ける。


 目の前には、どこまでも広がる青い空。

 太陽はない。

 うん……いつもどおりの、コアちゃんダンジョンに戻ってきたようだ。


「駆さん! 大丈夫ですか!?」

 

「うおっ」


 暦が心配そうな顔で、抱きつくような勢いで飛び込んできた。


 ——このまま抱き締めてしまっては、セクハラになりかねない。

 なので両肩をキャッチ。


「ああ、大丈夫。なんとかなったよ」


「…………」


 なにやら暦が不満げだ。

 なんでだよ。


 身体を起こしながら、周囲を見る。


 七築は——。


「…………」


 まだ、目を覚ましていない。


「それで中で何があったのか、聞いてもよいかな?」


「…………」


 目の前の肌色率が、一気に増えた。

 起き抜けに変なものを見せないでほしい。


「ええ。説明しますよ」


 とりあえず——俺の身体については、うまく誤魔化しつつ。

 七築の中にあった因子を破壊したことを説明する。


 魔力について?

 今、話すことではない。


 というか——あれについて話し始めたら、確実に俺の身体の話へ飛び火する。

 それは避けたい。


 コアちゃんは、俺が説明しているあいだ、ずっと俺の右手を握ったまま、黙っていた。

 そしてあらかた話し終えたところで、ようやく口を開く。


「七築の中にあった因子へ刻まれておった命令は、至って単純じゃ」


「どんな?」


「《餌を持ってこい》」


「餌?」


「それって、欲望のことでしょうか?」


「ダンジョン由来の因子じゃから、そう考えてよいじゃろうな」


 コアちゃんが、七築を見る。


「じゃが、問題はその強さじゃ」


「強さ?」


 凪原さんが聞いた。


「言い換えるなら——」


 コアちゃんが少し考える。


「餌を持ってこい。持ってこなければ苦しめる。餌へ近づけば楽にする。持ってくれば、もっと楽にする」


「…………」


「そういう具合じゃな」


「麻薬か何か?」


「それは俺も言った」


「お兄さんと同レベル!?」


「なんでショック受けてんだ!?」


「強さといったが、それはどのくらいなんだい?」


 教授が尋ねる。


「そうじゃな」


 コアちゃんが少し考え。


「眠っておる間ですら、身体が飢えを訴え続けるほどじゃ。ほとんど依存状態と言ってよいじゃろうな」


「ますます麻薬染みてきたわね」


「なるほど……」


 教授が顎へ手を当てる。


「そういえば、気になることがある」


「俺は、なんで教授が今も全裸を維持できるのか気になりますけど」


「ダンジョンの因子とやらは、人体にどの程度影響を与えるのかな?」


 無視された。


「まず、ダンジョンの因子そのものを少し入れた程度では、身体に影響はない」


 コアちゃんが答える。


「もしそれだけで影響が出るのなら、妾もお主らに因子など与えておらぬ」


 それはそうだろう。


「じゃが、人間の側から——例えば『失った腕を治してほしい』という欲望を渡されたなら、その腕をダンジョン因子で再構成することはできる」


「…………」


 これ、俺のことを言ってるな。


「もちろん、見た目は望んだ者の欲望に沿う形になるじゃろう」


「まあ、それはわかる」


「問題は——」


 コアちゃんが少し考える。


「第三者から、『こいつをこういう身体にしてほしい』と願われた場合じゃな」


「第三者?」


「例えば、主が『教授を女性にしてほしい』と妾へ願ったとする」


「なんで例が教授なんだよ」


「わかりやすいじゃろ」


「僕としては、あまりわかりやすくしてほしくないんだけどね」


「妾は人間の身体の作りに、そこまで詳しくはない。じゃが、見た目だけなら弄ることはできるじゃろう」


「え、他人からの願いでもいけるの、それ?」


「…………」


 コアちゃんが、困ったように首を傾げる。


「やろうとは思わぬが……いや、どうじゃろうな?」


「コアちゃんでもわからないのか」


「んー……主と出会ったときは無理じゃったが、いまなら経験を加味して——」


 しばらく考えて。


「理論的には可能? というやつかのう」


「あー」


 教授が、何かに納得したように声を上げた。


「なんとなく、それでわかったよ」


 教授は、一本指を立てる。


「つまり、因子そのものが七築君を人魚にしたとは限らない」


「うむ」


「誰かが『そういう身体にしたい』と望み、その願いをダンジョン側が処理した可能性がある、ということだね」


「そういうことじゃ。それなら、あれほど大量の因子が七築に入り込んでおったことにも納得がいく」


「……ねえ」


 鐘々が、嫌なことに気づいたような顔をした。


「その因子、壊してきたのよね?」


「うむ」


「じゃあ……七築はどうなるの?」


「…………」


 コアちゃんが真顔になった。


「…………」


 あ、これ。

 『そういえば、どうなるんじゃろう?』って顔だ。


「おい」


 俺は慌てて七築を見る。

 

 まだ意識は戻っていない。

 身体は——。


「…………」


 人魚のままだ。


「これ、どうなるんだ?」


「え、いや……どうなるんじゃろう?」


「ええっ!?」


「まさか、そこまで考えてなかったんですか!?」


「いや、本当に……すまぬ」


「ちょっと待ってよ!」


 一気に場が騒がしくなる。


「あの」


 暦が、おそるおそる手を上げた。


「つまり……腫瘍だけを取るつもりだったのに、その腫瘍が生命維持に必要なものだった可能性もある、とか……そういう話ですか?」


「怖いこと言わないでよ!?」


「いや」


 教授が七築を見る。


「可能性はある」


「教授まで肯定するな!」


「コアちゃん! ちょっと七築を診てやってくれ!」


「うむ!」


 軽いパニックである。


「あの……」


「ん?」


 声がした。


「あの、大丈夫やから……」


「…………」


 そんな大混乱の真ん中で——渦中の本人が、目を覚ました。

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