第102話 結局反社じゃないか
宇宙空間のような場所を、一歩ずつ確かめながら歩いていく。
地面はない。
ないはずなのだが、足の裏にはしっかりと地面を踏んでいる感覚があった。
「これ、どこに歩いていけばいいんだ?」
『そのままでよい。方向が違えば妾が教える』
「ずいぶん雑だな」
『迷子にはさせん』
無音の空間を、ただ歩く。
最初こそ不思議な光景に目を奪われていたが。
音もない。
大きな光もない。
景色らしい景色も変わらない。
そんな場所を延々と歩いていると、さすがに精神的に少々参ってくる。
なので俺は適度にコアちゃんと話しながら、七築の中を進むことにした。
「なあ、コアちゃん」
『なんじゃ?』
「ダンジョンって、結局なんなんだ?」
『どういう質問じゃ、それ』
「いや、生き物で、欲望を食べるために俺たちの世界へ来た。ってところまではわかったけど」
歩きながら、頭の中に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「なんていうか……受け身すぎないか?」
『そうじゃなぁ』
少し考えてから、コアちゃんが答える。
『妾も意志を持つまでは疑問に思ったこともなかったが……確かに受け身というか、基本的には待ち受け専門の狩りじゃな』
「だよな」
ダンジョンは、人間の欲望を食べる。
そのために、金銀財宝や未知の素材。
人間が欲しがるものを、自分の中へ作り出す。
「餌を置いて、欲を刺激して、向こうから入ってくるのを待つ」
『うむ』
「非効率的じゃない?」
『妾もそう思う』
「じゃあさ」
一拍置いて、聞いた。
「待つんじゃなくて、向こうから餌を取りに行くダンジョンがいたら?」
『——普通なら、ありえん』
コアちゃんの返事は早かった。
『ありえんが……妾のように意志を持てば、そういう行動を取るものがおってもおかしくはない』
「だよな」
『というより、主よ』
「ん?」
『お主が先導してやっておることじゃろ』
「え?」
『妾の中へ人を招き、住まわせる』
言われて——足が、少しだけ止まった。
『それはすなわち、主自身が妾の手となり、外から餌を連れてくるダンジョンにしておる。そう言えるのではないか?』
「…………」
なるほど。
確かにそうだ。
俺がやっていることだって、ダンジョン側から見ればそうなる。
人を探して、声をかけて、ここへ連れてきて。
そして、住んでもらうように勧誘する。
コアちゃんは、その人たちの欲望を食べて生きている。
だが。
そうなると——。
「俺より先にやってるのがいるな」
『そうじゃな』
声が重なった。
「『ダンジョン教』」
『つまり』
コアちゃんの声が、少し低くなる。
『ダンジョン教という仕組みそのものが、奴に代わって外から餌を集めておる。そう考えておるのかのう?』
「いや」
そこまで壮大なところまでは考えていなかった。
「そこまで考えてなかったけど……」
なんてことのない会話のつもりだった。
だがそう考えると、いろいろなものが浮かんでくる。
「でも、もしそうなら……教団がやってる異形支援とか、相談窓口とかも」
『欲望の強い者を探すには、都合がよいじゃろうな』
「教団そのものが、あいつの端末ってことか」
『結果だけを見れば、そうなるのう。じゃが、そうなると——』
「どうした?」
『因子に刻まれた命令じゃ』
「命令?」
『妾は先ほど、因子へ簡単な命令を与えられると言ったじゃろう?』
「ああ」
『あれは、意思ではない』
「それも聞いた」
『じゃがのう』
コアちゃんの声が、少しだけ低くなる。
『命令そのものを、もっと深く。もっと強く。宿主の身体へ刻み込むことは、不可能ではない』
「…………どうなる?」
『例えば、《ある場所へ近づけ》という命令を刻む』
「うん」
『近づけば、身体が楽になる。離れれば、苦しくなる』
「…………」
『それだけでよい』
「それだけ?」
『人間には、頭があるじゃろう?』
「あ」
『苦しければ、苦しくない方法を探す。楽になれば、その行動が正しいと思う。理由など、あとから自分でいくらでも作る』
「じゃあ……」
『因子そのものに、人を操るほどの知恵など必要ない』
ぞっとした。
「七築が、自分で考えて動いてたとしても……」
『その選択肢の重さだけを、少しずつ変えることはできる』
「それ、ほとんど操ってるのと同じじゃないか」
『違う』
コアちゃんは、はっきり否定した。
『選んだのは、あくまで七築じゃ』
「…………」
『じゃからこそ、厄介なのじゃよ』
「なんていうか、麻薬みたいだな」
『麻薬?』
「一度使ったら、それがないと苦しくなる。欲しくなる。それで、使えば楽になる」
『…………』
「人間が人間相手にやってる、最悪の商売のひとつだよ」
『麻薬……麻薬か』
コアちゃんが、少し考える。
『そうじゃな。言い得て妙じゃ』
これが本当だとすると……。
まさか、ダンジョンに麻薬みたいな手口を使われるとは——もはやマフィアか何かじゃないか。
最初にコアちゃんと出会ったとき、俺は反社に追われていたわけだが……。
「…………」
今度は、もっとでかいマフィアが相手になるのかよ。
そして、しばらく黙っていたコアちゃんが続ける。
『普通は、そんなことはせぬ』
「どうして?」
『欲望を持つ者そのものを壊しかねんからじゃ』
「壊す?」
『美味い食べ物に、生ごみをぶちまけてから、自分の口へ運ぶ。主にはできるか?』
「無理だな」
『妾も無理じゃ』
「生理的に?」
『生理的に』
そこだけ妙に意見が合った。
『じゃが——不可能ではない』
「…………」
『もし奴が、餌を待つことをやめた結果、その程度の危険すら許容するようになったのなら』
コアちゃんの声が重くなる。
『妾が思っておったより、ずっと厄介な相手かもしれぬ』
「じゃあ、簡単に因子を壊して終わり……とはいかない?」
『そうじゃな』
一拍。
『覚悟したほうがよい』
「何の?」
『ほれ。油断するでないぞ、主』
「え?」
『向こうから来た』
「向こう?」
周囲を見渡す。
何もなかった宇宙のような空間に。
ふいに。
紅い風が吹いた。
「…………」
その中心に。
一人の少女が立っていた。
見間違えるはずがない。
あのとき。
ダンジョン教の奥で出会った——紅いコアちゃんだった。




